表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クランクイン!  作者: 雉
黒銀蒼の魔導師
56/208

Chapter8-3

 村の入り口付近から一目見ただけでその被害の大きさは十二分に確認できた。

 被害の大きさはセシリスとは比にならない。白い石畳が引かれた市場の道には激しく亀裂が入り、道沿いの民家や商店の多くが崩壊してしまっている。    


 活気あふれる港町。そこには当然多くの店が軒を連ねる。セシリスとは違い家と家の間隔も狭く、多くの店も隣接していたため、将棋倒しのように二次災害が広がってしまっていたのだ。


「ひどい……」


 通いなれた学園、見慣れた街並み。

 その荒廃を持て、織葉は言葉を発せずにはいられなかった。


 いつまでも街の入り口で突っ立っているわけにはいかない。五人は街へと足を踏み入れた。

 街の入り口からでも被害の大きさが見て取れたが、街の中から見るとそれ以上に被害は大きいものだった。建物は大きく崩れ、商店の売り物は至るところに散乱。この街の特徴でもある白い石畳は崩壊し、街路樹も根こそぎ抜けてしまっている


 この街に到着するまでに漂っていた煙の臭いは、やはり民家や商店などの建造物が燃えていた臭いだった。火災が発生した建物はセシリスよりも断然多かったが、不幸中の幸い、海沿いの街なだけに消火活動に困ることは無く、どうやら全て鎮火しつつあった。


 荒廃した街の道を慎重に進んでいく五人。五人は、織葉を囲むようにして道を進み、街中を歩いていく。

 久家のテレビや台本からして、敵の目標は織葉と見て間違いない。敵は織葉を捕まえるためだけに通学していた学園のある街を襲撃し、おびき出している。

 久たちはそれが罠だと理解していながら、敵の用意したこの街にやって来ている。ここでむざむざ織葉を渡す訳にはいかない。中心に織葉を置き、織葉の前に久、後ろにタケ、両端に盗賊二人を配置し、全方位から織葉を守る体勢で進んでいく。


 既に敵地に足を踏み入れている五人。しかし、久とタケの見解は、街中ではそこまでの危険は無いだろう。というものだった。

 というのも、やはりここは人の目が多すぎるのだ。相手が未知の能力を用いているとしても、大人数の目がある場所での襲撃は流石に避けるだろう。セシリスならまだしも、ここセピスはそれなりの人通り、人口を有しているし、屈強な海の男たちも大勢いる。

 となると、どこで犯行に及ぶかと言う話になるのだが、これも二人がある程度の予測を立てていた。

 

 それが、今向かっている場所。織葉の在学校、天凪魔法学園の敷地内だ。久たちは死角は多く、人通りの少ないその場所こそ、一番危険なのではと踏んでいた。

 学園は偉大な魔法使い、天凪校長がその敷地を守っている。しかし、今は街の襲撃や損壊もあり、学園はおそらく手薄な状態にある。

 ただでさえ広大な土地を有する学園を掌握しつつも街の援護に回ると言うのは、流石の天凪校長でも骨が折れる筈だ。そこを向こうが見逃すとは思えない。


 久たちは用心を重ね、街中でも織葉を守りながら、天凪魔法学園を目指す。災害の発生には間に合わず、非常に心を痛めたが、それを悔やみ止まる訳にもいかない。一行は第二の目的、学園にいる筈の天凪校長の元へと向かっていた。


 校長も何かしらの変異に必ず気付いている。五人は微力ながらも、自分たちの知っていること、起きている事を伝えることを決めていたのだ。

 織葉を囲む四人が四方に目を光らせながらしばらく進むと、五人は海岸沿いに面した砂浜の広場に出た。広場は白い煉瓦で囲まれており、入り口にはアーチ状の門が一つある。


 広場に出ると、透き通った空気の中を切る潮風がなんとも心地よかった。砂浜の白色と海の青色、そして、木々の緑色の絶妙なコントラストは言葉に出来ないほど美しく、まさに自然の作り出した芸術だった。


 本能的に深呼吸してしまう久。だが、大きく息を吸い込むと、まだ煙の臭い空気に混ざっている。こんな時でなければ、もっと最高の場所なのにと思ってしまう。

 広場の先には街の入り口と同じような針葉樹の林が続いており、その林の中から魔法学園の目印でもある時計塔が見えている。校舎はこの林の中だ。ここから見える時計塔の距離からして、もう目と鼻の先の距離まで近づいている。


 林の中にそびえる時計を凝視するタケ。塔を見つめるタケの瞳には、校長の身を案じる気持ちが強く映し出されている。

 天凪校長は上級魔導師の称号をも持つ偉大な魔法使いだ。今回もきっと大丈夫だと、タケは恩師である校長を信頼し、もう一度時計塔を見た。


 林の奥、木々のてっぺんから頭を出す時計塔の時計は、揺れで壊れることもなく、しっかりと時を刻んでいた。


(……?)


 時を刻み続ける時計を見ていたタケが、どこか異様なものに気付く。眼鏡越しの鋭利な両目が、時計塔の機関部まで見透かすかのように凝視した。


(待て、よ……)


 秒針の無い大時計の長針が、一分ぶん、がたんと大きく時を刻んだ。


(どうして、あの時計塔は無傷なんだ? セシリスと同じ規模の揺れだったのなら、あの高さの塔では揺れを抑えきれないはずだ。なのに、どうしてあの塔は――)


「違う! 時計塔だけじゃない!」

「うえっ⁉ タケ? いきなりどうした!」


 突拍子もなく声を張り上げるタケに久が飛びのいて驚く。

 視線の先にはいつも冷静なタケはなく、慌ただしく周りを見回していた。


「お、おい? タケ?」

「やっぱり……。思った通りだ……」


 しきりに広場を見回し、何かを探す。その表情は真剣だが、焦りを隠しきれていない。


(どうして気付かなかったのだろう。この広場には何の被害もない! 綺麗さっぱり!)


 タケの思った通りだった。タケたち五人がいるこの広場には、何の被害もなかった。セシリスの気味の悪い亀裂同様、この広場に亀裂は一本として届いていない。広場の外は多くの亀裂が走り、物が錯乱している。しかし、この広場には亀裂どころか、物が落ちたような形跡もない。


「まさか、もうここは――」


 タケの目に、探していたものが映り込んだ。


 脳裏に最悪の答えが出た刹那、広場全体に強い風が吹き荒れた。

 耳のそばを切る、重い風音。潮風のような柔らかい風ではなく、あらゆるものを持ち去りそうな勢いの突風。その突風で砂浜の砂が舞い上がり、周囲の視界が一瞬で乱れた。


「わあっ⁉」


 舞い上がる砂嵐の中から、織葉の驚く声が聞こえた。


(まずい! 織葉が連れて行かれる!)


 タケがしきりに探し、今、目に入っているもの。

 それは、広場入り口のアーチに象られていた逆十字の紋章――天凪魔法学園の校章だった。そして、視界の端に映るのは学園の時計塔。


(ここはすでに、学園の中だ!)


 不覚だった。見逃しようのないアーチの校章。この広場はもう、学園の施設内。

 ここはもう、既に敵地の中だった。


 敵の目ばかりを気にしたタケの目は、それを見逃していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ