(8)ルタ島の学園
『まあ、色々と言ったが、吾が直接口を挟むようなことはほとんどない。あるとしても、カイトのコンとしてだの。そうなってくれば、そなたも対応はよくわかってくるであろ?』
カイトがどうでもいいことを考えている最中にフアがそう告げると、ファビオは言葉では返さずに頷き返した。
要するにフアは、カイトについている限りは、五大神の一柱としてではなく一つのコンとして動くといっているのだ。
『カイトが魂使いとしての位を上げて、吾の力を使いこなせるようになればいいが……さて、どうなるかは、吾にも分からないの』
「そうなのですか?」
『それはそうだの。だからこそ、この国でも王を決めるときにはきちんと試練を設けているのじゃろ?』
『そうですね』
確認するように聞いてきたフアに、アメノイが頷き返す。
ロイス王国は国王の男児が就くことになっている。
ただし、歴代の王の中で必ずしも長男だけとは限らないのは、試練をクリアすることができなかった場合があるからだ。
アメノイが代々の王子たちに与える試練はその時々で決められるため、対策を練ることができない。
それ故に、前もって後ろ盾だと宣言しにくいという側面も持っているのだ。
もっとも、謀略などが完全に無くなるわけではないのだが。
いずれにしても、神のコンが与える試練のことを理解しているからこそ、ファビオはその大変さを誰よりも理解している。
また、ロイス王国に限らず、守護神を持っている各国も同じような状況で王位継承が行われるので、魂使いに対しては一定の地位が与えられているのだ。
「それはまた、大変ですね……」
そう言いながらファビオが同情的な視線をカイトに向けてきた。
王からそんな視線を向けられてカイトが居心地悪そうに身動ぎをしたが、フアがフンと鼻を鳴らした。
『吾が契約者を見くびってくれるな。少なくとも今のところは、十分すぎるほどに答えてくれておるわ』
カイトにしてみればゲーム感覚でクエストのクリアをしている感じなのだが、それでもフア(と創造神)にとっては十分らしい。
神と人では時間間隔が違っているということは理解しているのだが、それでも出来るだけ早くクリアしようと動くのは、時間が限られている人としての性だ。
一国の王の前で褒められていたたまれなくなり始めたカイトは、フアの背中を撫でながら言った。
「フア、もうそれくらいにして……」
『そうか。では、吾がでしゃばるのは、この辺にしておこうかの。――アメノイ、頼んだぞ』
『お任せください』
アメノイの返答を聞いたフアは、一度だけ頷き返してからその場で丸まってしまった。
カイトのモフりは続いているのだが、その状態で寝るということらしい。
完全に話の輪から外れる態勢になったフアを見ながら、カイトとメルテを除いた他の面々の表情が苦笑交じりになった。
ただし、寝る態勢になっているとはいえフアが大地神だと分かった以上、これまでのようにただの狐だと見る者は一人としていない。
その様子を見て、カイトが申し訳なさそうな表情になって言った。
「フアは終始こんな感じなので、お許しください」
「そなたが謝るようなことではない。それにしても、大地神のコンか――」
そう言ってから考え込むような表情になったファビオは、その視線を公爵へと向けて言った。
「わたしが各国の王に周知するのはいいとして、やはり学園への入学は必要になると思うが、どうだ?」
「確かに、必要になるでしょうな」
ファビオの問いに、公爵はすぐに同意してきた。
ただし、公爵はすぐにカイトへと視線を向けて、さらに続けて言った。
「ですが、今となってはその理由も分かりますが、カイトは学園に入学して『色』が付くのを嫌っているようでしてな」
「確かに、それは分からなくはないな。だが、他に方法がないわけでもあるまい。何故、それを言わなかった?」
「陛下。カイトはまだ十二歳です。そこまで慌てる必要はないのではと思っていたのですよ。……先ほどの話を聞くまでは」
「なるほど。それもそうか」
公爵の言い訳(?)に、ファビオは納得した表情で頷いた。
カイトのコンが神の一柱であるということは知っていた公爵だが、それが五大神だとは考えてもいなかった。
それを知っていれば、早急にでもこれから提案しようとしていることを話しただろう。
それに、養蚕の事業を進めるという意味でも、半強制になりかねない話を進めるのはどうかと考えてしまったのだ。
だが、今は大人しく眠っている狐のコンが五大神であると分かった以上、そこまで悠長なことを言っていられなくなってしまった。
後はお任せしますという視線を向けてきた公爵に頷いたファビオは、改めてカイトを見ながら言った。
「国の影響を受けたくないというそなたの意見はわかった。王であるわたしがそんなことを言ったと知れば、騒ぎ出す者たちもいるだろうが……。それはともかく、やはりそなたはきちんと学園に行くべきだ」
「それは――」
「まあ、待て。国の色を付けたくないということは理解していると言ったであろう? であれば、その色が付きにくい場所を選んでいけばいいだけだ」
「……は? そんな場所があるのですか?」
思わず素の表情になってそう聞いたカイトに、ファビオは頷きながら続けた。
「ある。というよりも、そなたが思いつかなかったほうが不思議だがな。――ルタ学園に行けばいい」
ルタ学園は、デキス海のほぼ中央に位置しているルタ島にある学園である。
その特徴は、ルタ島そのものがどこの国にも属していないという特徴を生かして、中立を保っていることだ。
勿論、カイトもルタ学園のことは知ってはいた。
ただし、ルタ学園に入るためには、カイトにとっては少々高いハードルがあるために、無意識のうちに除外していたのである。
「ですが、推薦人が……」
カイトがそう言ったとおりに、ルタ学園に入学するには幾人かの推薦人が必要になるのだ。
孤児であるカイトには、残念ながらそのような伝手は持っていない。
「うむ。確かにそれは問題だがな。今となってはそれも問題ではなくなっただろう?」
カイトの言葉を否定するように公爵がそう言えば、ファビオも同意するように頷きながら続けて言った。
「そうだな。わたしが例の話を進めれば、いくらでも推薦人は集まるであろう。無論そのうちの一人は、わたしになるだろう。それに、複数の王が推薦人になれば、国の色が付くことも避けられるであろう?」
「いや、ですがそれでは、逆に不審がられるのでは?」
「心配するな。王が複数推薦していると、公表しなければいい。この場合、知っておけばいいのは学園長くらいでいいのではないか? そなたのコンのことも含めて、だな」
ルタ学園に入学するには、複数の推薦人が必要であることは確かだが、入学した後にそれをわざわざ公表してる者はほとんどいない。
フアのことは一部の者だけが知っていればいいというのは、この場にいる全員が共通している考えなので、ファビオは敢えて最後にそう付け加えた。
たった一人に人間が学園に入学するのに複数の王の推薦が付くというのは大げさすぎるかも知れないが、五大神をコンにするというのはそれくらいに大げさなことなのだ。
そう考えれば、公爵と王が提案してきたことはカイトにとっても渡りに船と言える。
それでも、そこまでの迷惑をかけて良いのかとしばらく考えていたカイトだったが、最後には「お願いします」と頭を下げることになるのであった。