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クランクイン!  作者: 雉
聖なる神林
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Chapter12-3

 昼食を取り終えた久たちはリリオットに向けて歩を進めていた。

 先頭を進む久はセピスで購入した地図を片手に道なき道を進んでいく。しかし、その地図が段々と見えなくなってきていた。


 日が落ち始めている。木々の葉の隙間から見える空も、ほんのりと赤みを帯びてきていた。


 季節的には日没はまだ先だ。しかし、ここは深森の中。昼間のきつい日光を和らげる木々は、日没間近の日光も同等に防いでいた。

 日の光が和らぐというのも、ここではいいことばかりではない。降り注ぐ光はカットされ、いつもよりも暗い夕方を演出している。


 時刻は午後五時を過ぎた頃。まだまだ夕方ではあるが、辺りは暗くなり始めている。十メートル先が見えないとまではいかないが、目線の遠い先、森林の奥底は確かに暗闇に染まりつつある。ランプを灯せば進めないことも無いが、ここは原生林のど真ん中。足元も決して良いとは言えない。


「真っ暗になるのはまずい。今日はこのあたりで野宿にしよう」


 いつもならもう少し攻め込んで進んで行く久だが、今回は不慣れなゆいと織葉のことを考慮し、この辺りで歩は止め、野営を提案した。


「いいんでない?」


 完全に暗くなってからでは野宿の準備は困難だ。ハチはぐっと一つ背筋を伸ばし、欠伸をしながら答える。タケも異議はないと久に目で答えた。


「よしと、それじゃ野営の準備をしますか。ジョゼ、二人を任せていいか?」


 背負っていた鞄を地面に置き、久はジョゼと女性と二人を見た。


「えぇいいわよ。いつも通りでいいのね?」

「あぁ。頼んだ」


 任せて。と、ジョゼは一つウィンクすると、荷物を全て下し、同じく荷物を下したゆいと織葉を連れ、森の中へと消えて行った。

 

 野宿やサバイバルに長けた久たち。この場に残された男三人は、ある程度平たい場所を見つけ、そこにテントを手際よくてきぱきと設営していく。持参したテントは二つ。当然ながら男子と女子を二分するためだ。

 目に付いた場所にすぐさま張った形になったが、歩いてすぐのところに小川も流れており、立地条件は悪くないようだ。一晩過ごすくらいなら何の不便もないだろう。三人は各テントのロープをぴんと張って調節し、杭を地面へしっかりと打ち付けた。


 男子陣が力仕事のテント張りや水汲みをしている頃、ジョゼを筆頭とする女の子三人は、食材集めなどの夕食を担当した。これがいつもの役割分担だった。


 セピスである程度支度はしたものの、計六人、二食分は運べなかった。従って自動的に今夜は自給自足のキャンプ生活になる。

 ジョゼは不慣れな二人に木の実やキノコ、山菜探しを頼み、その後、魔法で炎を熾して、明かりの確保をするようにお願いした。


 ジョゼは山での二人を見失わないように視界の隅に収めておきながらも、自分は近くの川へと入り、慣れた手つきで手裏剣を捌いて、川魚を必要分だけ仕留めた。

 テントを二つ張り終え、簡単な食卓が完成した頃にはすでに真っ暗だったが、ゆいが熾してくれた火によって明かりは確保できていた。食材も夕食一回分には十分足りる量が確保出来ており、夕食抜きという最悪の事態にも陥らなかった。


「なんだかキャンプみたいで楽しいな」


 ジョゼが捕まえた川魚の鱗、内臓を取り出し、枝を加工して作った串を打っていく織葉。それをゆいに渡し、ゆいがその魚を焚火の近くに差して焼いていく。

 焚火の炎に照らされ、ややオレンジかかった二人の顔は笑っていた。一時はどうなることかと思ったが、少なくとも、今この状況は楽しい。


「何日も続くと疲れるけどね」


 平たい石の上で木の実を切り分けていたジョゼが答える。ジョゼはナイフを巧みに使って皮や種を綺麗に取りのぞき、大きい厚手の葉を皿代わりに盛り付けていく。


「ジョゼさんが言うと何だか現実味がありますね」

「職業柄、したくない野営を山ほどしてきたからね。昔、とある村で原生動物が狂暴化して、村を襲ったことがあってね、その時、一週間ほど張り込みで自給自足の野宿をしたんだけど、あれは本当に辛かったわ。お風呂にも入れないしね」


 と、今までの苦い思い出を、ジョゼが遠い目でぼやく。それを笑って聞くゆいと織葉。

 学生ではなく、盗賊業に就くジョゼの言葉を、面白がりながらも、貴重な意見として受け止めていた。


「お、そろそろ夕飯ですかい?」


 そこに水汲みを終え、ひとまず今夜分の水を調達し終えた久たち三人が現れた。いつも腹ペコのハチが目ざとく臭いを嗅ぎ取り、誰よりも早く腰を下ろした。何ともいやしい。


「もう少し掛かります。お魚がまだ生焼けなので」


 腰を岩へ降し、首元にナフキンをかけたハチにゆいが答える。 

 目の前の焼き魚に視線を戻すと、表面には焼き色がつき始めてはいるが、おそらく中まではしっかりと火は通っていない。

 まだもう少し掛かりそうだ。パチパチと音を立てる焚火で焼くととてもおいしいが、その分時間を要する。


「いやいやいや! ゆいちゃんから貰うメシなら生ででも頂きますよ!」


 何故かテンションが上がっているハチ。どうやら夕食以前にゆいと会話できたことがたまらなく嬉しいらしい。ハチの中では、食欲よりも可愛い女の子の方が勝るようだ。


「やかましい。お前はこれでも食ってろ」


 即座に返答するのは勿論織葉。織葉はハチに向かって黄色の縞模様が入った赤いキノコを投げつけた。

 いかにも毒々しい色を持つそれは、カエデベニツノキノコという、食せば酷い下痢を催す毒キノコである。カエデキノコという食用キノコと非常に酷似しており、採取したあとにベニツノキノコと判明。調理せず処分する予定だった代物だ。


「お前! これ毒キノコだぞ! 殺す気か!」


 投げつけられたキノコを後ろ手に放り投げ、織葉に噛みつくハチ。どうやらこの二人、協力はするものの、仲良くする気はさらさらないらしい。


「うるさい。男なら黙って食え。ほら」


 ハチの反論には無関心。織葉は机の上に置かれている廃棄予定の毒キノコをハチに向かってぽんぽんと投げていく。

 宙を舞う毒キノコは綺麗な放物線を描きながら、ハチの手の中へと飛んでいく。ナイスコントロールである。


「馬鹿野郎! 毒キノコに男も女もあるか!」 


 声を荒げるハチと笑いながらキノコを投げ続ける織葉。この二人が、他の全員がすでに焼き魚を食べていると気づくのは、もう少し経ってからだった。


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