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魂(コン)からのお願い  作者: 早秋
第1章
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(1)宣誓の儀

 その日カイトは、『宣誓の儀』を行うために育ての親であるクローバー神父と共に、町にある教会の一つに来ていた。

 カイトが生まれ育ったセイルポートの町が属するロイス王国では、十二歳を迎えた子供の全員がこの宣誓の儀を行うことになっている。

 それはロイス王国だけではなく、ザイート大陸に存在するほとんどすべての王国で行われている儀式だ。

 ザイート大陸では節目節目でこうした儀式を行うことになっているのだが、今回カイトが行おうとしている宣誓の儀はその中でも特に重要なものだ。

 それが分かっているのか、カイトの周囲にいる他の子供たちもどことなく緊張した表情を浮かべていた。

 ちなみに、この日カイトと同時に儀式を行う子供たちは、十五人だ。

 

 カイトがいるこの教会では毎週のように宣誓の儀が行われており、年の終わりまでには全員が一度はこの儀式を受けるようになっている。

 セイルポートには四つの大きな教会があり、それぞれの教会で同じ日に同じことが行われていて、教会を取り仕切っている聖職者たちも含めた大人たちがどれほどこの儀式を重要視しているのかがわかる。

 それは、十二歳という年齢が人としてある程度成長して神との対話も可能となるとされているためだ。

 さらに、この儀式にはもう一つの重要な役目があり、子供たちも一緒に親たちもそれに期待しているからこそ、どこか落ち着かない様子で儀式が始まるのを待っているのだ。

 

 現在は、子供とその親たちがそれぞれ隣り合って席に座っている状況で、礼拝堂の祭壇の前で豪奢な司祭服を着た一人の男性が神話の一節を読んでいた。

 その話は、カイトも小さい時から何度も聞かされている。

 一柱の創造神と五柱の上級神によってこの世界が生まれたという話は、大陸に生まれた者であればだれでも知っている有名な話だ。

 そんな有名すぎる神話を、この場で司祭が話をするのには勿論理由がある。

 それが分かっているからこそ、子供たちも黙ったまま席に座ってじっと話を聞いているのだ。

 勿論、中には退屈そうな表情をしているのを隠しきれていない者もいるのだが。

 

 カイトにとってその神話は好きな話の一つなので、何度聞いても飽きることはない。

 加えて、話している相手がいつものクローバー神父ではないということもあって、新鮮な気持ちでその話を聞くことができていた。

 そして、いよいよ話の最後を迎えたというところで、今までカイトが聞いたことのない話を、司祭が話し始めた。

「――――こうして世界に『知恵のある者たち』を生み出した神々でしたが、この世界で生き抜くためにはあまりにも厳しいと理解しておられました。そのため生み出されたのが『コン』という存在だと言われています」

 司祭のその言葉を聞いたカイトは、ようやく本題に入ったと身を引き締めた。

「神々が人々に魂という素晴らしい能力を与えたもうたのは、他の人々を守るため。コンを得た者は、そのことをゆめゆめお忘れなきように」

 司祭はそう言ってから、その場にいる全員を見回した。

 

 会場にいる者たちが黙ったまま自分を見て来るのを確認した司祭は、一度頷いてから話を続けた。

「それでは、名前を呼ばれた者からこちらへと来るように。これより『通魂つうこんの儀』を行う」

 司祭のその宣言に、会場内に緊張が走った。

 これから行われる儀式で、もしコンを得ることができれば、その子供の人生が大きく変わる可能性もあるのだからそれも当然だろう。

 司祭が先ほど言った「人々を守ることができる者」というのは、決して比喩だけではないのだ。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 名前を呼ばれた子供たちから、席を立って司祭の元へと歩いていく。

 そして、司祭のいる傍にある祭壇の上辺りに子供たちが何かを触るように手を伸ばしていた。

 初めてこの儀式を見るカイトには何を触っているのかは分からないが、ほとんどの子供たちがその動作をした後でがっかりした表情になっているのを見れば、結果がどうだったかはわかる。

 カイトの名前が呼ばれるまでに十四人の子供がいたが、そのうち一人しか嬉しそうな顔をしていなかったことからも、コンを得られる確率はそこまで高くないことは理解できる。

 実際、コンを得られるのは百人に一人と言われており、既に一人得ていることを考えれば、確率的にはカイトがコンを得られる可能性は低い。

 

 そのことが理解できていたカイトは、若干硬い表情になって司祭から名前を呼ばれるのを待っていた。

 そんなカイトの肩を横に座っていたクローバー神父が、そっと触ってきた。

「……神父様?」

「先程も言っただろう? コンを得ても得なくても、カイトであることには変わりがないと。それよりも、『神魂の板』に近づける機会などほとんどないのだから、しっかりと触ってきなさい」

 周囲には聞こえないくらいの小さな声で笑ながらそう言ってきたクローバー神父を見て、カイトは自分の中にあった緊張がスッと溶けるように消えたのを感じた。

 これから人前に出るということの緊張はまだ残っているが、自分がコンを得られるかどうかは、もはやどうでもよくなっていた。

 むしろ、孤児である自分が得られるはずがないと、開き直ることさえできていた。

 

 クローバー神父のお陰で落ち着きを取り戻すのとほぼ同時に、司祭がカイトの名前を呼んだ。

 その声に導かれるように、カイトは立ち上がって祭壇のある方へと歩いて行った。

 例えカイトのように孤児であっても通魂の儀を行うことはできる。

 その理由は、はるか昔に神々から各教会へと神託された神の教えの一つとされているためである。

 

 名前を呼ばれたカイトは、立ち上がって司祭のいる場所へと歩き始めた。

 祭壇に向かう途中で周囲からの視線を感じたが、孤児というだけで注目を集めることもあるカイトにとっては慣れたものである。

 むしろ、変に同情などの感情が混じっていない分、新鮮な気持ちにさえなっていた。

 それらの視線はあくまでも儀式に向かう者を見守る者であり、孤児を見るような視線ではなかったのだ。

 

 祭壇のあるところに着いたカイトは、初めて『神魂の板』を見て、少し拍子抜けすることになった。

 カイトの腰ほどの高さになっている祭壇の上には、縦が二十センチ、横が十センチほどの板があった。

 その板が輝くような銀色をしているのはとても綺麗には見えたが、言ってしまえばそれだけだったのだ。

 特に何かが彫られていたり、綺麗な飾りがされているわけでもない。

 司祭がその板を指すようにしなければ、カイトは別の物を探したかもしれない。

 それくらいに、その板はこれから重要な儀式を行うための物だとは見えなかったのである。

 

 自分の感情がどうあれ、司祭がその板を示している以上は、カイトとしては予定通りの行動をするしかない。

 これまでも他の子供たちがそうしてきた通りに、カイトもその板を覆い隠すように自身の右手を板の上に乗せる。

 カイトの手がその板に触れると、何かの金属らしいひんやりした感触がした。

 すると、その冷たさが手の中で広がるのとほぼ同時に、何かよく分からない感覚が右手を通して頭にまで伝わってきた。

 

 そして、その感覚に驚きで戸惑っている一瞬の間に、更なる変化がカイトの体に起こった。

 まるで『神魂の板』が伝えるように、カイトの脳にあるはずのない記憶が刻み込まれていった。

 次々に起こる事態に思わず目を瞑って情報の整理をしようとしたカイトだったが、すぐに次の変化に驚きで呆然とすることになる。

 儀式のために司祭や礼拝堂にいる者達に見守られながら『神魂の板』に触れていたはずのカイトは、今までいたところとは全く違った場所に立っていたのであった。

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