Chapter8-11
我に返った織葉が振り向くと、その先には弩を構える来駕タケの姿。
タケは弩から矢を放ち、振り遅される杖に直撃させ、バランスを崩したのだ。
タケは瞬時に狙いを定め、もう一発矢を放つ。放たれた矢は同じく杖に直撃し、ゆいをのけ反らせた。
「織葉ちゃん、一度下がって!」
背後からジョゼの声が聞こえ、タケの背後からジョゼとハチがタケを飛び越えるようにして登場した。盗賊二人は空中浮遊のように空中で自在に動き、全く同じ動作を取る。
盗賊特有の素早さと、滞空時間の長さ。それを余すことなく、全て生かす動作を取るジョゼとハチ。空中でポーチから手裏剣を同じタイミングで引き抜き、一糸乱れぬユニゾンで同時に手裏剣を放つ。無駄な動作は一つもない。放たれた手裏剣の速度も同じ。向かう先も同じだ。
髪の靡き方まで同じという程、盗賊二人のコンビネーションは本当に完璧だった。
しかし、ゆいはすでに不利な体勢を持ち直し、間一髪で躱していく。
躱しきれない弾道の手裏剣は杖で一枚ずつ正確に弾き、足元に手裏剣の山を作っていく。
だが、ジョゼたちが一枚上手であった。空中で攻撃した際、時間差で仕掛けた手裏剣がゆいのコートに突き刺さったのだ。
全て同じ速度だと思わせておいての、時間差による攻撃。初見で見抜ける者は、まずいない。
流石に時間差攻撃までは読みきれず、ゆいはコートに複数の手裏剣の直撃を許してしまう。
その手裏剣はコートへの衝突程度ではもろともせず、最後まで放たれた勢いを保ち、背後の壁にコートごとその身を半身埋めた。
(凄い! この人たち、強い……!)
普段は何気ない話で笑い合い、ふざけ合っていた久のチーム。しかし、その実力は織葉が予想してよりはるかに高かった。
バラバラに動いているようで、一人一人が仲間のことを考えて動いている。この計算された動きは相当な実戦をもかいくぐって来たものだと、身を持って感じた。
しかし、手裏剣でコートごと壁に固定されてしまったゆいも動かないわけではない。杖を振るって魔法を行使し、コートを氷魔法で凍らせてから刃物で一気に引き裂いた。
ビリビリと破け、凍った部分は粉々になっていく。ゆいは何の躊躇いもなく、コートを引き裂いた。
「うおりゃぁあああああ!」
手裏剣に固定されていたコートを引き裂き、もう一度自由を手にするゆい。
そのゆいに向かって、声を上げながら久が槍を構えて突撃していった。
いつもよりも重い、久の本気装備、青鋼刀。その槍をしっかりと両手で構え、ゆいに向かって軽々と振り回した。
ブゥン、ブゥンと風を切る音を鳴らしながら久が得意の槍捌きでゆいとの距離を詰めていく。
凄まじい勢いで槍を操り久が迫るが、ゆいは決して焦る様子を見せない。目も止まらぬような速さで振り回される久の槍の動きを見切り、自分の杖でその動きを止めた。
久の槍とゆいの杖が激しくぶつかり合い、火花を散らせる。久も一筋縄ではいかない相手だと分かり切っていた。焦りを見せず、一度槍を手元に引いてから、一気に攻撃を仕掛けた。
久の青鋼刀が青い残像を辺りに残しながら、青竜のごとく、流れるようにゆいの杖にラッシュ攻撃を噛ましていく。
それを見事な見切りで杖を使って受け止めていくゆい。その捌きも見事で、冷静に焦ることなく、久の斬撃を一発ずつ、刃部がら火花を散らしながら丁寧に受け止めていく。
しかし、魔導師のゆいは、現職の槍使い、黒慧久に、接近戦では遅れを取っていた。攻撃はかすりもしていないが、着実にゆいを後ろへと後退させている。
壁際に徐々に押していくこの極めて単純なこの戦法は、二度は通用しない。一度きりのチャンスが全てであり、最後。相手に背後の壁との距離を悟られる前に、止めを刺さねばならない。
タイミング計る久だが、湾曲した刃が久の攻撃を巧みに防ぎ、やや劣勢でありながらも、隙を作らない。なんとしても突破口を見つけ出したいが、久の次の動きを読んでいるかのように、動きに合わせて攻撃を防いでいく。
(くそっ! 中々やるな……!)
頬に一筋の汗が流れ、自らの顔に焦りが出ている気付く。槍を捌く腕こそ止めないが、頭を一度クリアにし、ゆいの両目へと睨みを効かした。
(こいつも、焦り始めてるのか?)
久の視線の先に黒い瞳。その瞳は何も映さず、全てを吸い込みそうな黒色をしているが、久はその眼から、先程にはなかった微かな違いを感じ取った。
この近さだからこそ分かる、僅かな感情。遠目では絶対に確認できないが、ゆいの瞳は焦り映し出していた。黒く、深い瞳が左右に小刻みに動き、時には久の斬撃から、視線を外している。
(今しかない!)
壁との距離も迫り、もはや迷っている時間は無い。
久は一度槍を手元に引き戻し、斬撃を止めた。鉄と鉄がぶつかり合う音が止み、一瞬の静寂が訪れる。
その静寂を破ったのは、ゆいからだった。
久が手を止めた今この瞬間がチャンスだった。ゆいは力をこめ、杖を斜めに振り下ろした。
本当にそこに存在する空気を切り裂くかのような斬撃。湾曲した鎌状の刃が久に向かって振り下ろされる。
「そうは、いくか!」
久が生み出した、大きな大きな隙。そんな見え見えに用意された隙に先手を打ってしまうほど、ゆいは焦っていた。
冷静な思考であれば、この一撃は絶対に繰り出さない。
(力はあるが、この無作為な一撃……! ここなら、流せる!)
久の頭部目がけ、寸分の狂いなく振り下ろされようとしている杖。直撃は無論、死を意味する。
死の恐怖と、戦闘による高揚。脈も息も上がり、槍を握る両手には汗が溢れる。掌の汗腺が開き切り、槍の柄に汗が染み込んでいく。
静まり返る、久だけの世界。物音は一つとして存在せず、両目から入る世界は全てモノクロと化した。対象の動きは鈍く変貌し、ゆいの杖の振り抜かれる行き先が、確実に読み取れる。
それは、極限の集中力の中に現れる、超人的な世界。
焦りの両目、筋力の無い腕、つるはしのような刃部、木製の柄――
「ここだああっ!」
久の叫び声で、世界が元へと戻る。音が戻り、色が戻り、速さが戻る!
カ、ツンッ!
互いに鉄が付いた武器。その二つがぶつかったとは思えないような、軽い音が全員の耳に渡った。
力強く前に突き出された久の腕。そこに握られる青鋼刀の柄。堅くしなやかな木で作られた柄は、ゆいの杖、刃部を紙一重で避け、そのすぐ下、同じく木で出来た柄とぶつかっていた。
「とりゃああああ!」
柄の部分でしっかりと攻撃を受け止めきった久は、ここぞとばかりに声と腕に力を込め、自分の槍を振り上げるようにして自分の背後に向かって放り投げた。
振り上げられた久の槍は、ゆいの湾曲した刃部に引っ掛かり、その勢いでゆいの手から杖を抜き取った。
ほんの僅かな焦りは、一瞬の手の緩みを生み、その瞬間、するりと両手から杖を奪い取った。我に返り、握り返した時にはもう遅く、ゆいの両手は空を握った。
「織葉っ! 今だ!」
織葉に久の言葉が降りかかった刹那、飛んで行った槍と杖が石英の柱にぶつかり、激しく破壊音を響かせた。
空中に舞う、無数のガラス片のような鉱石の欠片。音と物が飛び交う堂内で一人、ゆいは思わず顔を伏せて避けてしまっていた。




