Chapter9-1
“白雷” 天を凪ぐ桃の姫
「私の生徒には、小指一本触れさせない!」
真っ白になってしまった世界。その中に響き渡るは、聞き慣れない女性の声――。
(ま、まさか……!)
久の脳裏に、一人の名前と容姿が浮かび上がる。
それは、ここにいるべき人。そして、白雷の二つ名を持つ上級魔導師――間違いない。あの人だ。
「天凪先生!」
久がその名を叫んだ刹那、堂内が白一色の世界から戻り、全員の視界に色が戻った。
突如として光り、突如として光が止む。その激しい色彩の変化に目が追い付かず、床や壁の色が目を突き刺すように、眩しさを感じる。
「くっ……」
久は眩しさに耐え、その下がりそうになる両瞼を必死に見開いた。
足まですっぽりと覆う、床にまで着きそうな長い黒のローブ。手には長く使いこまれた長杖。
そして、やや毛先にウェーブ掛かった、特徴的な淡い桃色の髪。
「先生! 桃姫先生!」
タケが思わず叫んだ。叫ばずにはいられなかった。
「タケくん久しぶり。久くんもご無沙汰だね」
タケや久の必死さをよそに、軽く、やわらかーく返答をして振り向く魔導師。その魔導師は床に放り投げてあったボロボロの帽子を拾い上げ、ぱんぱんと埃を払って頭に乗せた。
この人こそが此処、天凪魔法学園の学園長。タケの恩師でもある、天凪桃姫その人だった。
「……せ、せんせい……?」
「織葉っ!」
その今にも切れて無くなりそうな、か細い声が耳に届き、いち早く反応する久。久はすぐさま倒れ込む織葉へと駆けより、顔を覗き込んだ。
「織葉! 大丈夫か?」
「みんな……。あたしは大丈夫……だよ……」
顔色も悪く、体中が血の色で染まりきった織葉。織葉は力なく微笑み、それでいて優しい笑みを全員に向けた。
「ひさ……くん……。ゆいは? ゆいは大丈夫……?」
「ああ、大丈夫だ。天凪先生が止めてくれたよ」
久は織葉の横を指さし、織葉にそう伝えてあげた。織葉はその指が指し示す方向へとゆっくり首を動かす。
そこには銀髪へと戻っている親友、霧島ゆいの姿があった。
織葉と同様床へ倒れ込み、意識を失っている。だが、その眠っている表情だけで、織葉はいつものゆいへ戻ったと確信した。
「そっか……。良かった……。本当に……よかっ……た……」
「織葉? おい、織葉!」
突如としてかくんと力が抜け、織葉は気を失い深い眠りへと落ちた。
どうやら、魔力消費の負担が大きかったらしい。開いた傷口の裂傷は酷いが、死に至るようなものでもなく、心拍も呼吸もしっかりとある。小さな身体を抱えた久は息を吐いた。
「とりあえず私の部屋へ行こうか。タケくん、久くん。二人をお願いできる?」
「分かりました」
校長は皆にそう提案し、聖神堂の入り口へと進む。校長のお願い通り、久は織葉を担ぎ、タケはゆいを背負い出口へと向かい始める。
砕け散った石英の欠片を踏みながら聖神堂を後にする六人。
足元から聞こえる、パリパリと石英が砕ける音が、辛い戦闘の終わりを告げてくれた。




