第九話 相合い傘
梅雨に入り、本格的に雨の季節になった、ある日。
「あれ、変だな〜?」
「どうしたの?」
放課後になり、ケンちゃんと一緒に帰ろうと。
玄関で傘立てから傘を探していたが、私の傘が見つからない。
「私の傘が、見当たら無いの〜」
「それ、ヒョットして盗られたのかも・・・」
幾ら探しても、全く見つからないので私がそう言うと。
ケンちゃんが、少し眉を顰めて言った。
この季節だと特に起こりがちな話である。
似たようなデザインなら、間違えて持って行くと言う事も考えられるけど。
私の傘は、傘の山からすぐに見つかる様に。
クマさん柄がプリントされた、少し変わった傘である。
柄もクマさん柄で目立つから、間違えようもなく。
明らかに、意図的に持って行っている。
「姉さん、早く行かないと電車の時間が無いよ?」
「でも、傘が無いから・・・」
「じゃあ、僕の傘で一緒に行こう」
「えっ」
山のように溢れる、傘立てを見ながら困惑していた私に。
ケンちゃんがそう言ってきた。
・・・
「(ザーーーッ)」
「「・・・」」
今、二人は一緒の傘に入っている。
結局、時間も無い事もあり、私はケンちゃんの傘に入っていた。
「姉さん、大丈夫?」
「う、うん。チョット歩きづらいかな・・・」
二人は、学校にほど近い駅まで歩いていた。
ケンちゃんが左側にカバンを掛け、右手に傘を持ちながら。
私を後ろから、抱くように歩いている。
こうして私を濡らさないように、傘の真ん中にしてくれている。
ケンちゃんの配慮だ。
頭上を傘で覆われて、雨音で遮断されている所為か。
周囲は見えてるが、何だか二人だけの世界に感じられた。
「(ピトッ)」
更には、お互い一つの傘に入った状態だから。
当然、密着しないとイケないし。
それに加え、お互い夏の制服だから薄い布地を通して。
相手の体温を感じていた。
しかも湿気が多く、服が肌に張り付きやすいので。
体温をなおのこと、感じやすくなっている。
「(カーッ)」
・・・ケンちゃんは、男の子らしく体温が高いので。
触れた部分が、何だかとても熱い。
同時に、薄い布地を通して肌の感触も感じるから。
私の顔も、熱を帯びてくる。
普段は、そこまで思い込まないのだけど。
周囲から隔絶された空間と、湿った服のおかけで何時も以上に感じる感覚に。
気分が異常に高揚していた。
”直接、ケンちゃんの熱い肌を感じてみたい・・・”
”その熱い体で、私をギュッと抱き締めて欲しい・・・”
そんな気分の中、Hな妄想も湧き起こり。
思わず私は、首を振った。
「イキナリ首を振って? どうしたの姉さん?」
「ううん! 何でも!」
不審な顔で尋ねるケンちゃんに。
私は更に熱くなった顔で、慌てて返事をした。
*********
「(ザーーーッ)」
「(困ったなあ・・・)」
今、僕は、何気なさそうな表情を装っているが。
内心では、とてもドキドキしている。
姉さんが、傘を盗られたので、自分の傘に入れて歩いていた。
出来る限り、濡らさないよう。
姉さんを、傘の中心になるようにしていたのだが。
しかしそうなると。
必然的に、姉さんを抱くような形で、密着しないといけない。
「(・・・)」
湿気た、薄い制服の触れた部分から。
姉さんの、肌の感触がしていた。
柔らかくて温かい姉さんの感触が、いつも以上にする。
制服が湿気ていて、制服の布地を感じにくくなっているからだろう。
その感触を感じている内に。
”柔らかい姉さんを、直接抱き締めたい・・・”
”その柔らかい体を直接撫でまくり、プニッとした頬にキスしたい・・・”
・・・いつの間にか、姉さんに欲情していた。
「(ザーーーッ)」
僕のすぐ隣には、姉さんの頭がある。
当然、姉さんの甘い匂いがしていて。
湿って蒸れた空気、傘と雨で密閉してる所為なのか。
いつも以上に、甘い匂いが強い様な気がする。
恐らく、不埒な考えが起こるのは、それが原因かもしれない。
その強く甘い匂いを嗅いでいる内に、何だかクラクラして来て。
思わず、場所を考えずに、姉さんを抱き締めたくなる衝動に駆られてしまう。
周りには、下校途中の生徒がチラホラ見える。
その中で、相合い傘をしている僕達を、多くの生徒が見ていた。
その視線に気付き、何とか衝動を抑える。
「(ブルブルブル)」
僕がそんな事を思っていると、急に姉さんが首を振り出す。
姉さんが、赤い顔で”何でも無い”と言うが。
どうやら、僕と同じような事を思っていたみたいだ。
・・・
そんな微妙な空気の中。
僕達は、二人一緒の傘で駅へと向かっていたのであった。