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クランクイン!  作者: 雉
“白雷” 天を凪ぐ桃の姫
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Chapter9-5

「戻りました」


 数分後、階段から続く扉が開き、校長のおつかいを終えたジョゼが戻ってきたくる。手にはゆいの変わり果てた杖と、金色に輝くペンダントが握られている。


「先生、杖とペンダント持ってきました」

「ありがとう。受け取るわ」


 ジョゼから杖とペンダントを受け取る校長。そのまま自分の執務机の方へ歩き、机の上にその二つを並べて置いた。


「みんな、ちょっとこっちに来て」


 校長は自分の椅子に腰かけると、久たち四人を近くに呼んだ。全員がその言葉に反応し、机を取り囲むような形で近寄った。


 四人の目線の先で、ゆいの杖がギラリと光る。湾曲した形の刃はいつ見ても背中に悪寒を走らせる。本当に嫌なフォルムだ。精神的に人の心を脅かし、怯えさせる。そんな形をしている。


 それともう一つ、机の上にペンダントが置かれている。

 半球型に成形されたクリスタルを中心に、下方向へのびる三つのひし形の装飾。クリスタル以外は金色で、光を放っているが、それは高価な物から放たれる金銭の輝きではなく、純粋な黄金から放たれる美しい輝きをしている。


 だが、中心のクリスタルは、その輝きとは対照的に、彩度を限界まで落としたような、漆黒だった。


「ちょっとこれを見てほしいの」


 くいくいと四人を手招きし、天凪校長はそのペンダントを指さした。四人はぐっと顔を机に近づける。


「桃姫先生、これは……」


 タケが眉間に皺を寄せる。

 無理もない。そのクリスタルはただ黒いだけではなく、クリスタル内部で黒い魔力が粘度の高いジェル状の液体のようになり、ドロドロと動いているのだ。


 普通、魔力と言うものは可視出来ない。魔術を行使して見ることは出来ても、それは魔力を見ているのではなく、魔力を使用して発動させた魔法を見ているに過ぎない。

 しかし、机の上に置かれたゆいのペンダントの内部は、誰もがしっかりと視認できるほど、黒い魔力が渦巻いている。


「ペンダントだけじゃないわ。この杖のクリスタルも、闇魔力に浸食されているの」


 校長はそういうと、杖のクリスタルも指さした。言った通り、ひどく黒いクリスタルが、杖先の刃のつけ根に埋め込まれている。


「その魔力が霧島を操る動力源になっていたと?」

「さすがタケくん。察しがいいね。でも、それだけじゃないかもしれない」

「? それは……どういう?」


 突如として表情を険しくする校長にタケが即座に聞き返した。


「ペンダントに宿されている闇魔力、ゆいの魔力キャパシティ、ぎりぎりで止めてあるのよ」

「……? ええと、つまり……?」


 話について来ていたタケだったが、ここに来て話についていけなくなった。キャパシティがギリギリ、つまりは許容範囲のほぼ限界値だということ。それに、どういう意味がるのだろう。


「つまりね、完全に洗脳して操るなら、その対象者の魔力限界を超える量の魔力を送ればいい。でも、今回はそうじゃない。洗脳を施した相手は、ぎりぎりゆいを救い出すことのできる魔力分。つまり、助けようと思えば助けられるように術を施していた。そう考えられるわ」


「結局のところ、一体何が分かったんだ?」


 やはり一番話についていけていなかったのはハチ。単刀直入に結論を校長に訊き返した。


「ちょっと回りくどかったかな。簡単に説明するとね、向こう側は最初からゆいを取り返されても構わない。そんなつもりでいたみたいよ」

「そんなバカな!」


 天凪校長の発言の後、間発入れずに、ドンッっと思い切り机に拳を振り下ろす久。

 叩き付けた勢いで机上のペンダントがカタリと揺れ動く。


「そうです桃姫先生。それなら敵が霧島をさらう理由がありません。今回の聖神堂の戦いだって無意味です」


 久と同じく異議を申し立てるタケ。こればかりはどうしても納得いかなかった。

 だが、天凪校長は意義を申し立てる二人に対し、焦ることもなく、ゆったりとした口調で続いて話始めた


「ゆいは、このように取り返すことが出来るよう操られていた。だから、あなたたちの生死は問わないのよ。死んだら死んだで構わないし、生きていても支障はない。まるで、あなたたちを弄んでいるみたい。タケくんの言う通り、この計画が計算しつくされたものだとしたら、私たちが思っている以上に大きな何かが動いている可能性があるわ」


『思っている以上に大きな何かが動いている』


 校長のその言葉で空気が凍りつく。確かに、久たちは自分の目で敵の数や規模を確認できていない。確認したのはたったの一人、あの映画監督の男だけ。


 考えてみれば、監督が組織のトップならば、あの映画に関係している人が敵という可能性も浮上してくる。

 かなりの規模の映画であることは明白。スタッフや関係者が多いのは間違いない。だとしたら、校長の読み通り、かなり大きな規模の組織が裏で動いているのかもしれない。


「何にせよ、結論を出すには情報が少なすぎますね……」


 全ての情報を頭に入れ、吟味したタケが口を開く。やはり、今の状況でそう判断するのは難しい。


「そうね。情報が足りない。だから、誰よりも向こうと関わった時間が長いゆいから話を聞こうと思うわけなのよ」

「でも、霧島はまだ……」


 校長の発言に思わず視線をそらしてしまうタケ。話は聞きたいが、今は休ませてやりたい気持ちが強かった。


「ぐっすりお眠りの様ね。ま、私も無理やり起こすような鬼じゃないし、起きてからゆっくり話を聞こうと思うの」


 どんな時でも天凪校長は生徒を愛する教師であることに変わりはない。校長も、いち早く情報が欲しいはずだ。しかし、わが子同然の生徒からそのような手荒な真似は出来ない。したくないのだ。


「さぁて。もうすぐ目覚める可愛い生徒のためにサプライズを用意しようか」

「サプライズ、ですか?」


 表情と口調をがらりと変え、いつもの調子に突如として戻る天凪校長。


「そのためにジョゼちゃんにお使いを頼んだんだけどね」

「え? そうだったんですか?」


 机の上に置かれている杖とペンダントを指さしながら校長が得意そうに言う。ジョゼは頼まれた二つの物が、サプライズだとは思ってもいなかった。


「ま、これからする仕事が私の今一番しなきゃいけない仕事。みんな少し机から離れてて」


 腕を横に広げて机から離させる天凪校長。久たちは校長の指示通り、机から数歩後ろへと下がった。


「ほいっと」


 校長は軽く右手を振り上げると、手に魔力を集め、自分の杖を形成した。手には全身が純白の木で造られた白い杖がいつの間にか現れていた。


 神々しい輝きを放ちながらも、使い込まれ、愛着の溢れる雰囲気を醸し出す校長の杖、“迅雷(じんらい)()(せい)”。杖の頂点に宿された黄のクリスタルが杖の名の通り、輝く星の如く光り輝いてみせた。


「よし、いくよ」


 校長は軽く息を吸い、集中を高めていく。校長の高まる集中と同調するように、杖のクリスタルも輝きを増していく。


 杖全体から魔力による風が溢れはじめ、校長室に風を吹かせる。机の上に置かれた本や資料がパラパラとめくれていく。

 

「凄い…… 強い力だ……」


 久はその強くない風から校長の魔力の強さを十二分に感じ取った。

 決して突風ではない。力を具現化した荒々しい風ではない。しかし、この緩やかな風は何か圧倒されるものがある。


 強く、しなやかな風は自らの力で起こせるもではない。魔力を絶妙にコントロールし、自分の手のように操る。これは並大抵の人がなせる業ではない。多くの魔量がある者でしか引き起こせない現象だ。


 白雷の二つ名を持つ上級魔導師、天凪桃姫。久はその力と、偉大さを肌で改めて感じた。


「弾け閃光、煌めけ(ぎん)(せい)。 (せい)(しん)(らい)。其の清く白き雷で黒きを払い除けよ――」


 呪文を詠唱し、杖を床へと突きつける天凪校長。杖が突きつけられると同時に、机の上に複雑な魔法陣が浮かび上がり、黄色い光を放って杖とペンダントを包み込んだ。


 優しい光が部屋全体まで広がっていく。激しい光に違いはないが、目を覆うような光ではない。何にでも優しく照らす光だった。


 日光のような暖かい光は徐々に光を弱め、いつも通りの視界へと戻してくれる。部屋もいつも通りの明るさに戻っていく。


「よし、これでOKっと」


 光が弱まる中、天凪校長が机の上の杖へと手を伸ばし、軽く終了の合図を飛ばす。久たちは校長が手にしている物へと視線を移した。


「あ! それは霧島の杖!」

「本当だ! 元に戻ってる!」


 すぐさま声を上げる久とタケ。校長の手の中には、オーディション時に見たゆいの杖が握られていた。


「杖だけじゃないよ」


 校長は杖を握っていない反対の手を開いて見せてくれた。

 そこには見事なまでに美しい光を放つ、緑のクリスタルを宿したペンダントがあった。


「わぁ、凄く綺麗なペンダントね」


 あまりの美しさに目を奪われてしまうジョゼ。


「これが生徒を見守る校長の役目。杖は完全な状態じゃないけど、今まで通りゆいちゃんなら使いこなせるはず」


 校長はそう言うとゆいの杖を掲げて見せる。元に戻ったゆいの杖は、嬉しそうに輝きを放っていた。


「先生。ありがとうございます」

「へ? なんでタケくんが感謝するのさ?」

「いや、なんだかお礼を言いたくなって」

「ふふ。相変わらず優しいわね」


 校長へ頭を下げるタケ。タケはとても嬉しかったのだ。


 タケはオーディションの控室で杖を見つめるゆいの姿を覚えていた。

 優しい目で杖を見つめていたゆい。タケはその姿で確信していた。ゆいは本当にこの杖のことを大切にしているのだと。


(ふふっ、タケくんも成長したわね)


 思わず笑みがこぼれてしまう天凪校長。校長は昔のタケを知っている。


 頑固で無口。他人のこと以前に、自分のことすら考えているのかどうか分からなかったタケ。しかし、タケは他人を気遣える程へ心身共に成長していた。


(この成長は、素敵な人たちと出会ったおかげね)


 校長は目だけを動かし久を見る。校長一人でタケが成長したわけではない。校長もタケの成長に一役買ったことは確かだが、一番頑張ってくれたのは他の誰でもない彼、黒慧久だ。 


 本人は分かっていないのかもしれない。だが、久のその明るくポジティブな性格は何人もの人を救ってきた。タケもそのうちの一人。久との出会い無くしてタケはここまで成長はなかっただろう。


(ほんと、良い人と出会ったわ。タケくんも、私自身も)


 久と出会い、影響を受けたのはタケだけではない。天凪校長もその一人だった。久よりもはるかに年上の校長。久の力で成長したわけではないが。久のその性格からは学ぶべきことが多くあった。


 そして、自分のわが子同様の生徒を託してもいいと思えるほどの信頼をも持つことが出来ていた。


「さてと、じゃあジョゼちゃんもう一回おつかいね。杖とペンダントをもとあった場所に戻してきてもらえる?」


 いつまでも考えに浸っている場合ではない。校長は頭を切り替えジョゼへもう一度おつかいを頼んだ。内容は先程の逆だ。


「はい。分かりました」

「お願いね」


 ジョゼは校長から杖とペンダントを受け取ると、またしても一人部屋を出て一階層上へと上がっていった。


 ◇ ◇ ◇ ◇


「あ、帰ってきた」


 またもや同じフレーズで迎え入れられるジョゼ。ジョゼは校長の元へと近づくと、おつかい完了と告げた。


「ありがとう。ご苦労様」


 校長はジョゼに軽く頭を下げると、机の上にコーヒーを置き、ジョゼへ差し出した。


「ありがとうございます」


 こくりと一口飲むと、口一杯に苦みが広がる。 

 しかし、その苦味の中に甘さがあり、絶妙なコーヒーに仕上がっている。


「やっぱり、おいしいわ」


 そこまでコーヒー派ではないジョゼだが、これこの絶妙なコーヒーは吸い込むように飲めてしまう。


(タケがカフェイン中毒になったのも、納得かも)


 首を後ろに傾け、こくりと最後まで飲み干した。

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