第八話 トラブル遭遇
それは、ゴールデンウィークの連休中の事。
「ねえ、ケンちゃん。コッチコッチ〜」
「はい、はい」
今、僕は、姉さんと腕を組んだ状態で、連れ廻されていた。
今日は、姉さんと街に遊びに来たのだ。
まあ、姉弟でデートと言う訳である。
街に出たのは良いけど。
さっきから僕は姉さんに、アッチコッチの店に連れ廻されている。
でも姉さん、頼むから。
ワザと僕を、ランジェリーショップに連れて行かないで・・・。
ワザと、際どいデザインの下着を見せつけないで・・・。
さっきから、紐の奴とかスケスケの奴とか。
明らかに、自分が着けることの無い物ばかりを選ぶ。
僕に見せつける姉さんと、恥ずかしくて下を向いた僕の周りから。
“クスクス”と、忍び笑いが聞こえてきた。
周りから見たらモロ、”弟をいぢめて遊ぶ、姉の図”にしか見えないよ。
・・・
「ふうっ〜」
姉さんに、連れ廻されて気疲れした僕は。
気分転換を兼ねて、ちょっとトイレに行っていた。
姉さんは近くで待たせている。
トイレを出て姉さんの方を見ると。
「ねえ、ねえ、カ〜ノジョ。一緒にどっか行かない?」
「・・・えっ」
「こんな可愛い娘が一人とか、もったいないよ〜」
姉さんが、二人組の男に取り囲まれていた。
男達は、見るからに軽薄そうなチャラ男で。
どうやら、姉さんをナンパしている様だ。
身内びいきを差し引いても、姉さんはとても可愛いし、スタイルも良い。
当然、学校でも、男からけっこう人気がある。
しかし姉さんは、僕以外の男は苦手な為
余り、自分から近づかないし話そうともしない。
特に下心を持っている男が相手だと、緊張してしまい。
会話が成立しない。
中には、しつこく付き纏うのも居るが。
そう言った者は、クラスメイトの女子が追っ払ってくれるらしい。
学校の中ではそれで済むけど、外ではそう言う訳には行かない。
姉さんが一人で、人の多い所に行くと。
途端に、ナンパとかスカウトに捕まってしまう事がある。
だから姉さんは、一人で街に出ることは殆ど無い。
「ねえ、どっかドライブに行かない?」
「・・・そ、そんな・・・」
「せっかく天気も良いから、一緒にどこかへ行こうか」
緊張から口ごもっている姉さんを見て、これ幸いと。
畳み掛けるようにして、話し掛けるチャラ男。
鼻の下を伸ばしたダラシない顔で、車で行こうとシツコク言う辺り。
何か、良からぬ事を企んでいる事は間違いない。
連れて行かれる前に、何とかしないと。
「ごめん、待った〜」
「(グイッ)」
僕は、ワザと大げさな声を出し。
彼氏のふりをしながら近づき、姉さんの手を取り、引っ張る。
チャラ男たちは、呆気に取れれるが。
それを無視して、足早にその場を立ち去る。
姉さんを引っ張ったまま、足早に去る背後から。
捨て台詞と舌打ちの音が聞こえた。
・・・
「・・・ケンちゃん、・・・怖かったよぉ」
何とか脱出した後、近くの公園に着いた途端。
姉さんが、僕に縋り付き震え出す。
僕はそんな姉さんを抱き締め、背中を軽く叩く。
ダタでさえ男が怖い姉さんが、あんな柄が悪いのに取り囲まれ。
しつこく誘われたのなら、尚更だ。
しかし、あれだけシツコイのは見たことが無いな。
あんなのに付いて行ったら、無事に済まないのは確実だから。
早めに、見付けて良かった。
「ちょっと座ろうか」
少し落ち着いた姉さんを、休ませようと思い。
僕は、近くのベンチを指差した。
*********
「なで・・・、なで・・・」
ケンちゃんがベンチに座りながら、私の背中を撫でて落ち着かせている。
私の左側に座り、背中を撫でながら、少し心配そうな顔で私を見ている。
そんなケンちゃんを見て、私は笑おうとするが。
しかし、表情が強張って、上手く笑えない。
「なで・・・、なで・・・」
それでもケンちゃんが撫でている内に、緊張も解れて行き。
それを見たケンちゃんも、顔が緩んできた。
「落ち着いた?」
「(コクっ)」
ケンちゃんの言葉に、私は無言で頷く。
「・・・ねえ、ケンちゃん。手、握っても良い?」
「クスッ、良いよ」
先程の、私を引っ張った手の感触を思い出し。
何となくそう言うと。
ケンちゃんが笑顔で了承した。
「(ギュッ)」
ケンちゃんが右手を伸ばすと、私が両手で握る。
大きなケンちゃんの手。
私の手を包み込める位に、大きな手。
もう手も大きいのも知っているけど、私を引っ張る事は余り無い。
いつも、私の意思を尊重してくれるくれるから。
そう言う事は、殆どしなかったけど。
でもあの時、私を引き離すため、引っ張ってくれた。
昔は、私が手を引いて歩いていたんだけど。
もうこんなになってたんだね。
「(スリスリスリ・・・)」
握っていたケンちゃんの手を、自分の頬に近づけ頬ずりをする。
男の子らしい、高い体温が温かい。
ケンちゃんは、そんな私を照れくさそうな笑顔で見てくれている。
こうして私は、温かいケンちゃんの手を、頬ずりし続けていたのである。