(12)公爵からのお願い
カイトが編み出した技は、騎士たちの琴線に触れたらしく、何度か挑まれることになった。
ただ、デキスが作り出した糸は物理攻撃、シニスが作り出した糸は魔法攻撃をほぼ完ぺきに防ぐことができる。
あまりにチートすぎる糸に、逆に騎士の皆さんから欲しがられるほどだった。
当たり前のように騎士の皆さんに混じって公爵が手を差し出しているのを発見したカイトは、盛大にため息をついた。
「――残念ながら今この子たちが吐き出している糸は、制限時間があります」
「制限時間……? ということは、防御としては不安定すぎるのでは?」
「ああ、紛らわしい言い方をしました。この子たちから離れすぎると消えてしまうという意味です。恐らく、魔力的な何かが関係しているのでしょう」
まだ推測段階のことをカイトが言うと、騎士+モーガンが残念そうな表情になった。
だが、そこで諦めないのが公爵である。
「解決するめどはたっているのか?」
「正直なところ、今のところはさっぱり。それに、もし解決したら真っ先に売り込みに来ますとも」
「……悪い顔になっているからな?」
誰がどう見ても商人の顔になっているカイトに、騎士たちが少し引いた様子になっていた。
モーガンは見慣れているので、多少呆れたような顔になっているだけだ。
そんなモーガンに、カイトは肩を竦めながら言った。
「仕方ありません。もしこれが実用化できるのであれば、王族や貴族の皆さんに、それはそれは高く売れるでしょうから」
「……まさか、普通の糸として使えるのか?」
「普通というのが解釈によって色々変わるでしょうが……まあ、そういうことになります。あくまでも消えなければ、という前提になりますが」
「それは……さぞ高く売れるだろうな」
カイトの説明に、モーガンは感嘆が混じったような顔になって息をついた。
あくまでも百パーセントの割合で使った場合だが、デキスとシニスの糸で作った壁は物理と魔法の攻撃をほぼ完璧に防いでいた。
もしその糸をいくらか混ぜて普通の服に使った場合も、ある程度の攻撃は防げるはずだと予想できる。
というよりも、すでにカイトは、普通の絹と混ぜて作った布を作って実験済みだ。
結果としては、見事に予想通りになっていた。
だからこそ、カイトは先ほど公爵から指摘されるような表情(悪い顔)になったのである。
「もし実用化できるようになれば、真っ先に持ってきますよ」
「それは、本気でありがたいな。その時まで関わりが切れることが無いように努力しよう」
立場を考えれば普通に逆の言い方になるはずなのだが、カイトとモーガンはそんなことは気にしない仲になっている。
それが良いことなのか悪いことなのかは、当人たちにとってもよくわかっていない。
それはともかく、デキスとシニスが作る壁は騎士を相手にきちんと効果を発揮するということがわかった。
結果としては十分すぎる成果が得られたカイトは、モーガンと騎士に向かって頭を下げた。
「お陰様で、十分に実用に耐えられることが分かりました。ありがとうございます」
そうお礼を言ってきたカイトを見て、モーガンはふと思い出したような顔になって言った。
「ああ、そうだ。もしよかったらの話があるんだが、聞いてもらえるか?」
「いや、そんな警戒する必要はないだろう? 出来る範囲でいいからその力を使って娘のことを守ってほしいんだ」
「……はい?」
公爵の言った意味が分からなかったカイトは、目が点になった顔で首を傾げた。
ルタ学園に行くことになっているカイトが、何故クリステルの護衛をすることになるのかが分からなかったのだ。
そのカイトの表情を見たモーガンは、少し面白そうな顔になって言った。
「いや、すまないな。少し先走りすぎたか。クリステルは来年からルタ学園に行くことになっている。つまりはカイトと同級生になる。勿論普通の護衛は連れて行くはずだが、校舎内までは入り込めないからな。それとなく見守ってくれると嬉しいな」
「……それは、正式な依頼というわけですか?」
「それこそまさかだよ。そんなことでそなたを縛り付けるつもりはない。あくまでも出来る範囲で、知り合いを守るくらいの気持ちでいいさ」
話の内容の割には軽い調子で言ったモーガンに、カイトはどこまで本気なのかとその表情から確認をしてみた。
モーガンのことなので、いまさらカイトを縛り付けるような契約をするつもりがないということは分かっている。
それを前提に考えれば、今のモーガンの言葉は本気で娘を心配する父親のものということが理解できた。
公爵という立場にありながらきちんと父親としての愛情も見せたモーガンに、カイトは苦笑しながら頷いた。
「どこまで守り切れるかはわかりませんが……」
「そこまで気負う必要はないぞ。あくまでも、友人を守るつもりでいい。それに、娘がただの護衛になるのを許さないだろうからな」
「…………はい?」
再び意味の分からないことを言ってきたモーガンに、カイトは本気で首を傾げて聞き返した。
だが、そんなカイトに、モーガンは苦笑しながら首を左右に振るのであった。
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公爵邸を辞したカイトたちは、翌日王都で観光を楽しんだ後にセイルポートへと戻っていた。
その道中に、ふとガイルが思い出したようにカイトへと問いかけてきた。
「そういえば、公爵のお嬢様の護衛を引き受けていたが、よかったのか?」
「ああ、あれね。あれは、どちらかといえば、友達同士の付き合いで何かあった場合は守ってくれということだったからね。受けることにした」
友人であれば、何かあったときに守ったり戦ったりするのは当然だろうというのがカイトの考えだった。
勿論、カイトのその認識は間違っていないのだが、ガイルが言いたかったことはそのことではない。
「いや、そういう意味で言ったわけではないんだが……まあ、カイトが気付いていないんだったら、それでいいか。………いいよな?」
納得しかけたガイルだったが、最後に矛先を変えてメルテを見た。
「……? 駄目な理由があるのでしょうか?」
「……なるほど。こっちもか」
首を傾げながら聞いてきたメルテを見て、ガイルはため息をともに頷いた。
そして、しばらく宙を見るように視線を上の方に向けていたガイルは、独り言のように続けて言った。
「――なるようにしかならないか。ここで変につついても仕方ないしな」
「いや、何その含みのある言い方? 不安になるんだが?」
「それこそ仕方ないだろう。ここで俺が口を出せば、いい方にも悪い方にも加速する可能性があるからな。デリケートなことだけに、もうこれ以上は言わない方がいい」
何やら達観した様子でそう言ったガイルを見て、カイトとメルテはほぼ同時に顔を見合わせてから首を傾げた。
ガイルの様子を見る限りではこれ以上は何も言わなそうだと理解できているのだが、気になることも確かだ。
その後もどうにか聞き出そうと何度か試したカイトだったが、結局ガイルはセイルポートに戻ってからもそれ以上この話題を出すことはなかったのである。