(14)受験勉強と同乗者
カイトが学園に通い始めるのは、翌年の夏からということに決まった。
ルタ学園では、長い夏休みを挟んでから新学期が始まる。
入学試験は、その休みの間にあるので、それまでには入学の準備を進めておかなくてはならない。
ちなみに、現在は冬の半ばなので、あと二か月ほどの間に諸々の用意を進めなければならない。
ただし、必要になる道具などは、交易による利益でえたお金で揃えることができる。
今、カイトにとって一番必要なのは、端的に言えば試験勉強であった。
「――公爵は、そなたなら簡単に合格できるさっ――なんて言っていたけれどなあ……」
船長室の机に向かって勉強を進めていたカイトは、久しぶりの詰め込み式勉強の疲れを取るために、大きく伸びをした。
ちなみに、公爵は「っ」を入れるような性格ではないし、実際にそんな話し方をしていたわけではない。
あくまでも、カイトのイメージでそう聞こえたというだけだ。
「公爵様は、分からないところがあれば、いつでも聞きに来ればいいと仰っていましたね」
カイトの様子に、くすくすと笑いながらメルテが飲み物を差し出してきた。
カイトが勉強の途中で愚痴めいたことを言い出したのは、メルテが室内に入って声をかけてきたからというのもあった。
メルテは、あまり根を詰めすぎても意味がないというアイリスの助言に従って、飲み物を用意したのである。
「そうなんだけれどさ、言ったら言ったで『そんなものもわからないのか』とか言われそうだ」
最近のカイトの公爵のイメージは、厳格なものから軽いものへと変わりつつあった。
そんなカイトに対して、メルテは小さく首を傾げながら言った。
「公爵様は、そんなことを仰らないと思いますが……?」
「そうかな……? まあ、いいや。それよりも、これありがとうね」
「いえ。私の役目ですから」
学園で側仕えとしていくことになっているメルテは、それらしく振舞えるようにと何故かアイリスから指導を受けていた。
その指導が、側仕えとしてのものだけではないような気がしているのは、カイトだけではないだろう。
最初はそんなことまでしなくてもいいと言っていたカイトだったが、多くの貴族が通う学園でカイトに恥をかかせるわけにはいかないというメルテとアイリスの意思が一致したことにより、いまでは何も言わなくなっている。
メルテから貰った飲み物を飲んで落ち着いたカイトは、再び勉強に戻った。
そして、一時間ほど勉強を続けたカイトは、昼食を取るために食堂へと向かった。
「――おっ。船長の登場ですかい。今日はお初ですかね」
「ああ。バーツに会うのはそうなるかな」
軽い調子で話しかけてきたバーツに、カイトは気にする様子もなく頷いた。
バーツは、冒険者のBランクパーティ『探求の砦』のリーダーで、今回はフゥーシウ諸島の調査隊として冒険者ギルドから送り込まれたのだ。
パーティの選択には色々とギルド側とやり取りがあったのだが、実際に交渉したのはレグロだったので、カイトはさほど関わっていない。
カイトが決めたのは、セプテン号に乗せるのは一パーティだけということだけだ。
そもそもフゥーシウ諸島に冒険者を連れて行くことにしたのは、諸島内で狩れる魔物がどんなものがいるかを調査するためだ。
そのためには、経験豊富で知識もある者たちを連れて行く必要がある。
とはいえ、カイトにはそんな都合のいい人材の知り合いなどおらず、他の乗組員はいたとしてもセイルポートにいないという状況だった。
というわけで、出航の日にちを遅らせるわけにもいかず、冒険者ギルドに冒険者の選定をお願いしたというわけだ。
勿論、ギルドに丸投げなので、セプテン号なりフゥーシウ諸島の情報が出て行ってしまうことは織り込み済みである。
むしろ、憶測で変な噂が流れるよりも、事実が流れたほうがいいと判断している。
そんなこんなで裏のありそうな人物が送られることをカイトは考えていたのだが、ふたを開けてみれば『探求の砦』のメンバーは基本的に裏表があまりなさそうな者たちだった。
それは、フゥーシウ諸島に向かう数日の航海で分かったことで、一応最初はカイトやガイル辺りは警戒をしていた。
もっとも、その警戒もその数日であっさりと無くなることになる。
そもそも、表に出してはいけない情報は、カイトやガイル、メルテくらいしか持っていないので、そこさえ注意していればいいということに気付いたというのもあるのだが。
バーツから挨拶をされて改めて周囲を確認したカイトは、首を傾げながら聞いた。
「メンバーが足りないみたいだけれど、また船酔いにでもなった?」
「いや。単に、体を動かしていたり、休んでいたりするだけだ。心配かけてすまねえな。よりにもよって、船酔いになるとは……」
「ハハハ。まあ、冒険者だとあまり長い間船に乗ることも少ないだろうから、仕方ないさ。むしろ、変に無理をさせないほうがいい」
「それは心配ないだろうさ。今は普通に慣れているみたいだからな」
「それはよかった」
ここで、笑みを浮かべながら頷くカイトに、バーツが何気ない調子で聞いてきた。
「ところで、ここ数日というかこの船に乗ってから不自然なくらいに魔物が出てきていないんだが、魔物がいない航路を選んでいるのかい?」
「さあ? どうだろう? 全く魔物がいないわけじゃないと思うけれど……?」
「だったら何故、まったく戦闘した様子がないんだ?」
「あれ? 皆に確認したんじゃないんだ」
てっきり他の乗組員に話を聞いたものだと思い込んでいたカイトは、不思議そうな表情を浮かべてバーツを見た。
セプテン号がカイトのコンが用意したものだということは、すでに表に出ている情報なので、特に隠すつもりはない。
そんなカイトに、バーツは小さく首を左右に振った。
「いや、したことはしたんだが、神のコンから貰った船だからその力で守られているとかなんとか……」
「うん。そうだよ。それで間違っていない」
「だが、そんな話を信じろと?」
バーツが改めてそう聞いてきたので、逆にカイトは目を大きく開いて驚いた。
同時に、海に直接かかわっていない者たちが得ている情報は、未だにこの程度なのかと納得していた。
さて、どう説明したものかと一瞬悩んだカイトだったが、変に回り道をするよりも直接言った方がいいと考えて、バーツを見て言った。
「信じられないと言いたいのは分かるけれど、それが事実だからどうしようもないんだけどなあ……。というか、そうじゃなかったら、逆に何故、国がこれだけの船に手を出してこないと思っているんだよ?」
「それは……個人の持ち物に手を出したら風聞が悪くなるから……?」
自分で言ってても不自然だと分かっているのか、バーツは自信なさげな顔で首を傾けた。
「まあ、そういうこともあるかもしれないけれどね。それだったら他の貴族なりが手に入れようと動いているはずだよ。そうなっていないということは、それなりの理由があるんじゃないか?」
その『それなりの理由』というのが、神のコンから贈られたものだからということに当てはまる。
あくまでも神のコンが関わっていることが事実だと言っているカイトに、バーツはどうしたものかと悩ましい顔になっていた。
そんなバーツに、カイトは動かしようもない事実を告げることにした。
「俺のコンが神の一柱だということは、国王も認めていることだから、そこへ確認したらいいんじゃないか?」
「国王って……ファビオ王のことか?」
「そうそう。前に島を発見した報酬で、直接会う機会があってその時に認めてもらっているから。……冒険者ギルドにはそう伝えてもらっていいよ」
最後に何気なくそう付け加えてカイトが言うと、バーツは肩を竦めながら首を左右にふるのであった。