Chapter8-4
もうここが学園内だと気づかず広場で一息つき、気を緩めていた五人。それは、敵から見れば絶好のチャンスだった。敵陣の中で気を抜いている今は、最高のタイミングにほかならない。
そして、五人に突如として襲い掛かる突風。紛れもなく自然界では起きることない風によって砂浜の砂は大量に舞い上がり、一瞬にして砂嵐が広場を包み込んだ。
砂が舞い上がり、数メートル先すらはっきりとしない突風の中で、タケは必死に動こうとした。なんとしても織葉を守らなければと。
タケは少し織葉から離れていたが、盗賊の二人はほぼ密着するように織葉と共に行動していた。二人の反射神経をもってすればあの距離なら間に合う。しかし、万が一を考え、タケも必死に突風の中を進んでいく。
「織葉ちゃん! 大丈夫⁉」
その時、タケの耳にジョゼの声が届いた。風の音が大きかったが、ジョゼの言葉がはっきりと耳に届いた。
「うん! 大丈夫!」
ジョゼの応答に対し、大声で返す織葉の声が続けて聞こえた。良かった。織葉は無事なようだ。
「タケー、何処だー! 俺たちと織葉は無事だぞー!」
「タケ! 大丈夫かぁー!」
風の中から久とハチの声が聞こえてくる。他の四人は幸い固まっており、この砂嵐の中でもすぐに合流することができていたのだ。
「こっちは大丈夫だ。今からそっちに向かう!」
久たちの姿は見えないが、声が聞こえた方向に向かってタケも声を張り上げる。このいきなりの砂嵐が何なのかは全く分からないが、織葉の大事は免れた。
タケは砂嵐の原因を究明するより先に、久たちと合流することを優先し、未だ視界がはっきりしない砂嵐の中を進もうとする。
「――動くな」
「なっ⁉」
タケが足を一歩踏み出したその刹那、タケは背後から誰かに呼び止められ、動きを静止してしまう。いや、静止せざるを得なかった。
背後からタケの首元に、不気味に輝きを放つ鋭利な刃先が向けられているのだ。それは鎌のような曲線状で、少しでも動けば首に刃が食い込む形状をしている。その煌めきは、この荒れた視界の中でもしっかりと分かるほどだ。
タケは背後からの声の言う通りに、動きを止めた。タケが完全に動きを止めたのを見た声の主は、そのタケの肩に、背後から手を乗せた。
(っ⁉)
タケに酷い悪寒が走った。
その手は、人間のものとは思えないほど冷たく、何も感じることが出来なかったのだ。
これが手であるということが辛うじて分かるだけで、他には何も感じ取れない。
(まずい! 久たちに気付く前にこいつを何とかしなければ――)
背後にいるのは何なのか、誰なのか。そもそも人間なのかすら分からないが、もし、こいつが久たちに気付いていないなら、ラッキーだ。織葉の存在に気付く前に、何とかして織葉とこいつの距離を離さなければならない。
「おーい。タケ、どうしたんだ?」
砂嵐の向こうから再び久の声が響いた。余りにもタケと合流できないので、声を出したのだ。
(くそっ! 何てタイミングなんだっ!)
久の叫び声で思わず目を伏せてしまうタケ。完全に久たちの存在を明かしてしまった。
タケの首元からゆっくりと刃が引いていく。
間違いない。気付かれた。目標をタケから変更する気だ。
「逃げろ、久! 織葉を連れて出来るだけ遠くへ逃げろ!」
こうするしかなかった。タケは徐々にこちらに近づいてくれている久に向かって自分の出せる大声で叫んだ。
「タケ⁉ どうしたんだ⁉」
タケの必死の大声が聞こえた久は即座に大声で返答した。親友が危ない。久はこの時、全身でそう感じていた。
「いいから逃げろ! 織葉を連れて――」
遠くまで逃げろと叫ぼうとしたタケだったが、その発言はまたしても吹き荒れた風によって掻き消されてしまった。
(まずい!)
標的を変えたのだろう。タケの後ろから気配が消え、それと同時に辺りの砂嵐も晴れていく。
恐らく、先ほどの突風の所為だ。タケの周囲の砂嵐はどんどん晴れ、辺りの視界がクリアになっていく。
まだ舞う砂は多いが、ここまで晴れれば動ける。そう思ったタケはすぐさま動き、久たちの元へ駆け寄ろうとした。
「――動くなと、言っている」
「くっ、またか……!」
しかしまた、タケの動きは封じられた。
何処からともなく現れた刃が、もう一度タケの首元に当てられたのだ。先ほど突きつけられた時よりも、首に刃が密着している。薄い刃部から感じる冷たさは、非常に僅かであるにも関わらず、背筋を凍らせた。
これは、死の冷たさだ。
間違いなく、殺す勢いで首に刃を立てている。タケはその刃によって完全に動きを封じられた。前後に一歩たりとも動けず、弩を構えることも出来ない。
「武器を捨てろ」
耳元に届く、小さく冷たい指示。
タケはそれに抗うことなく従うと、肩から弩を下し、矢筒と、腰に装備していた二本のダガーナイフを外すと、全ての武器を地面に捨てた。
その捨てた直後、砂浜に突風ではなく潮風が吹き、広場に残っていた砂を吹き流した。
残りの砂が流されたことで、視界は完全にクリアになる。タケは自分からやや離れた場所で固まる久たちを見つけた。どうやら織葉も無事だ。
久もタケを見つけ、笑顔を送ろうとしたが、その笑顔はすぐに消失した。
「タケっ!?」
親友の首元に刃がつきつけられている。
一瞬の判断だった。久は担いでいた槍を引き抜き、構えを取ってタケの方へと一目散に向かった。何が起きているのかは理解できないが、親友の命が危ないということを、即時に理解した。
「動くな!」
広場に響き渡った大声が、猛進する久の動きを止めた。その声の主はタケのすぐ後ろで刃を突きつける人物の声だった。
「それ以上近づいたら、首、落とすよ?」
タケへと向かう久に脅しをかけた。顔は下を向いているので分からないが、体型からして、腕っぷしに自信のある人物だとは思えなかった。
重力にひかれ地面と垂直に垂れる漆黒の髪。煌めく艶はどこか不気味で、しっとりと濡れているようにも見える。髪の長さだけでは男か女かは見当がつかなかった。
また、タケの真後ろから武器を構えていたため、全様が見えない。敵は完全なまでに戦闘慣れをしていた。
「ふざけんな! タケから離れろ!」
こちらからも声を張る久。槍を一度大きく振り回し、再び構えを取る久。親友のピンチになりふり構っていられない
「冗談な訳、ないでしょう」
久の大声にも、槍の構えにも興味を示さず、冷たくあしらう。その敵はゆっくりと、ほんの僅かに手にしていた鎌を手元に引き寄せた。
「ぐっ!」
引き寄せられた鎌の刃部はタケの首元に引き寄せられた分だけ食い込んだ。
ピリッとした痛みが走り、タケの首から鮮血が滲む。切られた首元に心臓が移ると、どくどくと鼓動が伝わり、血の滲みは流れに変わった。
タケも久も、命の危険を感じた。これほど危ない奴と会い見えたことなどなかった。
「黒慧久……。緋桜織葉を連れて魔法学園まで来い。そこで取引をしよう」
今までずっと下を向いていた顔を久に向け、そう静かに言う。久に向けられた黒い瞳には何も映っていなかった。虚無の目だ。
そして、その何も映そうとしない虚無の目は、女性の目――。
構えこそ崩さないが、動くことのできない久。もどかしさが全身を包み込む。
「では、学園で」
久の返答を待たず、足元に転移魔法陣を展開させ、この場から離脱する敵とタケ。魔法陣に吸い込まれるタケの表情からは悔しさも感じ取れたが、なによりも、「来てはいけない」とそう言っていた。
タケは魔法陣に完全に吸い込まれ、広場に静寂が戻る。久が我に返った時には潮風が吹き、心地よい波の音が広場を満たしていた。
「今のは、一体――」
一呼吸開けた後に、久の後ろから織葉が歩み寄り、その後ろにジョゼとハチが続いていた。
織葉は呆然と、久の横に立ちすくむ。
織葉が分かっていることは一つ。自分ではなく、タケが連れて行かれたということ。それを証明するかのように、タケが立っていた場所には、主人を失った弩と矢筒、ダガーナイフが砂に刺さるように寂しく落ちていた。
「行こう、タケさんを助け出さないと!」
砂浜に転がっているタケの武器を見つめながら、織葉は力強く久言った。その久を見据える目は、剣士の目、覚悟を決めた戦士の目だった。
「当然だ! タケを放っておく訳にはいかない!」
久も織葉に負けないほどの力強さで答え、砂浜に残されたタケの武器を拾い集める。一つ一つ、しっかりと。
砂浜にばらまかれた矢を一本一本皆で拾い、全てを集めて矢筒に戻す。
砂浜をもう一度確認し、何も落ちていないことを確認した久はゆっくりと進みだした。
砂浜から続く、針葉樹の林。その林に出来た、学園への道。先頭を久が歩き、その後ろを順に織葉、ハチ、ジョゼの並びで続いていった。




