Chapter1-5
小高い丘に位置するセシリス村から下り、いくつかの林を抜けたところにジョゼとハチが住む街、ストラグシティーはある。
ストラグシティーはのどかなセシリスとは趣きが異なり、賭場や酒場などの華やかな大人の店が多く軒を連ねる、こ洒落た街である。また、武神のうちの一人、盗賊の武神が奉られている街でもあり、盗賊を志す者が訪れる場所として有名でもある。
その街のとあるアパートの最上階の一室。年季の入った五階建てのアパートの一室こそ、狩り仲間のハチこと、本名、「緑千寺八朔」の住居である。
ちょうど彼の家にはタイミング良くジョゼが訪ねて来ており、 二人は正方形のテーブルに向かい合う形で腰かけていた。
テーブルに両肘をつき、やや前かがみの姿勢でフフンと笑うジョゼ。黒と白を基調とした服装に、背中の中ほどにまで掛かる長い茶髪。そして、前かがみになっていることで誇張されるバスト。
ジョゼは何やら余裕のようだが、その一方、椅子に大きくもたれるハチは考え込んでいた。
真横に切り揃えられた前髪から覗く二つの目は、手に持っている何かを凝視しており、唸り続けている。
「うーむ」と悩むハチの手には、五枚のカードが扇状に開かれていた。それと同様、両手をテーブルにつくジョゼの手の下にも、同じ枚数のカードがあった。
今まさに、ハチとジョゼはトランプゲーム、ポーカーで遊んでいた。その手札と睨めっこしながら、大いにハチは頭を悩ませている。
どうやら今はジョゼが親で、ハチがもう一度、カードを交換するかどうかを悩んでいるようである。一方でジョゼはニヤニヤとハチを見ている。
「いや、これで勝負!」
と、ハチ。様々な迷いを断ち切り、思い切って手札をオープンする。
ハチの手札は、五枚のカードの数字が連番になる、ストレート。
「甘いわね、私の方が上よ」
が、悩んだ時間も空しく、あっけなくジョゼに勝ちを譲ってしまった。
ジョゼも手札をハチに見せた。ハチのストレートに対しジョゼの手札は、2枚と3枚が同じ組の役、フルハウスだ。
「ま、また負けた……」
自身の二回の親を終え、今で二回目の子の番。今日は通算で四敗。つまり勝ち無しだ。
ハチはごつんと机に額をぶつけると、突っ伏したまま動かなくなってしまう。まるで額が机に引っ付いてしまったかのようだ。
「あんた、今日は本当に運が無いわね。ま、約束通りお昼、お願いするわ」
ハチの机のちょうど正面に立ち、嬉しそうに話す女性。彼女こそが久のチーム仲間の最後の一人、ジョゼである。
本名、ジョゼット・S・アルウェン。職は盗賊で、手裏剣を巧みに扱う手裏剣使い。中距離からの攻撃を得意としている。
チームの紅一点で、茶色いロングヘアーが似合うグラマーな女性だ。大人なお姉さんに感じるが、久たちと同い年であり、非常にフレンドリーな性格の持ち主。親身になって相談に乗ってくれたりと、気配りが上手な女性であるため、頼れる姉御肌な存在である。
噂ではあるが、ジョゼ目当てで依頼を持ち込む人もいるらしく、そこそこ名の知れた人物なんだとか。
本名が長いため、皆は彼女をジョゼと呼ぶ。
「あーもう! ジョゼが親じゃなかったら勝てたんだよ!」
伏せていた身体を大きく上げ、そう叫んだのがこの家の家主、緑千寺八朔だ。
前髪、もみ上げ、襟足の全てを真横に切りそろえている紫掛かった黒髪が特徴の八朔は、みんなからはハチと呼ばれている。今日の服装は非常にラフで、だぼついた黄色の長袖パーカーと、深緑色のカーゴパンツを履いている。
ハチもジョゼと同じく盗賊の手裏剣使いで、久たちのチーム仲間だが、面倒くさがりで、極度の気分屋、そしていい加減な奴。
更にはお金と可愛い子には目が無いという、ダメ要素が揃いまくっている男だが、チーム内では一番の俊敏力と攻撃力を誇る人材であり、欠かすことのできないメンバーだ。
ジョゼとは方向性が全く異なるが、その強さを買われて個人に討伐依頼が来ることもある程である。
二人の“盗賊”という職業名は、隠密な行動を得意とし、手裏剣や短刀で巧みに依頼をこなす職の総称を指している。ルーツは盗みを行う者からきているとされるが、現在では決して泥棒集団のことではない。
音もなく忍び寄り、軽やかに静かに動く。そして手数の多さで任務を素早く遂行する姿はさながらプロフェッショナルの一言。盗賊に憧れを抱いて志す者は多い。
「いやいや、前もそう言って途中で親を変わってあげたけど、勝てなかったじゃない」
ジョゼはトランプをシャッフルしながらハチに言う。このような態度のジョゼであるが、昼食を奢ってもらえることと、連勝状態の今を楽しんでいた。
「うるせぇ! もうアイツらも呼んで再戦しようぜ!」
またもや叫びだすハチ。この時、ハチが言ったあの二人とは勿論、久とタケのことである。四人は狩り仲間でもあるが、その他にも様々なことを楽しむ仲でもある。
「イヤよ! あの二人を呼んだら負けるじゃない!」
ハチと代わるように、今度はジョゼが叫んだ。シャッフル途中のトランプ束をばんと机に強く置くと、椅子から立ち上がって抗議する。
ジョゼの言った通り、二人はかなりの強豪。強い人との駆け引きは楽しいが、ここで人数を増やしてゲームを変えるとなると、当然、昼食奢る奢らないの件もリセットとなるだろう。折角手に入れた昼食奢りの権利を、ふいにするにはあまりにも惜しい。
「知るか! お前が負ければそれでいいんだっ! あいつらを――」
「おいっすー! 黒慧久だ!」
なんとタイミングよく、ハチの発言が遮られる。しかもその遮った人物こそ、噂の二人、黒慧久と来駕タケ。
久は緑千寺家の扉を開け放ち、ずかずかと上がり込んできていた。しかも、どこに嵌る要素があったのか不明だが、腹を抱えて笑っている。
その後しばらく、ハチは口をポカンと開けて固まり、久は笑い、タケとジョゼは呆れるという珍妙な光景が続き、顔を見合わせたタケとジョゼは、二人を残し、静かにアパートの外に出た。
「ジョゼ、昼飯どうだ?」
「そうね」