Chapter9-4
全員が沈み込んでしまっている中、天凪校長は机の上に置いてある念話紙、台本ノートに手を伸ばし、もう一度中を確認した。
文字が書かれているのはたった三ページだけ。今一度確認しても変わったところは見つからなかった。
しかし、校長は二ページ目で手の動きを止めていた。
書かれているのはたったの一行、『姫はさらわれ、騎士は倒れる。騎士は瀕死の傷を負い、弓の地が滅び行く』とだけ。
一瞬で理解できる短い文なのだが、校長はその行を何度も目で追い、読み直していた。
(“姫”か……この書き方は何のためだろう。この念話紙の相手は一体何を?)
校長は書かれている一行の一文字、“姫”に注目し、頭を回転させていた。
(思い込みや偶然なら笑って済ませられるのだけど、そう考えるのは楽観的すぎ……かな)
校長は一人頭を悩ませたが、今の脳内に渦巻いている問題の答えを出すには何もかもが足りない。
天凪校長はノートを閉じ、顔を上げた。
「久くん、このノート一晩お借りしてもいい?」
「ええ。もちろんです」
校長の言葉で固まり切っていた空気が動き出す。久は二つ返事で了承した。
奇妙な魔術操作をされている念話紙のノート。自分たちよりも、魔法の専門家である校長に調べてもらうのがいいと考え、即答した。
「ありがとう。それじゃあお借りするね」
校長は久からノートを受け取ると、ローブの内ポケットへとしまい込んだ。
「みんな、順番が逆になってしまったけれど、改めてお礼を言わせてもらうわ。この街を助けに来てくれてありがとう。そして、あの二人を助けてくれて、本当にありがとう」
天凪校長は頭から帽子を取って、久たちに頭を下げた。その丸く曲がった背中は、自分の目が行き届いていなかったことを、悔やむように語っていた。
いやいや、それはこちらの台詞です。と、一斉に立ち上がる久たち。久たちは自分たちこそ、校長に感謝し、謝るべきだと思っていた。
◇ ◇ ◇ ◇
お互い何度か頭を下げ合った後、久たちと校長は今後のことについて、話を始めていた。
しかし、敵の行動や思想が全く読めない今、憶測の一つも立てることが出来ない。とにかくまずは二人の当事者、ゆいと織葉から話を聞き、少しでも多くの情報を手に入れたいが、二人は死んだように眠っており、話を聞ける状態では無い。
叩き起こしてでも話をさせるべきことなのかもしれないが、五人はそれをしようとしなかった。
溜まりに溜まった疲労で眠っている筈なのに、うなされるように苦しそうな顔をし、眠り続けるゆいと織葉。その状態の二人を起こしてまで話をさせるなど、久たちや天凪校長には出来なかった。
だが、次に何かアクションが起きるまでに、二人のうちどちらか一人だけでも話を聞く必要がある。
久たちの中に、休ませてあげたい気持ちと、早く情報を手に入れたい気持ちが生まれてせめぎ合い、何だか空気がそわそわし始めた時だった。
「ジョゼちゃーん、ちょっとちょっと」
ふと、何か思い出したかのように天凪校長がジョセに声を掛けた。
「はい、なんですか?」
腕組みを解き、ジョゼが天凪校長へと顔を向ける。
「ジョゼちゃんさ、ちょっとお使い頼まれてくれない?」
「お使い、ですか?」
校長からのいきなりな頼みと発言に、ジョゼは少々戸惑った。
「難しいものじゃないよ。この上の部屋で眠っているゆいのところから、杖とペンダントを取って来て欲しいのよ」
「杖とペンダントですね。分かりました」
校長の頼みを聞き入れ、一人部屋から出ていくジョゼ。パタパタと階段を上がっていく音が天井から聞こえてくる。
「頼んだらオレが行きましたのに」
「あらぁ、タケくんってば、ゆいの体に興味があるのー?」
タケの一言に、いじわるっぽくにんまりと笑う上級魔導師。
「え? それってどういう?」
「タケ、よく考えろ。眠っている女の子からペンダントを取るんだぞ。長い物なら胸くらいまである。俺らが取りに行くのはまずいだろ……」
「あっ、ああ……ははっ」
久からの言葉を受け、しまったと言わんばかりのタケ。苦し紛れに笑って見せた。
「天凪先生の役に立ちたい気持ちは分かるけどな。こういうのは女同士、ジョゼに任すのが一番さ」
校長のこととなると動きたがるタケ。久はそれを理解している上で、タケを制した。タケも考えずに動いてしまう自分に気が付き、久に軽く笑って答えた。
「そゆことそゆこと。まぁ、どうしてもって言うなら、戻す時はタケくんに頼んでもいいけどー?」
「いえ、ここはジョゼに任せましょう、彼女が適任です。桃姫先生」
タケ、完全復活。天凪校長の冗談をもずばりと斬り捨てた。
「校長! ぼくが、僕が行きます!」
「大丈夫、ハチくんには絶対頼まないから」
笑いながらもハチに返答する天凪校長。顔こそ笑っているが、声から全く笑いが感じ取れない。
「ハハハ……。そ、そうですよね……」
この冷ややかな声色。
ブチ切れたタケとはまた違う冷たい怖さを、ハチは笑う天凪校長の顔から全身で感じた。




