(7)今後の対応
フアが介入してきたことでいい感じに落ち着いてきたカイトは、守護神へ視線を向けながら聞いた。
「それで、守護神様は何故こちらに?」
『アメノイでよろしいですよ。守護神だと他の国でも同じ呼び方になってしまいますから』
「ハア……」
守護神、改めアメノイへの返答が適当な感じになってしまったのは、向かいに座っている国王がぎょっとした表情になったからだ。
その様子を見るだけで、目の前にいる鷲の守護神が名前で呼ばれることがあまりないということが分かる。
カイトにはどの程度の範囲でアメノイと呼ばれているかは知れないが、ファビオの様子を見れば普通ではないということがわかる。
とはいえ、神様からの直接の指示を無視するわけにもいかないと、曖昧な返答をするしかなかった。
『おや。あまり気乗りしない様子ですね。問題でもありましたか?』
『アメノイ、あまり無理を言うでない。カイトがそなたをそう呼ぶということで、色々と問題があるだろう? それは、そこの人の王を見ればわかるであろ』
『勿論です。だからこそ、そう呼ぶように言っているのです』
『むぅ……』
アメノイの言葉に、フアが唸り声を出して黙り込んだ。
フアもカイトがそう呼ぶことで、周囲がどのように変化するのか、きちんと理解しているのだ。
このままでは神の意のままにアメノイと呼ぶことが決定しそうだと察したカイトは、助けを求めるように視線をファビオへと向けた。
この場でアメノイを止めることができそうなのは、王しかいないと考えていたためだ。
だが、残念ながらカイトの視線に気づいたファビオは、そっと首を左右に振った。
その表情には、例え王であってもアメノイの意思を変えることは不可能だと書いてある。
全てが不可能であるわけではないのだろうが、少なくともこの場合は無理だということだ。
カイトとファビオのやり取りに気付いたのか、ここでアメノイがカイトに向かって言った。
『そこまで警戒する必要はありません。何も全ての人の前でそう呼べと言っているわけではないのです。限られた者たちの前でそう呼ぶだけで、十分効果はあるでしょう?』
「……確かに、そうであるがな」
アメノイの言葉を認めるように、ファビオがそう答えながら頷いた。
「いや、アメノイ待て。まずその前に、そちらの神が大地神様だと聞いたのだが?」
大地神という名前は、ロイス王国に生まれた者であれば子供でも知っている。
過去に五大神の一柱である大地神がコンとして活動していたという話は聞いたことがなく、目の前にいる狐がその神であると聞いてもにわかに信じられないのは当然の反応だった。
頼むから違うといってくれというファビオの願いだったが、残念ながら鷲の姿をしたアメノイは首を左右に振るように体をプルプルさせた。
『そうですよ。確かにそう言いました。こちらにいらっしゃるのは、間違いなく大地神様です』
「そ、そうか……」
アメノイから断言をされたファビオは、そう答えながらチラチラとカイトを見てきた。
その視線からファビオが何を言いたいのか察したカイトは、一度ため息をついてから答えた。
「確かに、私のコンは大地神のフアになります。……名前を呼んでいいかどうかは、フアに直接聞いてください」
「いや。名を呼ぶのは、遠慮しておこう」
あっさりとファビオが宣言すると、カイトを除いた他の面々が頷いていた。
初代から代々神をコンにしている王族だけに、神の名を呼ぶことの大切さをきちんと理解しているのだ。
「それにしても、そうか。そなたのコンが神だということは知っていたが、大地神様だったか。よくぞまあ、隠し通して……いや、話せるはずがないな。モーガン……いや、ヨーク公爵も知らなかったのであろう?」
「そうですね。見事に隠し通されましたよ」
「おや。教えておいた方がよろしかったですか?」
微妙に公爵から責められたように感じたカイトは、敢えてそう聞くことにした。
そして、言われた公爵はカイトの予想通りに首を左右に振った。
「……いや。出来ることなら今も知りたくはなかったのだがな」
五大神が関わっているとなると、余計な面倒が付随してくることになる。
それは、例え公爵という立場があっても、いや公爵という立場があるからこそ面倒が増えるともいえるかも知れない。
「もう遅いので、諦めてください」
「そうだな。好奇心に負けて、のこのことこの場に出席したそなたの負けだ」
共犯者ができたという顔になるカイトとファビオを見て、公爵は大きくため息をついた。
そんな公爵に追い打ちをかけるように、カイトの傍で耳の後ろを掻いていたフアがさらに言葉を重ねた。
『ついでに言っておくがの。例の諸島は、吾が人獣たちを保護するために守っている場所だからの。基本的に、人の統治に口を出すつもりはないが、おかしな介入は許さないからの』
「……それは、国として手を出すなということでしょうか?」
王の立場としては聞いておかなければならないだろうと、ファビオが何かを決心した表情になってそう聞いてきた。
だが、そんなファビオに対して、フアは軽く首を振りながら答えた。
『そうではない。だが、人獣という種を滅するような政策を取った場合は、吾だけではなく他の神の介入もあり得るだろうということだの』
受け取り方によっては神の神託ともとれるフアの言葉に、ファビオは深く頷いた。
「……このことを他の国に伝える必要は?」
『さて、どうであろうな。その辺のことは、吾よりもアメノイや他の守護神をやっている神のほうが詳しいからの』
『そうですね。後でしっかりと話をしましょうか』
フアに続いてアメノイがそう追随すると、ファビオは納得した表情で頷いた。
基本的に神々は、守護神であっても人が行う統治に対して口を出すようなことはしない。
だが、それが神に関わるようなことがある場合には、それこそ守護する者として口を出してくることもある。
フゥーシウ諸島は、五大神の一柱が直接関わっている地域なので、その条件に当てはまることになるのだ。
そして、アメノイが同意したことで、恐らく他に守護神がいる国々では必要な情報が共有されて、今後の政治に活かされることになるはずである。
フゥーシウ諸島の扱いが決定したところで、ふと公爵が何かを思いついたような表情になってメルテを見た。
「――そう言えば、彼女は最初からあなたのことをご存じだったように思えるのだが?」
『その通りだの。フゥーシウ諸島にいる巫女の一部は、そうした特殊な能力を持っている者がいる。そういう意味でも保護する価値はあると言えるかの』
フアが名乗る前から存在を知っていたと言われたメルテに、その場にいた者たちの視線が集まった。
「あ、はい。大地神様の仰る通りです。フゥーシウ諸島にある島で修行した巫女であれば、恐らくほとんどの者がフア様が神であることが分かるのではないでしょうか。大地神様であると特定できるかは微妙ですが。私が知る限りでも諸島全体で百人以上はいるかと思います」
現在フォクレス島で修行をしている巫女は二十人程度だが、過去に島で修行をしていたという者たちを含めるとそれくらいはいることになる。
フゥーシウ諸島が思っている以上に重要な地域だと理解したファビオは、今まで得た情報をどのように国内や国外に周知していくかと頭を悩ませ始めていた。
その一方で、結果的にフアのことをカミングアウトすることになったカイトは、すっきりした顔になってフアを一撫でするのであった。