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クランクイン!  作者: 雉
決意の夜
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Chapter10-6

 “私”が向かっていた先の街。そこは間違えようのない、私の街、セピス!


 目の前の街がセピスと分かってから、景色がより一層明らかになる。街のどのあたりから煙が上がっているだとか、細かいことまで分かってしまう。知りたくないのに分かってしまう。大好きな街なんだもの。場所ぐらいすぐに分かる。


「なんてひどいことを……!」


 街との距離はもう数百メートルを切っている。街の被害は明らかだ。空を飛んでいるだけあって被害が手に取るように分かってしまう。


 衰えない飛行速度。ちょっとでも気を緩めれば気を失う。私は必死に息を整えながら、目の前の街の一番近い場所を捉えた。そこはセピス自慢の、海岸沿いの綺麗な広場だった。


「海岸沿いの、広場っ――」


 視線を一点に集中する。自分な好きな場所の一つでもある、そこの被害がどうなのか確かめなければ。

 

しかし、私の目に入ってきたのは目を覆いたくなるような被害ではなかった。広場の真ん中で立ちすくむ複数の人物。五人、だろうか?

 その場所に何故か似合わない五人。どうしてその場所に似合わないのか、それはすぐに分かった。


「織葉ちゃん!」


 白い砂浜に立つ五人。その中の一人、その一人は白い砂浜に映える色、赤い髪を潮風に靡かせていた。


 間違いようのない私の無二の親友。織葉ちゃん。そして、残る四人の人たちは、オーディション会場で出会った人たち、黒慧、久くん、たち――?


「織葉ちゃ――」


 更に速度を上げて砂浜に飛び込んでいく“私”。急な加速で首が反り、舌を噛みそうになる。私の言葉は無残にも遮られた。


「うわああああっ!」


 全く速度を落とすことなく、砂浜の地面すれすれで滑空していく。

 今まで水しぶきから変わり、今度は砂が嵐の様に舞い上がった。辺りは一瞬にして砂で覆われ、視界は全て砂で埋め尽くされた。 

    

『わあっ⁉』


 砂嵐の中から聞こえてくる声。

 間違いようのない、織葉ちゃんの声。そして、声を頼りに動く、“私”。


(間違いない、織葉ちゃんを狙ってる!)


 思考が流れ込んできた。荒れ狂う砂嵐の中、間違いなく、“私”は織葉ちゃんを探している。


「逃げて! 織葉ちゃん!」


 私の声は届かないのかもしれない。でも、外に届いているのなら、精一杯叫んで伝えないと。私を幾度となく助けてくれた、親友に身の危険を伝えてあげないと。


『タケー、何処だー! 俺たちと織葉は無事だぞー!』

『こっちは大丈夫だ。今からそっちに向かう』



ピクリ。



(この声って……)


 砂嵐の中に聞こえる二つの声。久くんとタケくんのもの――間違いない、二人がこの砂嵐の中で散り散りになってしまっている。

 そして今、微かだが、確かに“私”が動いた。


(え? ちょ、ちょっと待って!)


 間違いない。“私”は標的を変えた! そして、その向かった先に――


「――動かないで」


 私は、いつの間にか音も無くタケくんの背後を取っており、そのタケくんの首に、杖の刃を向けていた。


『なっ⁉』


 私が突きつけた刃に、タケくんは体をのけ反らせて驚く。

 杖を突きつけているのは私ではないのに、私なんだと錯覚してしまう。

 いや、錯覚じゃないのかもしれない。私は必死に突きつける杖を下ろそうとするが、やっぱり私の体は動かない。全関節が凍りついてしまっている。寸分たりとも私の体は動いてくれない。


「タケくん、逃げてっ!」


 動けない私にたった一つ残された自由。それは話すことだけだった。私は精一杯の声を体の中から捻り出した。


 聞こえていないのも分かっている。だけど、もし、一瞬だけでも聞こえるかもしれない。私は声を出し続けた。目の前で固まる、金髪の男性に。

 私は、必死に唯一残された動かせる部位を使い、声を荒げる。しかし、私の声は届かなかった。


 体は動かせない。声も出ない。その二つの不自由からくる落胆。普通ならここでがっくりと腰を折り、地面に倒れ込んでしまうのだろう。

 でも、今の私にはそれさえも許されない。体は磔されたように固定され、倒れ込む自由すら与えられない。


 “私”はゆっくりと手を伸ばし、タケくんの肩へと手を掛けた。

 力を弱いが、ゆっくりと相手を包み込み、侵食していくような手つき。ぴたりと肩に触れた瞬間から、相手の熱を奪っている気さえする。私の手に温かみが伝わってきた気がした。


「手を、離してっ!」


 いくら動かしても、考えても離れない手。動かないと分かっているけど、対抗しないわけにはいかない。私は未だに、自分の体が動かないことを認めたくなかった。

 “私”の手の掛かるタケくんの肩には、少しずつ砂が積ってきていた。


『おーい。タケー、どうしたんだー?』


 突如、砂嵐の中に聞こえ、私の耳に入ってくるもう一つの声。これは、久くんの声――

 しかし、私ははっとした。声の主に気付いている場合などではない。久くんに危険を知らせないと。声になっていなくとも、叫ばずにはいられなかった。


「助けて久くん! タケくんが!」

『逃げろ、久! 織葉を連れて遠くまで逃げろ!』


 もし、声になっていても届かなかっただろう。

 私の声は、私と全く真逆のことを考えるタケくんの叫び声と砂嵐の風音で完全に打ち消されてしまった。


 私は誰かに頼ろうとしていた。何もせず、誰かを呼んで助けを待つだけだった。しかし、目の前のタケくんは違った。

自分で考え、その場を切り抜け、身を守る力。織葉ちゃんと同じく、タケくんにはそれが備わっていた。


『タケ⁉ どうしたんだ⁉』


 タケくんの大声に即座に反応し、見えない場所から声を返す久くんの声。逃げろと言われても当然それを鵜呑みには出来ない。

 足音が聞こえる。ジョゼさんたちと一緒なのだろう。人数が多いゆえに、聞こえてくる音だ。

 視界が悪いため、どこまでの距離があるのか分からないが、足音からしてそう遠くは無い。久くんたちはもうすぐそこまで来ている。私はタケくんに突きつけた刃の行方が不安で不安で仕方ない。


『いいから逃げろ! 織葉を連れて―――』


 タケくんにも足音が聞こえていた。近づく久くんたちに向かってタケくんは叫んだが、途中でタケくんの声は吹き抜けた風によって掻き消されてしまった。

 一層吹き荒れる砂嵐。視界はさらに悪くなり、飛び交う砂で目もあけるのも困難。下手に息をすれば肺が砂で埋もれてしまいそう。しかし――。


 一度大きく吹き抜けた風で、視界が鮮明になっていく。砂嵐が晴れてきたと、全身で感じ取る。

 舞い上がっていた砂が冷静さを取り戻したかのように去っていき、見る見るうちに視界が明確になっていく。雲の切れ間が出来ていくように、砂嵐の切れ間が出来始め、辺りの景色も徐々に目に入ってくる。


「――動かないでと、言っている」


 晴れ往く砂嵐と、だんだん見えてくる景色に目を奪われていた私を、冷たく、突き刺さるような言葉が我に返させる。その声の主が、最初は誰なのか分からなかった。


(今の声、私の声……!)


 そうだ。間違いない。今の声は“私”から放たれた言葉だった。


 冷たく、暗く、言葉からは何も感じることが出来ない空っぽの発言。しかし、その一言は私の背筋を凍りつかせるのに十分だった。


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