(10)公爵との話
ファビオとの話し合いを終えたカイトたちは、王城を出て何故か公爵家へ向かっていた。
……勿論、公爵と一緒に。
部屋を退出してそのまま帰っても構わないと言われたカイトたちは、普通に自分たちの足で宿に戻るつもりだった。
だが、一緒に出た公爵が、素晴らしい笑顔を浮かべながら公爵の屋敷(王都の別邸)に来るようにと誘ってきたのだ。
その笑顔を見て誘いを断れる猛者は、カイトたちの中にはいなかったのである。
馬車は一種の個室で並走しない限りは会話を聞かれるようなことも無いのだが、公爵はその場で深いことを聞いてくるようなことはしなかった。
当たり障りのない会話をしつつ、馬車はさほどの時間もかからずに屋敷に着いた。
この辺りは貴族が住む屋敷が立ち並んでいる区域なのだが、流石は侯爵ということで、城から近い所に屋敷を構えているのである。
そして、屋敷の扉の前に着いたカイトたちは、そのまま公爵と一緒に部屋の中まで連れていかれた。
普通は平民が貴族と会うときは、面倒な手続きなり事前の待ちなりがあるはずなのだが、その辺りのことは全て省かれている。
そのことをカイトが席に着くなり聞くと、公爵は呆れ半分諦め半分といった顔になって言ってきた。
「……今更そんなものが必要か? そもそも、城からずっと一緒だった時点であり得ないことだろう?」
そう問われてしまえば、カイトとしても返せる答えはない。
「そういうわけだから、特に気にする必要はない。それよりも、さっさと話を始めよう」
公爵がそう宣言すると、カイトの隣に座っていたガイルが大きく頷いた。
ガイルはガイルで色々と聞きたいことがあったのだ。
「まあ、いいですけれど……。それで、聞きたいことというのは何でしょうか?」
「もう今更そちらのコンが大地神だということは疑っていないが、何故そのことを私に黙っていた?」
「色々と理由はありますが……逆に伺いますが、事前に聞きたかったのですか?」
そうカイトに問われると、モーガンは「むっ」と短く唸ってから黙り込んだ。
カイトが自分のコンのことを大地神だと申告したとしても、モーガンにはそれが真実だと確かめる術がない。
先ほどの国王との話し合いの場で信じられたのは、フアから感じる威圧が神の物だとわかったということもあるが、何よりも守護神であるアメノイが断言したからだ。
「――なるほど。そなたが言いたいことは、よくわかった。確かに、先に話を聞いていたとしても、出来たことは少ないだろう」
「ご理解いただいたようで、なによりです。まあ、言い出すタイミングを失っていたということもありますが」
「どういうことだ?」
「公爵はフアが神のコンだという事実だけで納得できていたようなので、敢えてこちらから立場まで言う必要はないかと考えていました。国王との謁見がなければ、どこかのタイミングで言っていたでしょう。何が何でも隠し通そうとしていたわけではありません」
「そういうことか」
カイトと公爵はまだ出会って一年も経っていないが、お互いにそれなりの信頼関係は築けている。
それを考えれば、何かの拍子にフアが大地神であることを言っていたとしてもおかしくはなかったはずだ。
少なくともカイトの気持ちは、最初のころと違ってそう考えられるくらいには変わっていた。
何度か頷いていたモーガンは、改めてカイトを見ながら言った。
「では、フア様の話はここまでにしよう。次は、今後についてだ」
「今後、といいますと? 学園のことでしょうか?」
「それも含めて、というところだな。学園に通うとなればかなりの時間を拘束されることになると思うが、セプテン号の運用はどうするのだ?」
「そのことですか。特に今と変わりませんよ。知っての通り、私はいつでもあの船に出入りできますから」
カイトが笛の能力を使ってセプテン号に自由に転移できることを、モーガンはよく知っている。
セプテン号から陸地への現在の転移ポイントはセイルポートになっているが、学園に通うようになるのであれば、そのポイントを学園のどこかに変えればいいだけだ。
さらに、カイト個人のこともそうだが、セプテン号の運用自体でも考えていることはある。
「折角の機会ですから、私が学園に通っている間に、セプテン号の運用も人手だけで賄えるようにしようかと考えています」
「というと?」
カイトの言葉に真っ先に食いついたのは、一番影響を受けると考えられるガイルであった。
ガイルはこの時点でカイトが何を考えているのかある程度予想しているが、それでもきちんと言葉で聞いて確認しておきたかったのだ。
「今はまだ足りていない人手を増やして、天使の力を借りないで好きな場所に行けるようになるのが第一目標かな」
ガイルに向かってそう言ったカイトは、続いてモーガンに向き直って言った。
「セプテン号もそうですが、いずれは今よりも大きな船が増えるはずです。その時のことを考えて行動することが大切かと」
「ふむ。船の大きさについては、そなたが何かを考えているのか?」
「いいえ。私が何もしなかったとしても、いずれ大きな帆船は増えて行くと思います。なにしろセプテン号という実在する船が目の前にあるのですから」
「そういうことか」
モーガンは、カイトの言いたいことを理解して、そう言ってから頷いた。
セプテン号は、これまでなかった大きさの船ということだけでも、関係者に多大な影響を与えている。
今よりも有用な船が目の前に現れたなら、何とかその技術を盗んで同じものを作ろうとするはずだ。
実際、モーガンもセプテン号が出現したばかりの時も現在も、どうにかできないかと模索を続けている。
セプテン号が神の造った船であり、完全再現は無理だと分かっていても、だ。
いずれにしても、いずれは船の世界も様変わりしているはずだ。
それが、数年後なのか、あるいは数十年後なのかはともかくとして。
「いずれ変わると分かっているのですから、それに対応した動きをしておくのは当然のことです。……そんなことをわざわざ公爵に言う必要はありませんでした」
少し調子に乗りすぎたと反省したカイトは、「すみません」と頭を下げた。
「わざわざ謝ることではないだろう。とにかく、そなたが先のことを考え過ぎるくらいに考えているということはわかった」
そう言った公爵は、一旦言葉を区切ってからすぐに話を続けた。
「ところで話は変わるが、そなた学園にいる間の側仕えはどうするつもりだ? メルテを連れて行くつもりならそれでいいが、それ以外を考えているなら少々問題が出るぞ?」
「…………へ?」
側仕えなんて存在のことを全く考えていなかったカイトは、素っ頓狂な声を上げてから目をパチクリさせた。
それを見たモーガンは、一度大きくため息をついた。
「やはり考えていなかったか。平民であるそなたには必要ないと考えているのだろうが、間違いなく推薦人たちが押し込もうとしてくるぞ」
たとえカイトに側仕えが必要ないにしても、ファビオ国王も含めて、推薦人になってくれる者の立場を考えれば、ある程度の見栄のようなものは必要になって来る。
そのことを考えれば、モーガンの言ったことは間違いなく実行されるはずだ。
何よりも、常日頃からカイトの傍にいて実績を積み重ねることができれば、それだけ信頼を得ることにも繋がる。
ようやくそのことに思い至ったカイトは、右手でこめかみを抑えながらため息をついた。
「……早急に考えないといけませんね」
「そういうことだ。ただ、そなたの事情のことを考えれば、最初の一人目は選択の余地がなさそうだがな。本人の意思も含めて」
モーガンは、そう言いながら期待するような視線をカイトへと向けているメルテを見るのであった。
次話更新は二日空けて、三日後の4/16になります。