Chapter8-8
だが、目の色がまるで違う。
黒く濁っており、控室で合った時のような瞳の色や眼差しではない。まるで別人。いや、別人だ。
「来たな、黒慧久。早速取引を始めよう」
久たちの上空、柱の上からゆっくりと話し出すゆい。その表情は以前、無表情のまま。淡々と会話を進めていく。
「こちらに大人しく緋桜織葉を渡してもらう。そうすれば安全に開放してやる」
「安全に開放って、オレを拘束もせずによく言えるんだな」
会話へ強引に割り込んだのはタケだった。取引材料となっている自分をここまで自由にさせておいて、よく言ったものだ、と。
「安心しろ、お前は取引材料ではない。こちらの本当の取引材料は――」
ゆいは黒い長いコートに片腕を入れ、何かをするりとコートの内側から取り出した。
それは、黒い布でできた何かだった。
洞内が薄暗い事もあり、五人はその布が何なのかよく捉えられない。辛うじて分かったのは、それが不規則な形の布で出来ており、折りたたまれていることだった。
黒い魔導師はゆっくりとその折りたたまれた布を広げていく。
一つ、また一つと折りが戻されていき、その布が何なのかだんだんと明らかになってくる。
「こちらの取引材料は、この布切れの持ち主だ」
柱の上で完全に布を開き、下で見上げる五人にその布を広げて見せた。
それはひどくボロボロにされていたが、その布が何なのかは理解できた。
「貴様! どういうつもりだ!」
こちらに向けられた布を見た刹那、タケが怒号を上げた。
それは、心の奥底から出た怒りの炎を具現化した怒鳴り声。
タケの目に映るボロ布。それは決してボロ布などではなかった。それは特徴的な黒色の三角帽――
「それに触れるな! それはお前のものじゃない!」
それは、この学園の校長、天凪桃姫の帽子だった。
常に校長の頭の上にあり、先生の特徴とも言える黒い三角帽。まるで絵にかいたような魔女の帽子。その帽子が見るも無残な姿になって五人に向けられる。
タケは怒りを隠しきれない。まさか校長が取引材料になっているなど、予想の範疇を越えていた。
「安心しろ、“まだ”生きている」
わざと「まだ」を強調し、会話を続ける黒い魔導師。その口元は、微かに笑っているようにも見えた。
その不敵な笑みはこの距離からはほとんど見えないが、感じ取ることが出来た。その笑みを感じ取った一人が、タケの怒号を超える大声を張り上げた。
「おい! ゆいなんだろ? どうしてそんな酷いことをするんだ! どうしちゃったんだよ!」
その声の主は織葉だった。今までタケの後ろで黙り込んでいた織葉が、ついに口を開いた。
織葉は柱の上で立つ親友に声を張りあげた。
(織葉、やっぱり気付いていたのか)
織葉の声に反応する久。振り向いて織葉の今の表情こそ見ないが、久は今、織葉がどんな気持ちで、どんな表情で親友に話しかけているのか、痛いほど分かっていた。織葉も久も、親友を想う気持ちは一緒だった。
「ゆい! 何があったんだ? そんなところにいないで降りて来いよ! なんで、なんでそんなこと言うんだ!」
織葉の声に涙が混ざる。織葉は泣いていた。心から涙を流していた。変わり果てた自分の親友の姿を見て、涙を流さずにはいられなかった。
「織葉ちゃん、うるさいよ」
「えっ……?」
ゆいの口から放たれた、衝撃の一言。
そのたった一言は、織葉の胸に深く深く突き刺さり、織葉の目から流れ出ていた涙さえも止めてしまった。




