(9)王の話
セプテン号の面々と公爵が部屋から出て行くのを見送ったファビオは、完全に扉が閉まるのを確認してから盛大にため息をついた。
「大丈夫、あなた?」
そう言ってきたのは、隣に座っていた王妃――コリンヌだ。
「ああ、大丈夫だ。すまないな。まさか、こんなことになるとは思っていなかった」
「仕方ないわ。まさか、五大神様がコンになっているなんて、誰が思いますか」
そう言ったコリンヌの色々な感情がこもった視線は、カイトが去った扉へと向けられている。
「わたしとしては、事前に教えて貰いたかったのだがな」
『無理を言うな。私もまさか、この場でフア様があれほど饒舌に話をしてくださるなんて思っていなかったからな』
カイトとフアがいなくなっていつもの砕けた調子になったアメノイに、ファビオは内心でホッとしていた。
普段のアメノイはこの調子なので気付きにくいのだが、フアと話をしていたときにはやはり神の一柱だと思わせるような威厳を出していたのだ。
王として立っているファビオも周囲から威厳があると言われることは多々あるが、神のそれとは全く違うと実感させられる思いだ。
さらに、フアの纏っていた威厳はアメノイ以上だったのだから、今のファビオはとても自分に威厳があるなんてことは口が裂けても言えない。
『――ファビオは勘違いしているかもしれないが、神界にいらっしゃるフア様は、ほとんど話をされないことで有名だからな?』
「……そうは見えなかったのだが?」
『だから驚いたといっているだあろう? よほどあの契約者……いや、使徒のことを気に入っているのだろうな』
「そこまでなのか」
『そうだ。分かっていると思うが、ゆめゆめ下手な手出しをしようと考えるのではないぞ? 私にも庇えることと庇えないことがあるからな』
「無論、分かっている。だが、人の行いを全て制限するなんてことは無理だ」
『そこまでは我々も望んでいないさ。それは、フア様も同じだろう。だからこそ、他にも知らせるように言ってきたのだろうな』
色々と言ってきたフアだが、基本的に言いたいことはカイトに余計なちょっかいをかけるなということと、きちんと自身の存在を認識させるということだった。
各国の上層部だけに知らせるのは、全ての人々に知らせてしまえばカイトが自由に活動できなくなってしまう可能性が高いからである。
『それはいいとして、私もそろそろ戻ろう。ファビオもこれから連絡をするのだろう? というか、さっさとしておけよ』
「わかっているさ。わたしも神の怒りには触れたくはない」
カイトと一緒にいたフアを見た感じでは、多少各国への連絡が遅れたところですぐに怒ったりはしないだろう。
だがファビオは、余計な気苦労(?)は、さっさと他の国と共有したい気分だった。
『それがいい。ではな』
ファビオの気持ちに気付いているのかいないのか、アメノイはそれだけを言って窓から出て行った。
その様子を見送ったファビオは、王妃と共に大きくため息をつくのであった。
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国家の関係の複雑なところは、どんなに仲が悪い国同士であっても何らかの形で繋がりを持っているところである。
それは、常時戦争を行っている国であっても同じ――どころか、むしろそうした国同士のほうが連絡を取り合っている場合が多かったりすることがある。
そうでなければ、余計な犠牲が増えてどちらの国にとっても損にしかならないということが怒り得る。
そうならないためにも、戦の際の使者のやり取りだけではなく、各国で独自のルートを持つようにしているのだ。
ロイス王国も、当然のようにそうしたルートは持っている。
基本的に外交で大きくなってきたロイス王国は、通常の役人同士のつながり以外にも、各国の王と話ができる直接のルートを持っていた。
代々の王が使っている私室に備え付けられた通信具は、そうしたルートのうちの一つだ。
王妃と別れて部屋を出たファビオは、早速私室に戻って複数あるそれらの通信具を使って各国の王へと連絡を取り始めようとしていた。
『――何用だ、ロイスの王よ』
最初に連絡を取った王からすぐに返答があり、ファビオは内心でホッと胸を撫で下ろしていた。
通常この連絡手段を使う場合は、夜が多かったりするので出てこない可能性も考えていたのだ。
「済まないな。少し緊急で話したいことがあってな」
『この時間に連絡を取って来る時点でそうだと思っていたが、何があった』
「ふむ。単刀直入に言えば、最近我が国で話題になっている人物についてだ」
『そう言われてもな。私の耳にも幾人かは入ってきているぞ?』
「そうであろうが、新しい島を発見した者といえば、すぐにわかるであろう?」
『……なるほど。それで? その人物がどうした』
相手の王がそう聞いてきたので、ファビオはすぐにカイトが契約しているコンについて話をした。
『――信じられん……と言いたいところだが、そなたがこの場でそのような嘘を吐くわけもないか』
「そういうことだ。といっても、にわかには信じられないだろう。だが、そなたのところであれば、すぐに確証を取れる方法はあるであろう?」
『そういうことか。確かに、答えが得られるのであれば、それが一番早いだろうな』
今ファビオが話をしている王の国は、アメノイと同じように守護神が存在している。
ファビオはその守護神に確認を取ればいいといっているのである。
相手の王が答えを得られない可能性に言及したのは、神である守護神が契約している王の全ての問いに答えをくれるわけではないからだ。
「その心配は必要ないはずだ。すでに神々の間でも連絡を取り合っているはずだからな」
『……なるほど。この時間に連絡を取ってきたからよほどのことかと思っていたが、本当にそうであったか』
完全に事態を把握した相手の王は、感嘆とも呆れともとれる声色でそう言ってきた。
「まあ、そういうことだ。それから、その関係でそなたに一つ頼みたいことがあってな」
『頼み?』
「ああ、そうだ――」
そう前置きをしたファビオは、カイトのルタ学園の推薦についての話もした。
『――――確かにそれは必要かもしれないな。うむ。そう言うことであれば協力をしよう。これから他にも頼むのであろう?』
「そういうことだ。出来ればわたしも含めて五人ほどいればいいと考えているが……」
『まあ、そんなところだろうな。もし、数が足りなくなりそうであれば、こちらにまた連絡をくれればいい。こちらの伝手で頼んでみることも考えよう』
相手から協力的な提案を受けたことで、ファビオは安堵の溜息をついていた。
勿論、この相手の王も色々と思う所はあっての提案だろうが、少なくともそれによってカイトが害を受ける可能性は限りなく低い。
ファビオと同じで、相手の王は、大地神のコンを得ているカイトに下手な謀略を仕掛けるほど不用意ではない。
「そう言ってくれると助かる。――では、これから別に話を持って行くので、ここらで終わろう」
『わかった。――そなたも大変なことだな』
予想していなかった言葉をかけられたファビオは、相手に見えていないことを良いことに、思わず目を見開いて驚いた。
「その心配は大変ありがたいが、いずれそなたも巻き込まれることになるとわたしは予想しているからな」
『さて。是非ともその予想は外れてほしいと言いたいところだが……忠告として受け取っておこう。――では』
相手の王はそれだけを言って通信を切ってしまった。
ファビオも同じ立場であるだけに、長々と話をしている時間がないということは分かっているので、失礼だと怒るようなことはしない。
むしろ、こちらが忙しい立場だと分かって早めに切ってくれたのだろうと、好意的な解釈をするのであった。