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クランクイン!  作者: 雉
黒銀蒼の魔導師
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Chapter8-1

黒銀蒼の魔導師



 セシリスから続く丘を下り、林を抜け、昨日五人がそれぞれの理由で通った河川敷の道を、五人はまたしても走っていた。

 五人の先頭を走るのは織葉。走る織葉の朱色の長髪は風に(なび)き、その姿は駆け抜ける赤い疾風を彷彿とさせる。


『セピスはこの川の最下流のすぐ近く。だから、この川沿いを進んで行くのが一番早いよ』


 織葉はそう説明し、先陣を切っていた。

 河川敷に流れる独特の風。時に優しく吹き、時に激しく吹く変わった風を五人は受けながら、どんどん河口の方へと走り去っていく。


(そろそろ、昨日の場所か……)


 先頭を走る織葉が横目に川を見る。

昨日、織葉が男に襲われ、倒れてしまった場所。ゆいを明け渡してしまった、あの場所――その場所が近づいていると感じた。

 数えるほどしか通ったことの無いこの道だったが、織葉は襲撃を受けた場所をしっかりと覚えていた。頭が忘れても体が覚えている。それほど昨日の出来事は突然すぎて、ショックな出来事だった。


(見えた……!)


 走る織葉の紅い目が、しっかりとその場所を捉えた。間違えることのない、あの場所。昨日死にかけた場所だ。


「⁉ こ、これはひどいな……」


 織葉の後ろを走っていた久が河川敷を見て声を漏らす。

 久が驚くのも無理は無かった。走る久たちの少し先、視界に入った河川敷の一部分は、大きく地形が崩れている。そこは間違いなく、織葉が男と戦闘を繰り広げた場所だ。


 川の流れに沿って、線を引いたように綺麗に続いていた川岸。だが、その川岸はある一点からぐちゃぐちゃに乱れ、地形は変形。凹み、崩れた地面には川の水が流れ込んでおり、茶色く濁った大きな水溜りがいくつも出来ている。

 また、そこの一帯には全くと言っていいほど植物が生えておらず、殺伐とした湿地の様であった。

 不毛の地、と言うより、大規模に野焼きをされた様な光景。その証拠に、地面のあちらこちらに水辺の植物が根こそぎ抜かれ、散乱している。タケの「無作為に耕されたみたい」という発言は的を射ていた発言だった。


「夜だったからよく分からなかったけど、凄い荒れようだわ」


 昨夜、出来るだけくまなく調査していたジョゼだったが、流石にその場所の全体までは把握できなかった。

 初めて全一帯が見て取れた今、ようやく全様を把握する。その場所は、五人が思っていたよりも遥かに破壊され、荒廃していた。

 織葉の脳裏に昨晩のことが鮮明に思い出され、苛立ちを覚えた。


 思い出せば、鼻の奥に血の匂いが蘇り、そして匂いで蘇る、全ての痛み、口惜しさ、悲しさ。五感を刺激するフラッシュバックで足が止まりそうになるが、その足を必死に動かし、固まりそうになる足を前へ前へと出した。


 自分が先頭なのだ。自分の気持ちひとつで足を止め、隊列を乱すわけにはいかない。後ろには久やタケたちがいる。信じて着いて来てくれる四人がいる。その彼らのためにも、足を止めるわけにはいかない。前へと進まなければならない。

 織葉の後ろに続く久たち四人。その四人も、織葉が今、自分と戦っていると分かっていた。それほどのことが、織葉の小さな背中から読み取れていた。


 織葉の力は強くとも、一人の女子学生にすぎない。その小さな背中には背負いきれないほどの大きなものが乗りかかっているのだ。

 後ろの四人も何も言わず、何も聞かない。織葉が進むのであれば、それに従うだけだ。

 河川敷の様子が気にならないと言えば嘘になる。織葉に話しかけたくないというのも本心でない。だが、今はそれどころではない。一刻も早く、この川の先に位置するセピスに向かわねばならない。


 五人は荒廃した河川敷を横目に見ながら走り去っていく。足は決して止めず、目だけで河川敷を確認しながら五人は河川敷沿いの道を走り続けた。




 延々と続く河川敷の道。その道を走る五人には、真上からの容赦ない日光が照りつけていた。

セシリスを出発したのは紛れもなく午前中で、まだ日差しも柔らかい時刻だった。しかし、今の日光はその優しさを活発さに変え、熱く、鋭いものになってしまっていた。


 時刻は午後一時を過ぎている。太陽はまだまだ高い位置にある。

 川沿いの心地よい風が体を冷やしてくれるが、蓄積する疲労の方が多く、風だけでは疲れを処理しきれない。休憩しながら進んではいるものの、それでも溜まる疲労感が勝る。

 五人を襲う脚部の痛みと体力の低下。元々体力の低い盗賊の二人は勿論、体力自慢の久の表情からも疲れが見えてきている。


 河川敷に一度座る五人。足をさすり、手持ちの水を飲み干す。目の前を流れる河川の幅は大きく広がり、流れは穏やかだ。目の前の広がった河川は緩やかな曲線を描いており、その向こうには川の最後、大海原がほんの少し、空と混ざって その姿を見せている。


 海まではもうすぐだ。久は袖で額の汗をぬぐうと、立ち上がってその場で跳躍を繰り返した。


「行こう。海までラストスパートだ」


 最終目的地はセピスだが、一つの節目としてのゴール、海はもう少しだ。

四人は頷いて立ち上がると、一層進める足の速度を上げた。


 疲れを吹き飛ばすような足取り。目的地がやっと近づいてきたと分かれば、今までの苦労を吹き飛ばせる。五人は一気に河川敷の道を走り抜けた。五人の走りが風となり、周囲の植物を大きく揺らす。


 河川敷に吹いた追い風が、五人の背中を押してくれた気がした。


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