第六話 電車の中で
「ねえケンちゃん、はや〜く〜」
「うん、今行くよ」
それは暖かさにはまだ程遠い、早春の朝の事。
いつもの様に、私とケンちゃんは一緒に家を出た。
私達は、一緒の高校に通い。
通学も当然、いつも一緒である。
「ほらっ、時間が無いよぉ〜」
「急ぐから待って〜」
厳寒の峠は、とっくに過ぎたとは言え、まだまだ空気は冷たく。
コートまでは必要ないとは言え、マフラーと手袋、ストッキングは欠かせない。
「はやく、はやく〜」
「ちょっと、待って・・・」
寝坊をしたケンちゃんが、制服を着ながら、慌てて私の後を追う。
ちなみに、ウチの学校の制服はブレザーである。
まだ冷たい空気の中。
寒さに震える余裕の無いまま、私達は急いでバス停へと駆けていった。
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「はあ〜、何とか間に合ったね〜」
「う〜っ、疲れた〜」
何とか間に合ったことに、私は安堵し。
一方のケンちゃんは、疲れたような表情になった。
その後、急いでバス停に着いたところで、ちょうどバスがやって来た。
私達は急いでバスに乗り込み、バスが駅に着いた後。
電車に乗ってから、何とか一息付くことが出来た。
乗ったバスが、ギリギリの便だったので、焦っていたのだ。
「(ガタンゴトン・・・)」
「・・・今日は、妙に人が多くない?」
「ほんとだね」
ケンちゃんがそう言い、私もそれに同意する。
私達は学校までは、バスから電車に乗り換えての通学である。
確かに、この時間帯の電車なら多いんだけど。
今日は、いつもよりカナリ多かった。
後から分かった事だが、ある路線で電車が止まり。
そこを迂回した人の為に、この日は特に多かった。
「(ガクンッ!)」
「きゃっ!」
「(ギュッ)」
とりあえず何に捕まろうとしたら、いきなり電車が大きく揺れる。
その拍子に、後ろから押されてしまい。
私は思わず倒れそうになったが、ケンちゃんが受け止めてくれた。
私達は、車両後部ドアすぐの、連結部の角に居て。
ケンちゃんは壁を背にした状態で、私を受け止めてくれ。
反射的に、私もケンちゃんに抱き付いていた。
入ってきた時は、乗客が奥へと詰めて譲ってくれたが。
列車が発車して、その乗客がまた元に戻った上。
カナリの数の乗客だった為。
少しの振動でも、いつも以上の圧力が襲ってくる。
カバンは、何とか壁側の床に置けたけど。
周りに掴まりそうな物がないので、私はそのままの状態になるしかなかった。
「姉さん、ちょっとゴメン」
「うっ! んっ!」
ケンちゃんが、私を抱いたまま体を回転させるが、半回転しか出来ず。
私は周りからの圧力に、自然と苦しい声が出てしまう。
「んっ・・・!」
それを見たケンちゃんが。
私を角の方に入れてから、包むようにして腕を壁に着き、庇ってくれる。
「・・・姉さん、・・・大丈夫?」
「私は良いだけど、ケンちゃんの方は大丈夫なの?」
「大丈夫だよ」
見てて苦しそうだけど、そんな素振りも見せないで。
ケンちゃんがいつもの様に、私にそう言ってくれる。
あの、ふんわりとした微笑みを見せながら。
・・・
「くっ・・・」
あれからケンちゃんは、私を庇い続けている。
電車が揺れるたび、少し苦しそうになっていた。
「ケンちゃん、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
「・・・」
心配になって、もう一度そう言ったが。
ケンちゃんは、相変わらず微笑みながら返事を返してくれる。
しかし、見ていても無理をしているのが分かる。
それでも、私が苦しくないように庇ってくれていた。
小さい頃は、あんなに甘えていたケンちゃんが。
こんなに、逞しくなっているんだ・・・。
私はその事に感動する。
「・・・ケンちゃん、ありがとう」
この状況では、何も出来ないけど。
私を庇ってくれるケンちゃんに、少しでも感謝の気持ちを伝えたくて。
そう言って私は、ケンちゃんの広い胸に密着した。
「・・・大好きだよ、ケンちゃん・・・」
私は、ケンちゃんに寄り添ったまま、そう呟く。
・・・
そして私は、この状態のまま。
目的の駅まで、ケンちゃんに庇われていたのだった。