(11)側仕えと防御手段
モーガンがメルテに向けている視線の意味を理解したカイトは、なるほどと頷いた。
「確かに、メルテであれば余計なしがらみはないでしょうね。フゥーシウ諸島を除いては」
「そういうことだ。どうやら本人の意思も大丈夫そうだから、あとはカイト次第ではないかな?」
「えーと、いやでも、メルテは本当にいいの?」
カイトがそう聞くと、メルテはすぐに頷き返してきた。
「勿論です。カイト様のお役に立てるのであれば、私に否やはありません。ガイルさんも忙しくなりそうですし」
「そうだな。だが、メルテがいなくなるとなれば、きちんとした料理人は雇ったほうがよさそうだ」
現状、セプテン号の食事は、ほとんどメルテ一人が作っているといっても過言ではないのだ。
食事の質が落ちることによる能率の低下はカイトもよくわかっているので、すぐにガイルに同意した。
「だろうね。その辺りはギルドに要相談……と行きたいところだけれど、そもそもそんな人材はいるか?」
「……趣味としている奴ならいそうだが、本業となると難しいだろうな」
料理人としてセプテン号に乗ることになれば、間違いなくメルテの腕と比べられることになる。
既に乗組員たちの胃袋を掴んでいるメルテの料理を超えるとなると、それなりの腕を要求することになる。
カイトとガイルが揃って難しい顔をしているのを見比べながら、モーガンが面白そうな表情になった。
「なんだ。彼女の料理の腕はそこまでなのかい?」
「そそ、そんなことはないですよ……! 船という閉鎖環境にいるから美味しく感じられるだけで!」
モーガンの視線から不穏なものを感じたメルテは、慌てた様子で右手をパタパタと振った。
船乗りが船の上で作る料理は基本的に男料理になるので、自分のように多少手の込んだものを作れば美味しく感じているのだとメルテは考えているのだ。
とても公爵様に満足いただけるようなものではありませんと続けるメルテに、モーガンは意味ありげな視線を向けた。
さらにモーガンは、その視線をカイトへと向けてから聞いた。
「彼女はそう言っているが、実際はどうなんだ?」
「最初の頃はともかく、今は物珍しさも入っていたと思いますよ。そういう意味では、公爵も楽しめるのではありませんか?」
現在メルテがセプテン号で出している料理は、半々でフゥーシウ諸島のものが出されている。
日本料理のような出汁を基本の考え方としたメルテの料理は、現在では乗組員たちには普通に受け入れられている。
メルテが作っているという補正も多分に入ってはいるだろうが、懐かしさを感じるカイトにとっては、素直においしいと言える味である。
カイトの嗜好はともかくとして、珍しいフゥーシウ諸島の料理という意味においても公爵が口にしてもなんら不思議ではない。
むしろ、貴族の社交界で自慢できるくらいには、味も洗練されている――はずだとカイトは考えている。
「――というわけで、気になるようでしたら一度、食べてみてはいかがでしょうか?」
「か、カイト様……!?」
「なるほど。カイトがそう言うのであれば、是非とも食べてみたいな」
「こ、公爵様……!?」
カイトとモーガンの言葉のやり取りに、メルテがあたふたしていた。
その様子を見てカイトとモーガンは、同時にクスリと笑った。
「それはいずれ、ということでよろしいですか?」
「そうだな。今すぐにでも食べたい気もするが……無理強いしても仕方ないだろうからな」
「安心しました。それでも無理に、と仰るようでしたら今後のことも考えざるを得ませんでしたから」
「カイトであれば、そうなるだろうな」
カイトの多少脅しも入っているような言葉にガイルが少しぎょっとした表情になっていたが、モーガンはただ笑いながら頷いていた。
公爵は、この程度のことで怒り出すような狭量ではないし、何よりもそれなりの付き合いになるので冗談だということがきちんと分かっているのだ。
冗談が軽く流されたカイトは、真面目な表情に戻って公爵を見た。
「――メルテのことはいいとして、少し公爵様に頼みたいことがあるのですが?」
「ほう……? 学園に関わることかな?」
「関わりがあるといえばありますし、ないといえばないでしょうね」
曖昧なカイトの返答に、公爵は少し首を傾げてから無言のまま先を促した。
「少し試したいことがあるのですが、学園に限らずこの先どの場所に行っても関係してくることになります」
「ふむ。要領を得ないが……私は何をすればいいんだ?」
答えはそれを聞いてからだと視線だけで告げた公爵に、カイトは頷き返した。
「公爵の配下にいる騎士を少しばかり貸してほしいのです。少し確認してみたいことがありまして」
「騎士で確認してみたいことか」
「ええ。具体的には最近試している魔法――というか技があるのですが、それが防御として通用するのか確認したいのです」
学園に限らず身を守る術は必要でしょうと続けたカイトに、モーガンは「なるほど」と頷いた。
セプテン号にいる限りは他人の攻撃で死ぬことはないカイトだが、陸に上がってしまえばその力は使えない。
それを一番痛感しているカイトは、色々と身を守る方法を考えていた。
その一つが最近になってようやく実を結び始めていたので、実戦に近い状態で試してみようと考えていた。
学園に通うとなれば不特定多数の者と交わる機会も増えるはずなので、入学前には確認をしておきたかったのだ。
カイトの話に興味を持ったのか、モーガンの目の色が若干変わった――ように見えた。
「そういうことならすぐに手配しよう。今からでいいのか?」
「人材と場所が用意できるのであれば」
「それは大丈夫だ。騎士たちが訓練用に使っている場所が、地下にあるからな」
流石は公爵家というべきか、表向きは普通の広い屋敷にしか見えなかったのだが、しっかりとそういう設備も備え付けられているらしい。
カイトは、内心で呆れつつも「なるほど」と頷くのであった。
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公爵が用意した人材とは、公爵家で護衛の任務に就いている騎士だった。
ただし、騎士とはいっても国に仕えている武官ではなく、公爵領の私兵である。
もしかしたら公爵が国に情報が流れることを懸念したのかもと考えていたが、カイトにとってはどちらでもいいことだ。
公爵とその騎士に見られる時点で、情報は流れるものだと考えているのだ。
そもそもいつ暴漢などに襲われるか分からない以上は、ずっと隠し通しておくことなど不可能なのだ。
そして、カイトの考えた護身の技は、結果からいって大成功といっていいものになった。
それは、カイトに模擬戦を仕掛けてきた騎士の顔や見学に来ていた公爵たちの表情を見ればわかる。
「……ほう。なるほど。防御に優れた技、というわけか?」
「はい。私の場合は、初手さえ防げればあとは船に逃げればいいだけなので」
「そうか。それなら確かに有効な技だな。有効すぎるといってもいいだろう」
感心した表情で頷いていた公爵の視線の先には、カイトのすぐそばで飛んでいるデキスとシニスがいた。
カイトは、デキスとシニスが作り出せる糸が物理と魔法に強い耐性を持っているという性質を利用して、盾のように展開する方法を思いついたのだ。
ちなみに、一瞬さえ防げればいいと公爵には言ったのだが、実際には天使たちの攻撃も何度か防げることを確認している。
流石に全力の攻撃を防ぐことはできないが、それでも十分すぎる性能だということは、今の実験でも十分に確かめることができた。
これなら学園へ行っても不意打ちの攻撃で死ぬことはないだろうと、カイトは安心した表情で頷くのであった。