Chapter10-10
(この塔に地下があったなんて、全然知らなかった……)
これまでに強力な魔法陣で隠された道だ。私であろうとなかろうと、この学園の生徒が見つけることは不可能だろう。
私の体を借りて、いや、乗っ取って自由に動きまわる“私”。その私はこの道を探していた。
異様なまでに魔力が強化された“私”。聖神堂に容易く転移できるほどの力を持っているのにもかかわらず、この道を探し当てるのに塔を出たり入ったりを繰り返した。それは、この隠し道の先が、いかに秘密であるかを物語っている。この階段の下に何があるのかすら予想できないが、並々ならないものが存在していると私は確信した。
明らかになった道が元に戻る気配はない。魔法陣を完全に消滅させたからかもしれない。まるでその道は元からそこにあったかのような雰囲気を出している。
“私”はその道へと足を踏み出した。一階の踊り場から下へ続く階段へと足が伸びる。しっかりとした造りの階段だ。足裏から伝わってくる感覚がそう教えてくれる。
(一体、この階段は……)
上へ続く螺旋階段とは違い、一直線に下に伸びる階段。明かりは少なく、足元すらほぼ見えないが、足音や感覚からして塔の外壁と同じ素材、石で出来ている階段だろう。石の持つひんやりとした質感が、歩く足を通して伝わってきている気がする。
“私”はどんどん下へと進んでいく。かなり地下にもぐっている筈だ。魔術を解いた壁からもかなり離れて来ており、視界は暗く、無いに等しい。
階段もどこまで続いているのか分からない。うっかり足を滑らしてでもしたら、奈落の底まで落ちてしまう。そんな感覚すら覚えさせるほどの闇が、前からも後ろからも迫ってきている。
コツコツと、闇に足音のみが反響する。この足音はどこの壁で跳ね返って来ているのだろう。ここが狭いのか、広いのか。当然、それすら分からない。
そんな時だった。“私”と私の目に、かすかな光が映った。私のまっすぐ先、そこから、目に神経を集中させていなければ見つけ出すことが出来ないほどの弱い光が漏れていた。
この階段はそこへと向かっていた。光を見つけた瞬間から、私の目線はそこへ釘付け。じっとそこだけを見ていれば、“私”がそこへ向かっていることが明白なまでに分かっていた。
だんだんと光に近づいていく。近づいていることで光量も上がってはきているが、弱い光であることに変わりはない。ここまで来て、私はその光は扉から漏れている光だと理解した。
近づくことで見えてきた光の形。それはロの字の形に漏れていた。間違いなく、扉の隙間から光が漏れていた。
(“私”はこの扉の先の部屋を目指している……?)
混乱する頭で私は答えを導き出した。普通なら光が見えた瞬間、そう考え付くはずだ。
でも、今の私の精神は私が思っている以上に磨り減っていた。
予想できない事件の勃発。立ち入り禁止の聖神堂への転移。そして、塔の隠された道。それの全てを私の体が、私のではない力で切り開いていく。私はその度に驚いていたが、私の精神はそれ以上に驚き、疲れ、神経をすり減らしていた。
そのため、いきなり頭を使って答えを導き出そうとしても、予想以上にダメージを受けていた私の精神は、答えを出すのに多くの時間を要した。
混乱した精神を落ち着かせている間にも“私”の歩みは止まらず、とうとう扉の前までたどり着いていた。ここまで距離を詰めても光量は変わらない。扉の輪郭がはっきりした程度だ。
“私”はゆっくりと手を伸ばし、眼前まで迫った扉に手をかけた。扉は何の抵抗も無く、ゆっくりと、開いていく。
「な……! 何、この部屋⁉」
扉の開いた先、そこ見て私は驚愕せざるを得なかった。
「魔法石の部屋……」
私の視界一杯に飛び込んできたのは、大小さまざまな形のクリスタルだった。
部屋一面を覆うクリスタルの山。どれ一つとして同じ形のものが無い。原石のままの物、見事なまでにカッティングされ、アクセサリーか何かに見間違えてしまうような物。狂いの無い多角形の形をしているものや球体に加工されたもの。宝物庫か何かかと思ってしまう程の量だ。圧倒されてしまう。
赤や青に緑に黄色。各々が神秘的な光を放ち、魔力の根源であることを誇示している。扉から漏れていた光はこのクリスタルの光だったのだ。
大きなものは数メートルにもなる物もあり、ゆっくりと回転しながら空中に浮遊している。壁には石版のような物が彫られ、その石版の溝にあわせて小さなクリスタルが嵌め込まれている。まるで機械の操作板のようだ。光り輝くクリスタルが押しボタンとも、警告灯ともとれる。
どこを見たらいいのか分からない。それほどの部屋。私はぐるぐると目を動かし、至るところへ視線を飛ばす。余りの神秘さに圧倒されて何を、何処から見ていいものなのか。
“私”と私が見ている先はきっと違う。“私”はこの部屋に入った時から一寸として動こうとしない。一方の私は動きたくてたまらない。依然として、体中の間接が固まったかのように全身が動かない。私の体は私の意志では動かせない。もう当然のこととして捉えていた。
こうなったと気づいたときは気持ちが悪くて、不安でたまらなかった。でも、今はそれが当然になってしまった。体は動かせないが、ある程度の自由が取れてきているような気すらしていた。
その時だった。まるで私の気持ちを汲み取ったかのように、“私”が今まで立っていた場所から動き出した。
まるでそれは私の心を読んだかのようなタイミング。私の意志で動かしたかとも思えるほどの動きだった。
しかし、それ以上のことは無い。私は動き出した“私”を制御できる訳なかった。今回はたまたま、私と“私”が同じタイミングで同じ考えをしただけだと思い直した。
部屋の中をゆっくりと歩き出す“私”。
動いたことによって見えてくる、この場所の全様。思ったよりも奥行きのある部屋だった。
少し動いただけで、今まで見えていたクリスタルで死角になっていた多くのクリスタルが目に入る。この部屋には本当に数えきれないほどのクリスタルがあった。その数大小合わせて四桁は越えているだろう。
クリスタルによって全体が煌めくこの部屋。何処を見ても全てが神々しく光を放つ。“私”はその部屋の中をゆっくりと歩いていく。
(ん?)
ほんの数歩進んだ時、私の目に、この部屋にはどう見ても合わない物が目に入った。
それは、光り輝く部屋の、その床に無造作に置かれている、黒い布。
“私”は何かを探すべくこの部屋に入った。余りにも圧倒的なこのクリスタルに魅了されてそのことをすっかり忘れていたが、その布が私を現実問題へと戻してくれた。
その瞬間から私の目にはクリスタルの輝きなどほんの少しも映らず、床に放り投げられたかのように置かれている黒い布に目を奪われた。それほど、その布はこの場所に似付かない代物だった。明らかに浮いた存在だ。
この部屋の輝きにも犯されないような、確立された、黒。もう少し近づけば詳しく見て取れるだろう。幸い、どうやら“私”もその布が目に入ったらしく、布の方向へと足を進めていく。
距離を詰め、明らかになってくる布の形。その布の見えている部分はどうやら布の四隅のようで、落ちているのはハンカチーフかその類のものだと推測した。
そこまで分厚くも無い布で、見えている布の隅の角度からして、この布が長方形に近い形であることが分かった。
(タオル……にしては大きい。なんだかこう、あの形……)
私はあの布をどこかで見たような気がしていた。思い出そうとするが、それがいつ、どこで、何回ほど見たのか全く思い出せない。
あれでもない、これでもないと頭を回転させ、脳内に出来上がっていく立体図形のイメージを変えては崩しを繰り返す。
(風に靡くことも出来そうな薄さの布――旗……でもない。マフラーでもない、よね)
私の頭の中では粘土細工のようにイメージが出来上がっていく。旗からマフラーへと変わったが、納得できなかった私はそれを崩す。
瞬時にマフラーの形は崩れ、脳内で次の答えが浮かび上がるまで粘土はぐにゃりぐにゃりと、透明の手にこねられているように、縦横無尽に形を変えていく。私の粘土は私からの次の答えを待っていた。
『――みぃつけた』
刹那、私の脳内であんなにも自由に動き回っていた粘土が動きを止めた。
その停止した様はまるで、心臓を突き抜かれ硬直して即死したかの様だ。
柔軟だった粘土は瞬時にして歳を老い、カチカチに固まってしまう。それと同時に私の背筋も凍りつき、冷や汗が流れ、毛がよだつ。
「今の……今の声って、まさか…………」
この部屋には私以外だれも、いない。でも、“私”はいた。
今の声は紛れも無く、“私”の声だった。




