Chapter8-10
刀を引き抜いた織葉を見て、久たち四人も武器を構えた。本当は戦闘などしたくなかった。まして、ゆいなんかと。
だが、もうそれを拒めない。それに、この状況に一番苦しんでいる織葉が武器を抜いたのだ。
自分の親友に武器を向ける。それは信じられない行為だが、今、この状況では織葉を信じるしかない。織葉のその覚悟、行動、勇気を無駄にする訳にはいかない。
久は背中に背負っていた槍を中段で構え、盗賊二人はしっかりと手裏剣を手に構える。タケも武器一式を受け取り、矢を装填した弩を構えた。
織葉はほんの一瞬後ろを振り向き、全員が武器を構えていることを確認した。出会って間もない久たちだが、何も言わず、自分の決断について来てくれる。織葉は後ろで自分と同じように武器を構えてくれる仲間を心から嬉しく感じ、柱の上の魔導師に視線を戻した。
もう後には戻れない。もう相手から視線を外せない。友達だからこそ、親友だからこそ全力だ。技も、力も、出し惜しみはしない。
杖を構えるゆいを凝視し、最初の一歩を踏み出そうと、大臀筋に力を込める。
「んなっ? 消えた?」
しかし、突如として視界からゆいの姿が消える。柱の上のゆいだけを見ていたはずなのに、その姿はどこにもない。瞬き一つしていないのに、一瞬で柱の上は無人と化す。
踏み出す瞬間と消失の瞬間が重なり、織葉の行動がまごつく。だがすぐに体勢を立て直し、織葉は体ごと動かして大きく左右前後を見回した。
凝視されている最中、何の予備動作も無しに、突如として霧のように消えたその行動は、織葉を非常に焦らせた。
「織葉っ! 後ろだ!」
唯一、身体ごと動かさず、目の動きだけで辺りを見渡していたタケ。そのタケの視界に、ゆいの姿が映った。
ゆいは信じられないほどの速さの転移魔法を駆使し、辺りを見回す織葉の後ろに出現した。
「? マズい!」
織葉はタケの声ですぐさま我に返り、上半身だけを素早くひねって太刀を構えた。赤と白の電撃が、残像のように空中に跡を残す。
直後、腕に重い衝撃が走る。ゆいは容赦なく、杖の刃部を織葉の太刀に叩き付けた。
「ぐっ! 重い……!」
一瞬の判断でかろうじて斬撃を受け止める。固着術を発動してのこの反応速度。通常戦闘だったならば、今の一撃で決まっていた。間違いなく背中は引き裂かれ、即死だったに違いない。太刀に掛かる力の強さと重さが一撃の大きさを知らしめる。
刀をしっかりと握り直し、体全体で乗りかかるゆいの杖を払いのける。
あのゆいからは想像もできないような力と斬撃。腕力には自信もあり、魔力で力を増幅させている今の織葉ですら、ゆいの一撃を払いのけるには相当な力が必要とした。
全力でゆいの杖を押し返し、ジャンプで距離を取る織葉。その時、織葉の右肩辺りにピリッとした痛みが走った。
針で刺されたような痛み。その痛みは外傷などではなく、体の内側から来ている痛みだとすぐに分かった。
(やっぱり、まだきついか……!)
織葉が感じた痛みは、河川敷で負った怪我の痛みだった。
特有の回復速度で外傷は癒えたが、まだ完全治癒ではない。おそらく、腱か何か、内部的なところがまだ完全ではない。全快でない状態で発動している固着術も、間違いなく要因の一つだろう。
織葉を襲った痛みは僅かだったが、同時に織葉は悟った。
長期戦に持ち込まれたら、まずい。と。
「ぐっ!」
ゆいは杖を大きく振りあげると、もう一度織葉の太刀目がけて振り下ろした。
ガィンッ!
鉄と鉄が激しくぶつかり合う音が響き、ゆいの杖が織葉の太刀にぶつかる。
受け止めた織葉だが、腕の反応がいつもより少し遅く、思い通りに衝撃を流しきれない。大きな衝撃が刀を通じて織葉の腕に響いた。
織葉は辛うじて受け止めたが、右腕への負担が予想より大きい。小刻みに震えるように腕にしびれが走り、織葉の握力を奪う。力いっぱい握りしめていた筈の手はいつの間にか力を失い、指の隙間から太刀が滑り落ちた。
するりと抜け落ちた太刀は、カシャンと音を立て、足もとから少し離れた床に落ちる。
「しまった!」
織葉はすぐさま腕を伸ばして太刀を拾おうとするが、右腕は重く、思うように動かない。織葉は瞬時に切り替え左手を伸ばしたが、元の自分の体勢が悪いこともあり、うまく伸ばすことができない。
しかし、左腕を必死に伸ばす織葉の視界に、杖を思い切り上に振り上げているゆいの姿が映りこんだ。
織葉の紅い瞳を釘付けにする、頂点まで達し、振り上げを止める杖。
洞内の僅かな光も貪欲に吸い込んでぎらぎらと煌めく刃は、振り下ろされるのを今か今かと待っているように見えた。
ほんの少し引いただけでタケの首に傷を付けるほどの鋭利な刃。そのが織葉目がけて全力で振り下ろされてしまったら。どれだけ回復速度が早かろうとも、死は免れない。
織葉は完全に固まってしまった。
死の恐怖ではなかった。
ただ、目の前にいる親友が、何の表情も浮かべることなく、自分に刃を向けている恐怖を、受け止めきれなかった。
落ちた刀へ伸ばしていた左手は空を切る。そのまま態勢を崩し、織葉は尻餅をついた。
ゆいは頭上高くまで上げた杖を、一気に織葉の頭部目がけて振り下ろした。
刃が空気を切り裂き、織葉目がけて死の風を運んでいく。
その時――、ゆいの振り下ろした杖は突如としてバランスを失い、織葉の右肩ぎりぎりを音も無く抜けた、
直後、岩とぶつかる甲高い音を響かせた。
「織葉! しっかりしろ!」
その声の主と、ゆいの杖のバランスを崩した主は、同一人物だった。




