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クランクイン!  作者: 雉
四人の挑戦者
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Chapter2-1

四人の挑戦者

 


 今日も太陽が東から昇り始め、セシリス全体を優しい朝日が包み始めた。新しい一日の始まりである。


 久はいつもよりも早く目が覚めてしまい、窓辺からぼんやりと日の出を眺めていた。

 日の出より五時間ほど前の深夜0時、その時刻に今日という日が始まっている。しかし、一日はこの日の出から始まっている、と言ってもおかしくないような気がする。夜中のど真ん中が一日の始まりというのは、分かってはいてもなんだかしっくりこない。


 そして、今日はいよいよオーディション当日。久にとって、新たな第一歩を踏み出す大切な一日、の筈なのだが……。


 昨晩、タケと神社で夜遅くまで騒ぎ、かなりお疲れのご様子。ラーメンを食べ終えた後、神社に出ているたこ焼きやおでんなどの出店を梯子し、帰宅したのは草木も眠りについているような時刻。ほんの数時間前だった。


「ダメだ……すっきりしねぇ……」


 明け方まで食べ、語り明かした二人。タケより多い量を食した久は、いまだに胃の中の食べ物が消化し切れていない様子。睡眠時間も二、三時間程と、明らかな睡眠不足と胃もたれのダブルアタックは中々に厳しい。

 悪条件が重なり、その気分の悪さ故、寝ていたいのに目覚めてしまい、少しでもすっきりさせようと朝日を眺めていたのである。


「やっぱこんなんじゃすっきりしないな。あぁ、腹も頭も重い……」


 久は窓枠にもたれかけている身体を重そうに持ち上げ、ふらふらと台所へと向かった。


「何か、水分を……」


 久は冷蔵庫を開く。ばかっと扉を開けた瞬間、白い冷気が放たれ、足元をひんやりとした空気が流れていく。

 庫内を見回してみたが、飲料は瓶に入った飲料水くらいしかない。

 もっとパンチの効いた飲料を買っておけばよかったと思いながら瓶を取り出し、手近なグラスに注いだ。一口飲むと冷えた水が喉を駆け降りて行ったが、さほどすっきりとした気分にはなれなかった。


「……行ってみるかなぁ。げふ」


 はぁ。と、げっぷ交じりの重い溜息をついた久は、グラスを流しに置くにも気怠げに、ふらふらと玄関の方へ向かうと、自宅を後にした。


 ◇ ◇ ◇ ◇ 


 家を出た久は足取り重く、まっすぐ右へ歩いていく。どうやらタケの家に向かうらしい。少し離れているが、タケの家は隣家にあたる。表に出るとすぐ視界に入る位置にある。

 見ると家の煙突からは、細い煙がすぅっと立ち上っている。タケももう起きているようだ。


 数分掛からずに家についた久は、ドアを軽くノックした。すると、中から近づいてくる足音が聞こえ、ガチャリとドアが開いた。

 半分開いたドアから、タケが顔を出した。手にはコーヒーカップを持ったままだ。


「久がノック……今日は嵐か?」


 タケは久を見て驚く。眼鏡越しの目は真ん丸だ。


「おはよ。コーヒーを淹れてくれないか?」


 久は疲れと眠気が混ざったような声でタケに注文する。それを聞いたタケは更に驚いた。珍しく朝早くからノックしてまで訪ねて来たと思えば、更には自らコーヒーを淹れてくれと言い出す姿は見たことがない。


「これは嵐どころじゃなさそうだな。上がれよ」


 タケはドアを大きく開け、久を中へ招いた。



 タケの家は常に、図書館の香りに似た、紙独特の香りがほのかに立ち込めている。今はその中に、コーヒーとトーストの香りが混ざっていた。鼻孔をくすぐる、とてもいい香りだ。

 タケは居間へと久を案内すると、すぐさま二人分のコーヒーを淹れはじめる。その用意しながら、久にこの状況に至るまでを話を聞かされた。

 タケ自身、今日の久は怠そうなのではないかと踏んでいたが、まさか、朝一番に家にやって来るとは考えもしていなかった。


「ほら、ご注文の品だ」


 タケは二人分のコーヒーを持ち、一つを久の前に差し出した。置かれたカップからは、ほかほかとおいしそうな湯気がのぼっており、その下では、黒く輝くコーヒーが飲まれるのを待ち望んでいた。


「お、さんきゅ」


 久は近くに積まれていた本をパラパラと捲っていたが、それを元に場所に戻すと、次はカップを手に取り、息を吹きかけて冷ましながら、慎重に口へと運んだ。

 タケも自分のカップを手に取り、久の向かいの席に腰を下ろした。


「どうだ、スッキリしたか?」


 タケもコーヒーを口へ運びながら久に訊ねる。


「なんか、だんだんましになってきた」


 久は右手の親指を立て、タケの方へ向けた。今日に限って苦手なホットコーヒーが身にしみるほど美味しい。一口飲むたびに頭と胃がクリアになって行く気がする。

 それを聞いたタケは微笑み、ほっとしたような表情を浮かべながらコーヒーを一口。


「これからは調子に乗って食い荒らしたりするなよ」


 と、忠告するとカップをテーブルに置き、机の上に置いてある本に手を伸ばした。


「大丈夫! こうなったらコーヒーを飲めばいいと分かったし!」


 またもや久は親指を立て、タケに高らかに宣言した。食べ過ぎのあと、タケに頼るつもり満々である。

 タケは本から視線を久に移し、笑みを漏らす。誰かと過ごす朝もいいものだな。と、感じていた。


 

 その後タケは本を閉じ、久とコーヒーを飲みつつ話し始めた。昨晩のことや今日のオーディションのこと、チームの話など多種多様な話をした。

 話し込むうちに、いつのまにか日はしっかりと昇り、そろそろジョゼたちがやってくる時間、午前八時が迫っていた。


「そろそろ時間だな」


 タケは家に置いてある柱時計と自分の懐中時計を見比べながら久に告げる。


「よし、それじゃあ行くか」


 その一声でタケと久は椅子から立ち上がった。久はそのまま外へ向かい、タケは弩を手に取り、軽い身支度を済ませてから外へ出た。

 歩いて数分、走れば数秒の距離にある久の家。その距離を二人並んで歩く。

 ジョゼたちが来る時間だとしても、久たちが家に到着する方が当然早い。久とタケは家には入らず、庭の柵や切り株に腰を下ろし、ストラグシティーからの二人の到着を待つことにした。

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