Chapter8-6
「せいじんどう? なんだそりゃ?」
周囲を警戒するハチが顔も合わせずに口だけを開いた。
「私も聞いたことないわね。せいじんどう……どんな字を当てはめるのかしら?」
「すまない織葉、俺も聞いたことがない。説明してくれないか?」
おそらく学園の施設か部屋の類なのだろう。聞き慣れない単語に対し、三人は織葉に説明を求めた。
「聖神堂ってのは、この学園の一番奥にある建物――というか山肌に位置する洞窟みたいな場所なんだけど、普段から強力な魔力が満ちているらしくて、校長以外の立ち入りを禁じられてる場所なんだ」
織葉自身もそこまで詳しい訳では無かったが、どんな場所であるかくらいなら説明が出来た。
拙いながらも、三人に説明をする。
「異様な魔力、か……。確かに敵さんの好きそうな場所だな」
「そうね。敵には魔導師が居るみたいだし、その魔力を逆手に取る気なのかもしれないわ」
河川敷を抉り、街を崩壊させるだけの力を持つ魔導師であれば、満ちている魔力を自分で扱うことくらいは出来る筈だ。そうであれば聖神堂は打ってつけと言えるだろう。
「それで織葉、そのナントカ堂ってのはここから近いのか?」
ハチにとって場所名は大事ではなかった。もしも敵に力を与える場所なのであれば、我々も急がねばならない。常に周囲に気を配っていたハチが、ここに来て初めて織葉の顔を見た。
「聖神堂は学園の奥、時計塔の真裏くらいかな」
織葉は学園のどの位置からも見ることのできる時計塔を指さし、そう説明した。
「了解だ。一つ一つ当たってたらきりがない。怪しいところから調べていこう」
「そうね、行きましょう」
織葉はまたしても先頭に立ち、学園の奥、聖神堂まで三人を案内する。
聖神堂までは校舎内を通り抜けた方が断然早かったが、織葉も久と同じく、この状況で室内に立ち入るのは避けたかった。無駄な危険と近道を選ばすに、急がば回れという諺に従うことにした。
やはり学園の敷地は広い。四人はかれこれ数分ほど敷地内を歩いていた。
針葉樹の林の一部を切り抜き、そこに位置する天凪魔法学園。それは本当に広大な敷地を持つ。規模はセシリスよりも大きいかもしれない。
その広い学園に唯一、土地勘を持つ織葉。先頭に立つ織葉は出来るだけ道幅の広く、大きい道を選んで進んでいく。それには二つの考えがあった。
一つ目は安全の確保。できるだけ大きい道を通ることによって、見通しがきき、危険を察知できる。万が一襲撃されたとしても、こちらもすぐに戦闘態勢に持ち込むことが出来るからだ。
そして二つ目。それは、普段人通りの多い道を通ることで、生徒や教師に遭遇できるかもしれないと思ったのだ。
誰かに会えれば、何らかの情報を手に入れることができるかもしれない。そう考えていた。
織葉のその作戦が実を結び、敷地内を移動中には怪しい気配を感じず、襲撃もなく安全に移動することができた。
だが、作戦その二は実を結ばなかった。
校門をくぐり、広場へ出て、そこから学園の奥に位置する聖神堂まで向かっている。道のりとしては学園の端から端まで歩いていることになるのだが、今まで誰一人として出会えていないのだ。
生徒は勿論のこと、教師も見当たらない。学園には多くの魔法生物も飼育されているが、その生物とも遭遇せず、鳴き声すら無い。それに、肝心の天凪校長にすら会えていない。
敵の気配も感じなければ、自分たち以外の気配も感じない。誰もいない。
まだ昼過ぎの今の時刻は普通に授業時間内だ。それなのに誰もいない学園はどこか肌寒く気味が悪い。
多くの在校生を抱える天凪魔法学園。その生徒たちは、どこに消えてしまったのだろうか。
「見えた、あれが聖神堂だよ」
誰一人としていない奇妙な学園を歩いていた四人は、ようやくその学園の端に位置する聖神堂の場所を目にすることができた。
「あれが、聖神堂……」
三人の目に入る、聖神堂。それは今まで見てきた煉瓦造りの建物ではなく、しっかりとした木造の建物だった。
織葉の言う通り、聖神堂は建物ではなく、学園敷地内の山肌に存在する洞窟に、直接壁と扉をつけた場所だった。
渋い茶色の木材で造られた壁と扉。どこか教会を彷彿させるような聖神堂のその壁には、逆十字の校章がレリーフされている。
木のその色味や見た目から察するに、建てられてからかなりの年数が経っている。おそらく、この学園の建立された当時から存在する場所だ。古いながらも、手入れは行き届いており、汚れや傷みは全く見受けられない。
「扉が見えるでしょ? あれが聖神堂唯一の入り口だよ」
織葉が指差す先、その先にはしっかりとした造りの扉が設けられている。
木造の観音扉。その扉はいかにも重そうな雰囲気を醸し出しており、その扉からは、誰も寄せ付けないような雰囲気すら感じ取れる。
校長しか入れない場所だ。非常に重要であり、危険な場所であるのには間違いない。少し離れたこの場所でも、その入り口から溢れる魔力を感じる。
「行こう。確かにこの場所は怪しい」
先陣を切ったのは久。明らかに他とは違う聖神堂。ここのタケが捕らえられてもおかしくはない。むしろ、ここにいるような気がした。その久に皆が一度力強く頷き、久の後に着く。
一歩、また一歩と四人は聖神堂へ近づいていく。
「魔力、気持ち悪いわね……」
「吐きそうだ」
まだ扉へは数メートルも離れている。なのにもう、四人は生ぬるく締め付けてくるような魔力の瘴気に当てられていた。
近づくたびに強まる魔力の波。それは、時に頭を縄で締め付けられるような感覚さえ与えてくる。四人は異様な魔力に耐えながら進み、とうとう聖神堂の扉の前まで辿り着いた。
「お前ら、準備は、いいな?」
扉の前、扉のノブに手をかけていた久が首だけ後ろへ向け、三人に最後の確認を取った。
後ろの三人は強く頷き、手にしている武器を久に見せる。三人とも、扉の解放と同時に戦闘が開始できる状態を、吐きそうなほどの魔力波の中、作っていた。
久は四人の状況を把握し、扉の方へもう一度視線を向ける。久も後ろの三人と同様、心の準備も戦闘準備も出来ていた。
しっかりとノブを握り、久はゆっくりと木の扉を引いた。
鍵は、掛かっていなかった。校長しか入れない場所が、開錠状態にある。開き行くとに合わせ、四人の予想が確証に変わって行く。
ギィィっと音を立て、聖神堂の扉が開いていく。古い作りの建物だが、傷んでいる様子はない。扉もスムーズに開いていく。
ゆっくりと開いていく扉。徐々に明らかになっていく聖神堂の内部。校長しか立ち入れない堂内に何があるのか不安でいっぱいの織葉は、背伸びをして食い入るように内部に視線を向けていた。
扉が完全に開き、とうとう久たちは聖神堂へ足を踏み入れた。




