(13)譲渡と決断
セイルポートに到着してガイルと別れたカイトとメルテは、そのままセプテン号へと直行した。
そして、セプテン号の船長室へと入ったカイトは、メルテに向かって言った。
「ごめんね。本当なら宿に戻ってゆっくりしたかったよね?」
「いいえ。私は、大丈夫です。それよりも、私に用とは何でしょうか?」
二人がセプテン号に来ているのは、カイトがメルテに用があると話したからだ。
「うん。まずは、確認かな?」
「確認?」
「話の流れで俺の側仕え扱いになったけれど、本当にいいんだよね?」
「勿論です。……カイトさんが嫌ということでしょうか?」
「まさか。メルテがいいんだったら、不満なんてないよ。むしろ、あの場で話したとおりにこっちには利点ばかりだから」
「それなら何の問題もありません」
メルテがそう即答したので、カイトは安堵の溜息をついた。
一応話し合いの時にはメルテの表情を見て決めたのだが、誰もいないところで確認をしておきたかったのだ。
いまさらメルテの裏切りを疑っているわけでもないのに、わざわざカイトがここで確認を行ったのはきちんと意味がある。
「そうか。だったら、メルテに渡したいものがある」
「渡したいもの、ですか?」
「そう。――アニカ」
カイトは、メルテに向かって頷きつつ宙に向かって呼び掛けた。
すると、その呼びかけに応えるように、一頭のカイコガが現れた。
そのカイコガ――アニカは、フワフワと飛びながらメルテの右肩の上にとまった。
「この子は……?」
「うん。とりあえず嫌悪感とかないみたいでよかった。それで、アニカはデキスやシニスと同じように、普通のカイコガじゃない種類だから」
「普通のカイコガではないということは……」
カイトの言いたいことを理解したメルテが、そう言いながら視線をアニカへと向けようとした。
すると、アニカは嬉しそうに(?)メルテの肩から飛んで、目の前で上下に動きながらアピールを始めた。
その様子を見て相性も大丈夫そうだと考えたカイトは、メルテに頷きながら言った。
「そう。俺が学園に行っている間の護衛替わりだね。一応、メルテの指示にはしたがってくれると思うけれど、後でそれはきちんと確認しておこうか」
「あの、でもそれは――」
一瞬、申し訳ないとか必要ないと返そうとしたメルテだったが、それらの言葉を飲み込んで違うことを言うことにした。
「――よろしいのですか? 確か、進化種は貴重とお伺いしていたはずです」
「確かに、貴重といえば貴重なんだけれどね。本人が、そう望んでいるみたいだから。それに、学園のことを考えれば、ちょうどいいだろ?」
カイトが学園で勉学に励んでいる間、メルテは一人で行動することになる。
当たり前だが、その間ずっと与えられた部屋に籠っているわけにもいかないので、護衛替わりにアニカを渡すのはちょうどいいと考えたのだ。
遠慮せずに受け取ってと続けたカイトに、メルテは少しだけ躊躇う様子を見せてから頷いた。
「そういうことでしたら、お預かりします。ですが、あくまでもお預かりということで、よろしいでしょうか?」
「メルテがその方がいいと言うんだったらそれでもいいよ。無理に押し付けるつもりはないし」
そもそもカイコガとの相性が悪ければ渡すつもりはなかったので、カイトもすぐに同意した。
メルテとアニカの相性さえよければ、いずれはメルテと契約させることまで考えていたりするのだが、今それを口にすることはない。
ちなみに、契約自体はカイトが仲介してあげれば、いつでもすることができる。
カイトの言葉を聞いて安心したメルテは、挨拶のつもりで未だに目の前を上下していたアニカにそっと右手を伸ばした。
するとアニカもそれに応えるように、ふわりと手の上に着地をする。
「これからよろしくお願いしますね」
メルテがそう呼び掛けると、アニカは右手の上にとまったまま一対の羽をバタバタさせるのであった。
メルテにアニカを渡した後は、セプテン号の甲板を使って魔絹糸を出す訓練をさせた。
勿論、訓練の相手はカイトではなく、天使の一人に担当してもらった。
アニカが出せるのは魔絹糸と普通の絹糸だけなので、デキスが出せる硬絹糸で物理的な攻撃を完璧に防ぐことはできない。
だが、あくまでもそれは『完璧に』防ぐことができないというだけで、糸に魔法的な性質を持たせることで攻撃を遅らせたりすることができる。
さらに、人獣であるメルテはカイトよりもはるかに身体能力が高く、攻撃を回避するということに関しては以外な(?)能力の高さを見せていた。
カイトが、天使の一人が攻撃しているのをメルテがひょいひょいと躱しているのを見て、
「もしかして、俺が一番鈍いのか……?」
と言ってメルテが慌ててフォローするという場面があったが、それを見ていたのは天使たちだけであったのはカイトにとっての唯一の救いだった。
ちなみに、カイトがそんな発言をしたのは理由があり、航海中に戯れで乗組員たちと模擬戦のようなことをやったことがあるのだが、カイトが一番弱かったということが判明していたためである。
勿論、その時は魔法を使わずに単純に自分自身の身体能力だけでやっていたので、単純にカイトが一番弱いと言えるわけではない。
いずれにしても、メルテの戦闘能力の高さは、カイトにとっては意外な事実として知ることとなった。
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まだもう少し鍛錬を続けたいというメルテを甲板に残して、カイトは船長室へと戻った。
そして、カイトは一緒に着いてきたアイリスに向かって聞いた。
「結局学園に行くことになったけれど、予定通りに精霊機関のことを発表したほうがいいと思う?」
「……どうでしょうか。最終的にはカイト様の判断次第ですが、もともとはもう少し成長されてから入学する予定でしたから……」
「そうなんだなあ。微妙なところだよねえ」
現在のカイトの年齢は十二歳。学園に入るのが来年で十三歳になるとはいえ、この世界にとって全く新しい発明となる精霊機関を発表するには、少し若すぎるという懸念がある。
もっとも、このことをガイル辺りが聞けば、何を今さらと言っただろう。
「私は、学園にどの程度の学力があるかは存じませんが、大きな騒ぎになるのは間違いないと思われます」
「だよね。俺もそう思う。だからといって、発表をしないというのはあり得ないからなあ……」
「どのタイミングで発表するのか、それを選ぶのはあくまでもカイト様です」
「それは分かっているよ。でも、タイミングを間違えると船に乗せるという発想がないまま精霊機関だけが独り歩きしそうで……」
カイトが一番懸念していることは、そのことだ。
そもそも精霊機関は、内燃機関のように動力を得るということに特化したものではなく、魔力的なエネルギーを得ることに特化した道具である。
その用途を考えればいくらでも思いつくことができ、折角創造神がセプテン号に乗せてくれたのが無駄になってしまうかもしれない。
だからこそカイトという存在がいるのだが、まだ若すぎる年齢が大人を動かすことを邪魔する理由の一つになってしまいかねない。
精霊機関が船の動力源以外に発展していくのは全く構わないのだが、カイトとしてはやはりいずれは船にも乗せたいという希望があるのだ。
しばらく悩ましい顔をしたカイトだったが、やがて決心したような表情になって言った。
「――こんなことで悩むのは止めた。精霊機関がどう発展していくかは、こっちでコントロールしようとしようと思ってもできないだろう」
「そうかもしれませんね」
「だったら、俺は俺で船の機関用として研究を続けるだけにするよ。それ以外はそれぞれに任せる」
「とすると、やはり学園の在学中に発表されるのですか?」
「そうなるかな。具体的にいつになるかは、その時のタイミングによると思うけれど」
「そうですか。畏まりました」
カイトの決断に、アイリスはそれ以上は特に何かを言うことはなく、ただ一度だけ頷くのであった。