Chapter1-6
「つまり、久がオーディションに出るから、私たちにも声を掛けに来てくれたって訳ね」
タケとジョゼが昼食から戻り、全員が落ち着いたところで、四人は先ほど二人がポーカーをしていたテーブルを片付け、それを囲むようにして座り、話を始めていた。久とハチは家の在りようの物で昼を済ませたらしい。
ジョゼは昼食時にタケから簡単に話を聞かされており、理解が早かった。どうやらジョゼは依頼的にも空きのようで、同行を快諾してくれた。
「私は行くわ。面白そうだし。タケ、あんたまた巻き込まれたのね」
ジョゼは右手に顎を乗せた状態で、タケの方を向き、哀れみの言葉を掛けた。それを聞いたタケはジョゼを見ながら真顔で、「もう慣れてる」と一言。
タケを見て少し笑うジョゼを横目に見ながら、久はハチに向き合った。
「で、どうだハチ。お前も来ないか?」
久はタケらとは首を別方向に向けて、興味が全く無いオーラを出しているハチに話しかけた。
「俺はパス。そんなのに行くくらいなら、ビズ狩りに行くわ」
ハチの言うビズ、ビズラリックとは、全身が岩で構成された大型モンスターだ。攻撃、防御面とも上級クラスで、倒すことが困難な危険種に認定されている。
だが、討伐すればかなりの額の報酬金が得られ、一度で大きく稼ぐことが出来るおいしいモンスターなのである。ハチはこのビズ討伐を得意としており、個人でクライアントからの依頼を受けるほど。
ハチは興味のない映画はおろか、オーディションすらパスし、このモンスターを倒しに行くのだと言う。
「あんたってばいつもビズラリック、ビズラリックって、全くもう! 面白みのない!」
それを聞いたジョゼが思わず口を挟む。いい加減、暇さえあればビズラリック狩り出かける異様な執着から離れろと言った感じだ。
「やだよ、面倒くさい」
ジョゼにきつく言われても、ハチにとっては何処吹く風。文字通りさらりと流す。守銭奴のハチからすればビズラリックは岩の塊ではなく、金の塊に等しいのだ。
その後もジョゼが色々と話していたが、ハチはとうとう席を立ち、少し離れた場所に置いてある事務机で、話も聞かずに自分の手裏剣を吟味し始めた。参加する気はないと、こちらに向けた背中と態度で示してくる。
「こうなると私じゃダメね。久、どうするの? 置いてく?」
何を話しても華麗にスルーされ続けたジョゼは呆れ気味に、言い出した本人、久に援護を求めた。
「安心しろジョゼ、ここからはタケの出番だ」
得意満面の久。打って変わり、顔から全開の嫌々オーラを出すタケ。
「久のアイディアなんだからロクでもないんだろうけど、仕方ないわね。お任せするわ」
「ほらタケ、ジョゼに任せられたぜ。胸張っていって来い」
そう言うと、久はタケの背中をドンと叩いて前に押し出した。
「全く気乗りせんぞ……」
タケは立ち上がりハチの座る椅子に向う。その後姿には疲れが滲み出いた。この家に来て数分と経っていない筈だが、この溢れんばかりの疲労感は哀れとしか言いようがない。
「ハチ」
タケはハチの椅子のすぐそばまで近寄ると、軽く名を呼んだ。
「なぁタケ、あいつらに俺は行く気が無いってタケからも伝えてくれよ。今出てるのはかなりの巨体で、報酬を倍にするって話も出てる。オーディションどころじゃないぜ」
ハチは椅子をくるりと回して横に立つタケへと向く。自分の篭手を見ながらやれやれと言った感じだ。
「二倍……。となると討伐ボーナスは二十万ユミルくらいか?」
タケはビズラリック討伐のボーナスをハチに聞き返した。ちなみに、「ユミル」とはユーミリアスで使われているお金の単位のことである。
「おう! 二十万オーバーは間違いない。更にソロ討伐出来ればプラス十万上乗せ。すごいだろ! タケもオーディションなんかやめて、狩りに行こうぜ?」
今度はハチに得意満面で話されるタケ。あまりの熱弁ぶりに少し押されてしまうが、押されてばかりもいられない。タケは自分が発言するために、体勢を整え直してハチに向き合った。
「なぁハチ」
「それで今回のビズは――ん? どうした?」
延々とビズラリック狩りの話を続けるハチを、タケが遮った。
「ハチ。久の持ちかけたオーディションの話だが、お前にとって悪い事ばかりでもないらしい。あのオーディション、出演が決まれば、その……ギャラが十億ほど出るらしいんだ」
タケはハチに少し顔を近づけ、後ろに立っている久たちをちらちら見るような仕草を取りつつ、ハチの耳元で囁いた。これが、タケが打てる最善の芝居だった。
「えぇえ⁉ じゅ、十億ユミル……!」
それを聞いたハチはブルっと身震いし、何かに引っ張られるようにしていきなり立ち上がった。当然椅子が倒れる。こいつもどこかの誰かさんと同じような立ち方をする奴だ。
「タケ! もっとそれを早く言えよ! 久! 俺も是非連れて行ってくれ!」
ハチは右手を大きくあげ、久に高らかと宣言した。
恐るべし守銭奴、八朔。どう考えても嘘としか思えない発言だが、ハチの耳には十億という単語しか届いていなかった。お金の力って恐ろしい。ハチは久の策とも言えない策にまんまと嵌ってしまった。
「おうよ! そうこないとな!」
あまりにもさっくりと自分の妙案に嵌ってしまうハチだが、やはり嬉しいものは嬉しい。久とハチはぎゃははと、汚く笑い始めていた。
それを見ながらタケは大きく息を抜いた。大仕事をやりきったような大きく深い溜息。同時にタケは、見え透いた嘘にまんまと騙される人間が、自分たちの仲間だということに少し落胆した様子だ。
「お疲れ様、タケ」
ジョゼがタケに近づき、労う。タケは最寄りの壁に力なくもたれ掛った。
「騙されるハチもハチだが、二度とこんなことはやらないぞ」
「あら、中々の演技だったわよ? 久より俳優業に向いているんじゃない?」
「ジョゼ、冗談でもそれだけは勘弁してくれ」