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クランクイン!  作者: 雉
“白雷” 天を凪ぐ桃の姫
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Chapter9-6

 その後、久たちはゆいと織葉が目覚めるまで各々自由に過ごすこととなった。


 ここ数日は、片手で数えきれないほどのことがあり、一人の時間を作りづらかった。

 時には各自で気分転換するのも必要だし、悪くない。それは、様々なことを考慮して考えたチームリーダー、黒慧久の提案だった。


 ジョゼとハチは学校を出て街へ観光しに出かけていた。校長室でのんびり過ごすのも悪くないが、二人は滅多に来ないこの街に散策へ出掛けていた。


 校長の尽力もあり、セピスは今日災害が起こったとは思えない速さで復興しており、様々な店が不便を感じながらも、活気のある営業を再開していた。


 海辺の街なだけあり、新鮮な魚介類を扱う店が軒を連ねるセピス。ジョゼは見たことも無いような魚に驚いたり、感動したり。

 ハチは様々な魚介類の試食を全て、余すことなく吟味していた。


 久は学校内をぶらぶらと歩き回っているようだ。

 何回かセピスにも学園にも訪れたことはあったが、今日来たのはかなりの久々だった。校長からも、「聖神堂以外ならどこを見てもいい」と許可を貰ったそうだ。


 各自が自由に時間を過ごしている頃、タケは一人まだ校長室におり、校長室の小さなベランダに立って学校全体と街全体を見渡していた。


 そろそろ太陽が西へと沈んでいく時間。学校も街も綺麗なオレンジ色に染まってゆく。白を基調としたセピスは純白の街から黄昏の色、オレンジ色の街へと姿を変えていく。

 眼下に広がる海も細かな輝きを放ちながら、黄金色に輝いている。海に近づいていく太陽は大きく、さながら黄金の塊の様だ。


(セシリスよりも、太陽が大きいな……)


 黄昏るつもりはさらさらないが、一人夕陽を眺めるタケ。その時、校長室のドアノブに手が掛かる音がした。


「あれ、ここにいたの?」


 ドアが開き、校長が部屋へと姿を現した。

 校長は教員業務を抜きにしても、常日頃から多忙な人だ。それに加え、今は街の復興にも尽力せねばならない。今まで校長室を留守にし、他の仕事に回っていたようだ。


「ええ。ここが一番落ち着けるかなって」

「久くん折角の提案だったのに。こんなところでいいの?」

「ここがいいんですよ」


 校長もベランダへと足を運び、タケの横へ並ぶ。

 校長のトレードマークとも言える三角帽子が、潮風で靡いている。修繕魔法を施したらしく、新品同様の帽子が収まりよく頭頂に被せられている。


「そういえば桃姫先生、その帽子のことなんですが」


 タケは思い出したかのように、校長の頭の上に乗っかっている帽子を見ながら話し出した。


「あぁ、この帽子を見てタケくんがヒステリー起こしたってやつ?」


 校長は三角帽のひさしを指でつまんで両目の瞳を帽子へと動かした。


「ヒステリーなんて起こしてませんよ! 誰だってボロボロの帽子見せられたら驚くでしょう?」


 タケが切り出した話題。それは聖神堂での一件。黒いゆいが見せたボロボロな校長の三角帽子のことだった。


 天凪校長から帽子を奪う。これは容易いことではない。どちらかというと、不可能に近い。

 校長は帽子を肌身離さない。つまり、盗むのは無理。となると実力行使しかないわけだが、上級魔導師の称を持つ天凪桃姫。いくら闇の魔力で強化されていたとはいえ、校長を倒すまでは至らない筈だ。


「なんだ。そんなこと気にしてたの?」

「そんなこと? じゃないですよ。結構な問題ですよ」

「タケくんは心配性すぎるよ。まさかこの天凪桃姫が負けていたとでも~?」


 肩肘でうりうりとタケを弄る天凪校長。その姿は上級魔導師の称号を持っているとは思えないくらい、悪戯好きの子供の姿に見える。


「それで先生! 一体その帽子をどうやって取られたんですか!」


 真剣に質問してもはぐらかす校長にタケが軽く声を張り上げる。実際のところ、はぐらかす校長に嫌気がさしたのではなく、自分を突いている校長の肘がだんだん痛くなっていたのだ。


「そんなに怒ると白髪が増えて大変なんじゃないの?」

「ぐ……」


 自身でも気にかけている白髪の話題を出され、言葉に詰まってしまうタケ。あまり知られていないが、タケの金髪は、若白髪に浸食されつつあるのだ。


「……ま、本当に大したことは無かったんだけどね」

「? 桃姫先生?」


 突如遠くの景色を見つめる天凪校長に、タケは不安になった。


「……タケくんたちが聖神堂に行くまでにね、私、闇魔力に浸食されたゆいと対峙しているのよ。その時、ちょっと気を抜いちゃってね。教え子に負かされるとは思ってもなかったわ」

「そんな! 桃姫先生!」


 タケは思わず天凪校長の両肩をがしりと掴んだ。小柄な天凪校長はタケの力でかくんと揺れた。

 驚きを隠せないタケの両目は、しっかりと天凪校長を突き刺している。


 予想通りのタケの反応に、たははと、分が悪そうに苦笑する天凪校長。


「全くもう、タケくんのその痛いところを突いて来る性格には参るよ」

「そんなことはどうでもいいんです! 怪我は? 大丈夫なんですか?」

「だ、大丈夫、大丈夫だってば!」


 必死にしがみ付くタケを落ち着かせる天凪校長。


「ごめんなさい。オレは……駄目ですね。先生にも祖父にも言われた、本当に冷静になるべき時になれていない。まだまだ未熟ですね……」


 落ち着きを取り戻したタケが校長の両肩から手を放すと、少し項垂れるようにして、もう一度夕暮れの景色へと視線を向けた。


 いつの間にか日は海へと沈み、空に残るのは僅かなぼやけたオレンジ色だけになっていた。


「タケくん?」


 一気にトーンダウンしたタケを見て、天凪校長は不安そうに声を掛けた。


「桃姫先生、オレはまだまだ駄目です。いつが本当に冷静になるべき時なのか、見当すらつかないんです」


 タケの言葉には覇気が無かった。自信を無くしている様な、迷っている様な、思いつめた口調と声色。



 冷静になるべき時に、冷静になれ。



 その一文は、タケが幼少期から言われ続けた、タケの目標であり、唯一の欠点。いまだ改善されない唯一の短所。

 考えても考えても、タケはその打開策を今までも分からずにいた。


「タケくん」

「はい?」


 天凪校長はもう一歩タケへと近づき、自身もベランダの欄干によりかかる様にして街を眺めだした。

 空には、一番星が輝き始めていた。


「本当に冷静になるべきところ。それは誰だって同じ、その時が来ないと分からないよ。逆に、どんな冷静に考えても、答えが出ない時もあるわ」


 夜の世界に美しく光る、桃色の髪の毛。それを靡かせ話す校長の言葉からは、様々なとらえ方が出来る。


「それに、思っているほど冷静になれていない訳じゃないよ。タケくん、すごく成長してる。私もまさか見抜かれるとは思ってなかったくらいだし……もう少し自信を持ってもいいと思うわ。でも、さっきみたいに考えた後や答えを導いた後に悩んだり、悔やんだりしないためには、もう少し別の考え方、見据え方が必要だと思うわ」

「別の考え方、ですか?」


 それはなんなのだろう。自分に欠けているものは何なのかと、タケは頭を悩ませる。


「タケくんはさ、一人で考えて溜め込みすぎる癖があると思わない?」


 今日最後の夕陽の光が、ベランダの二人を照らしている。


「それは――そうです。一人で考え込むのではなく……仲間と、考えていけばいいんですね」

「うん。正解正解」


 校長がにっこりとほほ笑む。


「タケくんには友達も仲間もいっぱいいるじゃない。久くんなんか大親友なんでしょ? 気兼ねなく腹を割って話せる相手なんだから、自分が思っている以上に、もっともっと真髄まで話し合った方が絶対良いよ」

「そうですよね。仲間を信頼するって、そういうことですもんね」

「そうよ、仲間は信頼しなきゃ。これから旅、始めるんでしょ?」

「そう、ですね……」


 また、校長との会話に静けさがやってくる。

 “旅”という単語にタケは言葉を詰まらせてしまう。心の奥底にしまっていた不安という感情が揺さぶられる。


 セピスで久しぶりに自分の師匠に会い、美味いコーヒーを飲んで今まで楽しい時間を過ごしていた。だが、これは旅の途中にただこの街に寄ったに過ぎない。タケたちはここ、セピスを去り、次の場所へと移動する。それは、時間の問題だった。


 タケは正直、不安で押しつぶされそうだった。物事を深く、人よりも多くのことを考え、一歩先を読むタケ。

 しかし、今回はイレギュラーの連続で、いつどこで何が起きるかなど読めたものではない。顔には決して出さないが、タケの心はいつもより不安定で、揺らいでいた。


「桃姫先生。オレは――」

「タケくん。私の可愛い二人の生徒も信頼してあげてね」

「……えっ?」


 言うが早いか聞くが早いか。明らかに弱い声を出したタケの言葉を校長が遮った。校長は明らかに落ち気味なタケに素早くそう投げかけた。


「ゆいも織葉も、とってもいい子だから、信頼してあげて。それにきっと、二人はもうタケくんのことを信頼している筈だから」


 依然として校長も街を見たまま顔を動かさないが、タケに話すその口調は柔らかいものだった。教育者としての口調ではなく、我が子を見導く親の様だった。


「分かりました。織葉も霧島も、仲間として大切にします」

「七十点!」

「え? 何? 何が七十点なんですか?」


 話の脈略も無く、いきなり採点されるタケ。一方で天凪校長はびしっと人差し指を突き立て、七十点を宣言したままのポーズを取り続けている


「相変わらずタケくんはお堅いねぇ。霧島”じゃなくて、“ゆい”って呼んであげたら? すでに“織葉”って呼んでいるんだから」

「名前……ですか」

「大事なことよ。女の子は特別扱いされている子を羨ましく思っちゃう生き物なんだからね。ゆいに嫉妬されても私は知らないわよ?」


 校長はタケの堅さを取るためと、仲間として、友達としての距離を縮めるために、名前で呼ぶことを提案した。

 考えてみればそうだ。タケは既に織葉を名前で呼び、出会って間もないのにかなりの距離を縮められた。校長の言うことは最もだった。


「分かりました。名前で呼んでみます」

「言ったね? 約束だよ?」

「はい。破らないよう努力します」


 暗闇に染まるベランダで、タケと校長は顔を見合わせて笑い合った。校長はここに来てようやくタケの屈託ない笑顔を見ることが出来た。その表情は、空に輝く一番星より、ずっと明るく、輝いていた。


「さてと、皆を集めて街で夕食でも食べに行こうか?」


 笑いが響くベランダで校長がそう切り出す。折角ここに来たのだから街へ出て夕食を取ろうというのだ。


「お、いいですね。行きましょう行きましょう」


 勿論タケもその案に賛成する。断る理由など見つからない。


「そうと決まれば行きましょ。皆を探さないと」


 天凪校長はタケの腕をぐいと引っ張りベランダを出る。タケは強引に校長に引っ張られて、ややこけ気味にベランダを後にする。


 傍から見て師と弟子には見えないタケと天凪校長。

 その二人はわいわいと笑いながら校長室を後にし、他の皆を探しに出かけたのだった。

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