Chapter10-1
決意の夜
校長室を後にしたタケと天凪校長は校内の図書館棟で久を見つけ、その後街へ出て、買い物中のジョゼとハチの二人と合流していた。
校長を含めたチーム久は、凄まじい速度で復興していくセピスの一軒の飲食店に入り、各々食事を頼んで、和気あいあいと話をしながら夕食を楽しんでいた。
「でさぁー、その時タケくんがさぁ」
「こ、校長! その話はもういいでしょ!」
唯一、お酒が入っている天凪校長。校長はタケの昔話をべらべらと話し、タケはそれを制するのに必死だった。人にはやはり聞かれたら恥ずかしい話の一つや二つはあるものだ。
楽しげに話す校長。それを必死に止めようと努力するタケ。その二人を見て笑う久とジョゼ。あれだけ試食を食い荒らしたと言うのに、一人追加注文を繰り返し、海鮮トマトソーススパゲティを一心不乱に食べるハチ。
皆がそれぞれの楽しみ方をし、どんちゃん騒ぎの夕食は終わった。
全員は帰宅後、校長室でもう一度台本ノートは開いてみたが、そこには未だ何も書き込まれておらず、久たちは今日の深夜、もしくは明日に書き込まれるのではないかと予想した。
次に起こるのは何処か。また、どのようなことが起きるのか。誰にも予想は出来ない。一刻を争う事態になるかもしれないが、位置が示されない以上、久たちは動くことが出来ない。
歯痒さを感じるが、今は体を休めるべきなのだろう。校長は久たちを応接室へと案内した。
校長室の塔の一階に位置する応接室。天井から小さめのシャンデリアがつるされており、床には金縁の赤い絨毯がひかれている。来客時にしか使わない部屋だけあって、非常に綺麗な部屋だ。
壁に設置されたガラス張りの棚にはトロフィーや盾が多く飾られている。壁には多くの絵画や写真も飾られており、創立当初の学園の写真もある。セピア色に変色してしまったその写真は、この学園の歴史の深さを物語っている。
この部屋の中央にはテーブルが置かれ、そのテーブルを挟むように長ソファーが二脚向かい合って設置されていた。案内された久たちは荷物を適当な場所に置くと、重力に身を任せてソファーに座りこんだ。
高級なソファーなのだろう。勢いよく腰を下ろしても音一つ立てない。さらに、ソファーのマットレスがやさしく下半身を包み込み、それぞれの体の形に合うように変形していく。
「ふぅ~」
首をゆっくり回しながら、久があくび交じりの溜息をつく。今の今まで疲れなど微塵に感じていなかったが、ソファーに座りこんだ瞬間から、急激な睡魔が襲ってきた。よくよく考えれば、久たちはこの頃、ろくな休息を取れていない。
オーディション後、織葉を助け、深夜に帰宅。その後何時間もしない内にセシリスが襲撃を受け、最悪の目覚めとなった。
様々なことが一度に降りかかった久たち。思えば今朝自分たちの村が襲撃を受けているのだ。
予想の遥か斜めを行くイレギュラーな事件の勃発。そのため、今日という日がとても長く感じ取れる。
「休める時に、休んでおくか」
校長の言う通りだ。何が起きるのか予想出来ない。ならば、休める時に休んでおく。これは旅の鉄則でもある。
久は一度部屋を見回した。だが、三人は既に眠りに落ちていた。三人も久と同様、異常事態に巻き込まれ、同じだけの疲れが溜まっているのだ。眠ってしまうのも無理はない。
「俺も、寝ますかね……」
そういって久も眠りに身を委ねた。瞼が重くなり、一瞬にして久を眠りの世界へと到達させた。
久々のしっかりとした休息。
久たちは深い眠りにつき、明日からの英気と体力を存分に回復することにした。
◇ ◇ ◇ ◇
カチリ、コチリ、カチリ、コチリ。
部屋内に時を刻む音だけが響き、その音が耳を通って頭に反響する。普段なら気にも止まらない時計の音だが、何故か今は違った。同じリズムの音が妙に気持ちが悪い。
体が重い。ここは何処? 今、何時?
「う……。ここは……?」
そう思って私は重い体を起こした。頭が重い。今立てばふらついてしまうだろう。
「ここは、一体……?」
ふらつく頭、力が入りきらない重い足。自分の体が自分でないようだ。この感覚、つい最近どこかで味わったような気がする。
「んっ……。んん……」
――ドキッ!
心臓が胸を突き抜けたかのように一つ大きく跳ねた。
隣に誰かいる。思わぬ方向から不意打ちのように聞こえてきた呻き声に近い音で、心拍数が跳ね上がる。私は恐る恐る音の方向へと顔を向けた。
(お、織葉ちゃん……!)
視線の先、そこには眠りにつく親友がいた。紛れもない、緋桜織葉だ。
「もしかして、ここは……!」
ふらつく足のことなど忘れ、私は今まで寝ていたベッドから勢いよく立ち上がり、部屋に立った。辺りをぐるりと見回し、窓を探す。きっとそうだ。ここは間違いなく、あの場所だ。
気付けばベッドの反対側から風が吹いている。はっとして振り返ると、そこには風で靡くカーテンがあり、その先にベランダが見える。
高鳴る胸を抑えられない。私は意識だけが前へ前へ行こうとし、足同士が絡みついて上手く歩けない。それでも、靡くカーテンの先を目指した。
規則的なリズムではためくカーテンを通り越すと、今まで以上に体に風が当たった。この身に風を浴びるのが久しぶりな気がする。
この風の強さ、そして匂い。私はこの風を忘れることなどできない。
「やっぱりここは、学園……。セピス……」
帰って来ていた。どうしても帰りたかった場所。セピス。
そして、天凪魔法学園に。




