Chapter8-5
(一瞬だったから分らなかったが、さっき襲った犯人は……)
先頭を行く久は一人、頭を悩ませていた。タケを連れ去り、自分たちを学園まで誘導した犯人。その犯人の顔は一瞬しか見えなかったが、一瞬こちらを見た瞳はおそらく、あの少女のものだった。
(霧島ゆい……だったか……)
久の脳裏に映し出される一人の少女。それはカルドタウンで織葉と同じく出会った、ゆいだった。
まるで会話をしたことがないが、あのような雰囲気ではなかったことを確かに覚えている。あのような話し方をすることはおろか、人に武器を向ける人物だとは思えない。
(敵に利用されているか、あるいは最初から向こう側の人間だったか……)
久が下した見解は最終的にその二つ。前者を願いたいが、後者の可能性だって否定できない。久はあまりにもゆいのことを知らなさすぎた。
久は自分のすぐ後ろに続く織葉の顔を見たくてたまらなかった。ゆいと一番近く、仲の良い関係の織葉に相談したかった。すこしでも最悪の答えから遠のくために、織葉からゆいのことを聞きたかった。
だが、久は後ろを向きそうになる首を必死に止め、前のみを向いて歩みを進めていく。
(だめだ。こんな状況で織葉には話せない)
それが久の判断だった。織葉は自分の代わりにタケが捕らえられたことに、強い負い目を感じているだろう。その織葉に追い打ちをかけるような話を切り出すことはできない。
久は考えていることを背中で悟られないように注意しながら、針葉樹の林を進んでいく。
◇ ◇ ◇ ◇
しばらく歩くと、道の先に煉瓦で組まれた校門が見えた。天凪魔法学園の正門だ。
赤い煉瓦の門柱には、織葉の制服にも刺繍されている校章があしらわれている。煉瓦の柱には校章と同じ蔦状の植物が巻き付いており、煉瓦の赤と植物の緑が相まって美しい門を作り出している。美しくも古いその門だけで、学園の歴史の長さを存分に表している。
四人は学園の門をくぐり、学園の敷地内へと足を踏み入れた。
敵がここへ来いと言ったのだ。ここから先は何が起きるのか想像できない。それぞれが武器に手を掛けながら校舎へと続く道を進んでいく。こんなに緊迫しながら登校するのは当然ながら初めてだ。
門からやや上り坂気味の道を歩く四人は、開けた場所に出た。そこは学園の広場ともなっている場所だ。広場全体に校門の柱同様の煉瓦が地面に敷き詰められ、赤いの絨毯を彷彿とさせる。その煉瓦の隙間から苔が生え、ここもまた赤と緑の美しい調和を作り出している。
また、広場の中央部には噴水が設けられ、噴水の中央部からは透き通る水が吹きあがっていた。
普段なら大勢の生徒が行き交い、憩いの場所となる広場なのだが、辺りには学生の一人も見当たらず、聞こえてくるのは四人の足音と噴水の水の音のみ。パシャパシャと吹き出しているだけの水の音が、いやに四人を警戒させる。
「あいつ、どこで待ってんだ?」
広場をゆっくりと進む四人。ハチが周囲を用心しながら呟く。いつでも手裏剣を引き抜けるように、指神経を集中させている。
敵にここまで来いと言われ、断れない状況に陥ってしまった四人は、罠と知ってこの学園に足を踏み入れた。
校門から広場と言う僅かな距離ではあるが、誰にも出会わず、何の気配もない。気配一つ、足跡一つ、視線一つ感じ取れない。連れ去られたタケも、ゆいに近い容姿を持った黒い人物も、その気配を消している。
だが全員は、先のハチの発言の答え、敵側がどこで待ち受けているのかが、漠然とだが、分かっていた。
四人の答え。敵の居場所。それはおそらく、学園の校舎内だ。
つまり、屋外にはいない。従って、室内に入らねばならない。だが、四人は出来るだけ、それを避けたかった。
おそらく、久たちは今もどこからか監視されている。敵が招いた以上、どう天凪校長を出し抜いたのかはわからないが、この場は敵の手に落ちたと考えていいだろう。そのような状況なのに、自ら強襲されやすい建物内に入るのは、当然ながら気が引ける。
タケが捕らわれ、織葉との取引対象になっているので、自分たちがタケを見つけるまでは襲われる可能性は低いはずだ。だが、それでもやはり自分たちから校舎内に立ち入るのは好ましくない。間違いなく襲われないという確証だってない。
それに、この学園はかなりの広さを持つ。時計塔や噴水広場以外にも小さな塔や広場がいくつもある。創立数百年の歴史を誇る天凪魔法学園は、昔の校舎に増築、改築を加え、今日まで生徒を育ててきた名門校。その校舎や棟の数は両手で数えることができないほどだ。構造は迷路と言って差し支えない。
学園内に入る前から気を引き締め、僅かな音や物の動きにも集中を向けてきた四人。まだ僅かな距離しか進んでいないのに、精神疲労は大きい。この緊迫状態を維持したままでこの校舎内を歩き続けるのはあまりにも精神的負担が大きすぎる。もしかしたら敵はそれを狙っているのかもしれない。
さまざまな考えが脳内で交錯し、久の足は広場の中心から動かない。
悠長な事をしている場合ではないと頭では分かっている。だが、親友が捕らえられていると思うと、どうしても慎重になってしまう。いつもみたく、大胆に動けない。
「ねぇ、久くん」
険しい表情をしながら固まる久に、後ろから織葉が声をかけた。
「ん? どうした?」
久は自分の表情が厳しかったことに気付き、すぐさまいつも通りの表情にもどして返答した。
「聖神堂が怪しい、かも」




