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クランクイン!  作者: 雉
折れない心、迷わぬ決意を
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Chapter11-2

「くっ!」

 

 眼前の衰弱しきった魔導師は、なんとかその動き辛い体を動かし、今もなお回復中である、僅かな魔力で手の内に杖を呼び出した。


 主に答え、すぐさま手に宿る校長の愛杖、迅雷輝星(じんらいきせい)。だが、いつもよりその放つ光に張りが無い。 どうやら今の校長の残り魔力は杖を呼び出すのもギリギリだったようだ。


 カカンッ! 


 私の刃と校長の杖がぶつかり合う。

 湾曲した刃は杖に遮られ、そこで斬撃が止まる。ぶつかって生まれた衝撃が杖を伝い、私の腕に流れ込んだ。

 全力で振り抜いた杖にはかなりの加速がつき、威力も大きくなっていたが、私の腕に伝わってきた衝撃は微々たるもの。例えるなら、軽く腕をぶつけた程度。いや、それ以下かもしれない。


「そんな棒っ切れで、私の攻撃を防ぐつもりですか⁉」


 いくら力の強い魔法具だとしても、杖は杖。所持者の魔力が弱い今、私からすれば校長の迅雷輝星はただの棒切れに等しかった。

 間一髪召喚に間に合い、かろうじて斬撃を受け止めたが、完全に防御しきる程の力など無い。攻撃を受け流す余裕など無く、私の全力をもろに受けてよろめいていた。


 追い打ちをかけるなら今が絶好のチャンスだ。私は素早く杖を引き寄せ、右手首を八の字に捻って杖の向きを変えた。 これによって杖の刃部は上を向く。この状態から斜め上に振り抜ければ燕返し、斬り上げが繰り出せる。

 校長は先ほどの振り下ろし攻撃でやや下向きに体勢を崩している。その体勢からは斬り上げは防ぎにくい。完全な状態なら勝ち目はないが、今の校長なら大きなダメージを与えられる。


(勝ったな)


 私は杖を右手のみで、やや長めに持ち直し、右上に向かって一気に振り上げた。

 杖の残像が走り、私の眼前に右斜め四五度の角度の軌跡を残して見せた。


 ギンッ!


 空中に共鳴する鈍い音。振り上げた杖が迅雷輝星に直撃する。校長はつらい体勢からも杖ではじき返そうとしたが、無理だった。私の湾曲した刃部が校長の杖を引っ掛け、手から引き離したのだ。


 校長の手から奪い去った迅雷輝星は放物線を描いて宙を舞い、離れた場所に浮かんでいるクリスタルにぶつかり、その動きを止めた。部屋にはクリスタルと杖がぶつかった際に生じた超音波のような高音域の音が響いた。


「なっ⁉」


 校長はその一瞬の出来事に反応しきれていなかった。クリスタルとの衝突音でやっと、今、何が起きたのかを理解した。


「校長、これで終わりです!」


 状況をやっと掴んだ校長に、私は杖を突きつけた。今度こそ校長を守る盾は何もない。私は眼前で呆然としている魔術師に向かって今度は刃ではなく、杖自体を突き出した。


「シルヴァリオ! こいつを凍らせろ!」


 私のその一言に反応し、シルヴァリオのクリスタルが光る。待ってましたと言わんばかりに。

 杖の先にからは青く光る魔弾が放たれ、目の前で守る術のない校長の左脇腹に命中した。


「っ!」


 着弾の衝撃の痛みは全身を一瞬で駆け巡る。そして、痛みの後に来るのは凍りつく冷感。体を構成する細胞までもが、その冷たさに打ちのめされているようだ。


 氷の魔弾の効果はもちろん凍結だ。脇腹に直撃した氷の魔弾は着弾地点から徐々に凍結範囲を広げ、すでに下半身と、左腕の自由を奪っていた。

 バキバキと音を立て、校長の体を氷が覆う。まるで花弁の鋭いクリアブルーの花が全身から咲いていくようだ。

 その氷の花は綺麗さとは裏腹に、動きと体温を容赦なく奪う。卑劣な花だ。


「もう、動けませんね?」


 体を覆い行く氷の花。校長の自由がきくのは残すところ、首から上だけとなってしまった。


「つっ!」


 顔をしかめ、痛みを逃そうとする天凪校長。しかし、全身が凍りついて動かない。思うようにはいかなかった。

 脇腹は着弾の衝撃で大きくえぐれ、流血していた。その流血も凍りつき、左の脇腹部分のみ、赤い薔薇が咲いているように見えた。


「ふふっ。その花、綺麗ですよ。校長先生?」


 私は校長に一歩近づき、花に視線を移す。花はこれ以上咲いていくことは無く、校長は首より上だけを残して、全身に満開の花を咲かせた。

 花を身に纏う校長の体温は、鼻に奪われ瞬時に低下している筈だ。しかし、校長は奥歯をほんの少しも震わせずに、私を睨み付けている。金色の瞳が私を刺そうとしてくる。


「そんなに睨まないでください、先生」

「その体を返しなさい。それはあなたのものじゃないわ」


 金色の瞳が鋭く睨んでくる。静かな怒り口調ほど恐ろしいと言うが、その怒り声は白い息となっていた。青い花が、極限まで校長の体温を奪い取った証拠だ。


「校長先生、あなた、今の自分の立場を分かっていますか?」


 あまりにもやかましい。私は杖の刃を校長の首にあてた。鋭く研磨された刃があたると、杖の自重だけで皮膚が切れ、一筋の血が首を伝った。


「っ……!」


 皮膚と身を引き裂く痛烈な痛みが襲っている筈だ。杖と刃の重みだけで、もうその身を1センチは体内に埋めている。


「このまま首を落としてもいいんですよ?」


 ほんの少し、首に掛かる杖を引いた。さらに数ミリ刃が沈む。


「あなた、一体何を企んでいるの?」


 首に数センチ刃が食い込んでいるというのに、校長は毅然とした態度を取った。


「それを教えるわけないじゃないですか。――ただ、一つ教えてあげます」


 私は一気に杖を右に引き抜いた。刃は校長の首を撫でるように、一気に切り裂いた。


「先生を殺すのは、後回しです」


 刃先に鮮血がべっとりと付着し、振りぬいた勢いで幾つかが雫となって弾け飛んだ。

 私は刃に伝う血を指でなぞると、そのまま口に入れた。


「なんだ。血はビリビリしないんですね」

「あなた、その体を返しなさい! それ以上その体を使うんじゃない!」


 ここに来て、ようやく先生が怒鳴るが、白い息の怒号など恐れるに足らない。


「さてと。校長先生が怒っていて怖いし、私はそろそろ行きますね」


 私は校長の発言をきっぱりと無視。依然として睨み付ける校長をよそに、私は校長の頭に乗っかっている特徴的な黒い三角帽子に手を伸ばした。


「これ、お借りしていきます」


 全身が凍りつき動きを取ることが出来ない校長から、至極あっさりとトレードマークの帽子を奪う。

 帽子が取られたことにより露わになる、桃色の髪。常に帽子を被っているので、髪むき出しの校長はなんだか新鮮だった。


「校長もいい色の髪しているじゃないですか。まぁ、私の黒髪の方が綺麗ですけどね」

「私の帽子を、どうするつもり?」


 桃色の髪を微かに揺らしながら校長が疑問を投げつけてくる。


「こうするんですよ、先生」


 不思議に思って発言した校長に対して、私はその答えを行動で示した。

 ひどく鋭く伸びた私の爪を、帽子の布地に食い込ませた。


 刃物のように縫い目に沿って指が流れ、三角の黒い帽子をひどい音をたてて破っていく。加えて、杖先の刃と腕力を使って、さらに残虐に、殺すように引き裂く。形こそ崩れなかったが、帽子は一瞬にして傷でまみれた。


「それじゃあ先生、私はこの辺りで失礼します。帽子、有効に使わせてもらいますね」


 そういって私はわざと大きな動きを取って校長に背を向けた。体の動きに合わせて靡く自慢の黒髪を見せつけてやった。

 

 校長に背を向けて歩き出す私。片手は汚物を持つかのような手で帽子をつまんでいた。

 その姿を見てやっとなのか、ここで校長の思考がやっと追いついた。校長は私に向かって怒りを飛ばした。


「待て! 霧島ぁ!」


 初めてだった。あの校長が呼び捨てで人の名前を呼ぶのを聞いたのは。

 しかし、そんなこと、今の私にはどうでもいい。校長の怒号は耳に入っても頭には届かなかった。

 

 これで邪魔者はいなくなった。この学園の最大火力、天凪桃姫を押さえてしまえば、あとはどうにでもなる。仕事の完遂はもう目前だ。


「――! ――!」


 まだ後ろで何か叫んでいる。あの怪物のような魔導師のことだ。数時間凍ったくらいでは、どうせ死なないだろう。

 氷が解けるまでそこでそうやって叫んでいればいいさ。


(ーーあなた直々の魔力で隠した、誰も見つけることの出来ないこの部屋で。)



「そして、地上に出て絶望すると良い」



 あなたが託した希望が何なのかはどうでもいい。どうせ、氷が解けた頃には全て終わっている。そして全てを無くし絶望したあなたを、私がこの手で逝かせてあげる。


 私は口元に笑みを浮かべながら、その部屋の階段を昇りきり、後ろ手で階段の踊り場の扉を閉めた。閉じた瞬間に扉の模様が壁と同化していき、同化しきる最後の刹那に校長の魔法陣が浮かび上がった。完全に扉に魔術が施されたという合図だ。


「さぁ、始めようか。久くんたち」


 自分でも気づいていなかったが、そう言葉が漏れていた。私は握ったままだった杖に魔力を送り、移動に邪魔な杖を仕舞った。手にあった杖が手品のようにぱっと消える。


(今、行くからね。織葉ちゃん)


 私は制服の上に羽織っている黒いローブを一瞬翻し、足元に一瞬で魔法陣を形成させ、その場から身を消すように転移した。


 目指すは、聖神堂だ。

 私は黒い風となって、その場目指して舞い上がった。




 その――聖神堂■■、…… ぼ■■。し――。。……■■■■■■■■。――が、で■……■■■■■■■■■■■■ 杖の、■■■。と紅の髪が……■■■■■■■■鋭利に、、わ。。。■■。。しを――。

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■とが、■■■■■■なって、――……―■■■■■■■■そのも■■■■■■■■■■■■、ああさ■■■■■■して■■■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■が■■■■■、■■■■■■■■■……■■■■■■■■も、■■■■■タ■■■■■■■。■■■■■■久、■■■■■■■■■き、さ■■■■――。

 も、■■■■■■■■■■ジ■■■■■■■■■■■■■■■■■■で、――■■■■■■■、■ま■■。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■……




 がくん。と、私から何かが抜かれた。


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