Chapter13-4
ティリアは白いローブの上着を捲って見せた。
服の内側に付けられた内ポケット。その口のすぐ横から、何かがついていたであろう紐がぷらんとぶら下がっている。
おそらく、その紐の先にコンパスが下げてあったのだろう。
役目を無くし、うな垂れているように見える紐が、弱々しく揺れている。
「我らは年に一度、祭事で杖の力を借りる。その後すぐに杖は隠れ場所を変え、翌年まで誰の手にも触れることが無いのじゃ。村長はコンパスを頼りに杖の位置を突き止めるのじゃが、私以外、誰一人としてこのコンパスも杖の位置も知らぬ。コンパスは村長のみ直々に伝えられ、受け継がれてきた代物――しかし、奴らはコンパスの存在を知っておった。あ奴らの存在を見極められぬまま、倒されて奪われてしまった」
ティリアは淡々と説明する。要所をおさえた説明は久たちにとってはありがたかったが、その話される情報は一つとして嬉しく無かった。
「俺ら、のんびりしている場合じゃないんじゃないのか?」
話を聞き、杖の威力の高さ、そして相当な危険性を秘めたものだと、誰よりも重く受け止める久。
なのに、自分たちはこんなにのんびりしていていいのか。今もなお、話を聞きながらお茶をご馳走になっている最中ではないか。
久はやや強くカップを机の上に置いてしまう。
「それが不幸中の幸いでな。あのコンパスは夜にならねば本来の機能を果たさないんじゃ。今はただのコンパス。針の先はどう頑張っても北しか示さん。今頃奴らは何の疑いも無く、コンパスの指し示す方向に進んでいることじゃろう。夜になるまで奴らには少し北の森の方へと遠ざかってもらおうかの」
カップを口元へと移動させ、紅茶すするティリア。
「しかし村長。夜になれば正しい位置を示す筈です。奴らは結果的に杖に辿り着いてしまう。それまでに私たちがその場所を探さなくてはならないのでは?」
少し笑みをこぼしながら紅茶を楽しむティリアに質問したのは、他でもないタケだ。
今はまだ大丈夫かもしれないが、コンパスが杖の方向を指すのは時間の問題。現に茜色の空の東端は、ゆっくりと紺色に染まり変わろうとしている。
普通の強盗や、泥棒に奪われたなら、今夜中には辿り着かないかもしれない。だが、今回の相手は一筋縄ではいかない相手だ。
書かれたことが実際に狂いなく起きていく台本ノート。そこに書かれた次々夜は今夜。
どれほど難しい条件で隠れていたとしても、何度も台本通りに物事が進む様を見せつけられてきた久たちには、雹達は今夜、杖に辿り着いてしまうという、持ちたくて持っているわけではない、根拠のない自信があったのだ。
一刻も早く、雹たちより先に杖の隠し場所へと向かわねばならないが、位置を指し示すコンパスは敵の手中にある。
広大な森の中、全く見当のつかない杖の場所へどうやって雹より早く辿り着けばいいのか。大きすぎる問題だ。
「そうじゃ。ここからが重要な話じゃ」
タケの質問に対し、カップを置くティリア村長。
その眼差しは優しい老人のものではない。天凪校長が時々見せる真剣な眼差しと非常に似ている。
「誰一人として杖の場所は知り得ない。コンパスも無い。じゃが、最後に一つ、位置を探し当てる方法がある。その方法は――」
机を囲むようにして座る全員の顔を見回しながら話していたティリアが、一人の方向を向いてその動きを止めた。
「わ、私に何か?」
歳は老いてもしっかりとした眼差し。
その眼差しはゆいの方へと向けられていた。
「霧島さん。あなたになら杖の位置が分かるかもしれん」
「え……? 私が?」




