第十二話 甘い仕返し
それは、夏休みも終って少し経った頃。
暦の上では秋であるが、まだまだ夏の暑さも残っていた。
「(コンコンコン)」
「ケンちゃん、入るよ〜」
ケンちゃんの部屋をノックするが、返事が無いため。
私は一応、断りを入れ部屋へと入る。
「すー・・・、すー・・・」
返事が無いが、中に部屋の主が居るのは分かっていた。
なぜなら、ベッドの上でケンちゃんが寝ているのだから。
ケンちゃんは、風邪を引いて寝込んでいる。
ここ最近、涼しくなったり、暑さが戻ったりと。
季節の変わり目特有の、不安定な気温な上。
何でも、夜、エアコンを入れっぱなしにしていた所為らしい。
私は寝ている、ケンちゃんを見た後。
廊下に、一旦置いたお盆を持って、テーブルに置く。
持ってきたお盆の上には、蓋がしてある小さな土鍋が載っている。
それからベッドの側に行き、ケンちゃんの枕元の床に腰を下ろす。
「すー・・・、すー・・・」
相変わらず、静かな寝息で寝ているケンちゃん。
熱で上気しているのだろう、顔が少し赤い。
その少し赤い顔が、何だか幼い頃のケンちゃんみたいで可愛い。
病人でなければ、ケンちゃんの頭を。
胸に抱き締めて埋めたい、衝動に駆られてしまいそう。
「ねえ、ケンちゃん。起きてる?」
「ん? ああ、姉さん」
「ほら、おかゆ持ってきたよ」
「あ、ありがとう」
ケンちゃんを見て、そんな事を考えていたが。
思いを振り払い、取り敢えず寝ているケンちゃんを起こす。
ケンちゃんの要望で、私はおかゆを作って来たけど。
その間に寝込んでしまっていた。
起こすのは忍びないが、温かい内に食べないと冷めてしまう。
「じゃあ、いただきます」
「あっ、チョット待って、ケンちゃん」
「?」
ケンちゃんが上体を起こし、膝におかゆが乗ったお盆を置いて。
レンゲを持って、おかゆを食べようとしたのを、私が止める。
「ふう〜〜、ふう〜〜。
はい、あ〜ん〜」
それから、ケンちゃんが持ったレンゲを取り。
おかゆを掬ってから、息を掛け冷ましてケンちゃんに突き出す。
「ちょ、ちょっとぉ〜。自分で食べるから」
「あ〜ん〜」
「だから、自分で・・・」
「あ〜ん〜」
「・・・あ〜ん〜」
最初は、嫌がっていたケンちゃんも。
私の押しの強さに、渋々(しぶしぶ)ながら口を開ける。
「美味しい?」
「・・・うん」
私が作ったおかゆを口にしてくれた後に、感想を聞いてみる。
ケンちゃんが、恥ずかしそうに答えるのを見て、何だか可愛くなり。
私は、思わず顔が緩んでしまった。
・・・
「(なで・・・、なで・・・)」
おかゆを食べさせた後、再びケンちゃんはベッドに横になった。
私は、横になったケンちゃんの汗を拭いてから。
両肘をベッドに着きながら、頭を撫でる。
横になったケンちゃんの様子が、とても可愛くて、つい撫でていたのだ。
「おねえちゃん・・・、気持ち良い・・・」
「クスクスクス」
ケンちゃんが、昔みたいに私を呼ぶ。
こうして呼ぶ時は、甘えている時だと気付いた私は。
何だか、とても可笑しくなる。
「しばらく、こうしているから、寝なさい」
「・・・うん」
そうやって、気持ちよく寝ているケンちゃんを。
私は、撫で続けていたのだった。
*********
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
・
「コンコンコン」
「・・・ケンちゃん、いいよ〜」
「(ガチャッ)」
ドアをノックして、お許しが出たので部屋へと入る。
レースがあしらわれたカーテンを始め、可愛らしく装飾されている。
如何にも、”女の子の部屋”と言う雰囲気の中。
姉さんはベッドの上で、クマ柄の布団から上体を起こしていた。
クマ柄が好きな姉さんらしく、パジャマもクマ柄である。
・・・
姉さんが寝ているのは。
僕の風邪が治って数日後、今度は姉さんが風邪に掛かったのだ。
多分、僕の風邪が伝染ってしまった様である。
あれだけ、僕の側に一緒に要ればねえ・・・。
「はい、おかゆ持っていたよ」
廊下に一旦置いたお盆を、今度はテーブルの上に乗せた。
「それじゃあ、いただきま〜す」
「チョット待って、姉さん」
「?」
お盆を姉さんの膝の上に乗せると、姉さんがおかゆを食べようとするが。
それを僕が止め、姉さんが怪訝そうな顔をする。
「・・・まさか。ダメ、自分で食べられるから」
それから姉さんの背後に廻り、姉さんが取ろうとしたレンゲを取ったら。
今までの流れから、ようやく、僕の意図を理解したようである。
「フウーーッ、フウーーーッ。
はい姉さん、あ〜ん〜」
「いや、だめ、自分で食べるから」
「はい、あ〜んっ」
「ケンちゃん、自分で食べるから」
「姉さん、動くと危ないよぉ〜」
「・・・」
「はい、あ〜ん〜」
「・・・あ〜ん」
姉さんの横より、小さい鍋からおかゆを掬い。
レンゲを吹いて冷ませた後、姉さんの口元に持って行く。
最初、姉さんが抵抗したが。
少し脅迫めいた事を言うと、途端に大人しく口を開いた。
「姉さん、美味しかった?」
「もお、ケンちゃんのイジワル・・・」
味の感想を尋ねてみるが、姉さんが拗ねた言葉を返し。
その言葉を聞いて、僕の顔は思わず緩んでしまう。
・・・
「トン・・・、トン・・・」
「んっ・・・」
姉さんにおかゆを食べさせた後、お盆をテーブルに置いたが。
僕は、まだ姉さんの背後に居た。
姉さんは横向きにしなだれる様、僕の胸に体を預け。
僕は、姉さんの背中を軽く叩いていた。
姉さんは満足している様だが。
先程の事があり、少し拗ねていた。
「姉さん、気持ち良い?」
「・・・ケンちゃん、ケンちゃんが今度、風邪を引いた時は。
倍にして返すから・・・」
「大丈夫、この間引いたから。多分、当分は引かないよ」
「フンだ」
姉さんの言葉に、そう返すと。
姉さんがますます拗ねる。
とは言っても、僕にしなだれたままで言うから。
何とも、締まらない。
こうして僕は、姉さんにされた事を返したのだが。
次に寝込んだ時までには忘れるよう、内心では願っていたのであった。