Chapter7-8
的確な指示を全員に飛ばした久は、その後居間から出て、家の地下室へと向かっていた。その場所は居住スペースではなく、様々な物を備蓄する倉庫として存在している。
倉庫の戸を開くと、埃の匂いがした。
久が手さぐりで壁のランプを灯すと、庫内が明らかになる。いくつかの木箱や、大きめの樽。掃除道具や農業用具。そして、掃除の際に放り込んだままのがらくたが目に入ってくる。
それらには目もくれず、久は壁に備え付けられた横に長い形をした、特殊な棚の前へと歩を進めた。
その棚幅は横三メートル程に対し、縦幅は三十センチ程。奥行きも縦幅と同じくらいしかない。同じ形が五段ほど積まれたその棚には、棚に一つずつ、丁寧に布に巻かれた何かが大切に仕舞われていた。
このアンバランスな棚。ここには久の腕とも言えるべき物、槍が大切に仕舞われていた。久は今回、共にする槍を選びにここへと来たのだ。
ここに仕舞われているものは、普段使いの槍や、オーディションの際に使用したものなどではない。そういったものは、上の階に壁掛けされている。
ここにある槍は、いわゆる、本気の槍。斬り、突き、攻撃を与えるために特化したもの。武器としての使命を持つ、魂を突くもの。
そして、場合によっては、人を、殺すもの。
久は一度、目を閉じた。ここにある槍を最後に持ったのはいつだろうかとか、そんな陳腐な事を考える為ではない。久はいつも通り、ここにある槍を使う際に決めていること、それを行うため、目を閉じた。そして、閉じた目の代わりに、口を開いた。
「――――――。」
久が口にした言葉。それは、自らの心構え。心の在り方。自分が槍を振るう理由だった。
口を閉じ、目を開くと、久は一本の槍に手を伸ばした。丈夫な革袋に包まれたその槍は、久はいつも持ち歩く軽めの槍とは違い、ずっしりした重みがある。久は袋を縛る紐を解き、愛槍を露わにした。
袋から現れたのは、研ぎ澄まされた青い幅広の刀身を持つ、重みのある武器。持ち手の柄は密度の高い木材、黒檀で作られ、その頭の重い刀身をしっかりと支えている。
大きな刀の先端部を取り付けたかのような青い武器は、突き刺す攻撃よりも薙ぐ攻撃を得意とする、薙刀の形をしていた。
青鋼刀。久が大事な人から貰った、大切な大切な武器。
掌に沈む槍の重み。
これは人を斬る重みだ。
久はその重みを頼もしく、そして恐ろしく感じた。しっかりと手に握り、しばしその薙刀を見つめたあと、手に取って地下室を後にした。
これを授けてもらった人の顔に、泥を塗らぬようにと考えながら、久は地上階へと戻っていった。
◇ ◇ ◇ ◇
久が地下室にいる頃、タケは半分崩れてしまった自分の家に戻っていた。当然ながらタケの武器、弩はここにしかない。それを取りに戻ったのだ。
家の裏手へと戻ってベランダから家に入ると、居間を抜け、廊下を通り、いつもの書斎へ向かい、その扉を開く。書斎内は未だに崩れた本が散乱しており、足の踏み場が無い。
タケは書斎に入室すると、入り口から見て左側の壁へ向かった。足元の本を何冊か束ねて運び、歩く場所を確保していく。タケの向かう先には、壁に接するように一つの小さな机が設置されており、その上方向、壁には武器が掛けられていた。
書斎の壁に掛けられている、赤い弩。タケの愛弩、アスロット・シャミルだ。
古く、そして大きいその弩は、使い込まれているのがとてもよく分かる。それでいて手入れを怠っておらず、握り手や弓の射台の擦れは勲章のようにも思える。その堂々とした赤い姿は何処か見る者を魅了し、初めてこの家に訪れた人の興味を引く。
しかし、その弩より目を引くものが壁に掛けられていた。
それは、弩のすぐ上、そこには全身が木のみで作られた、大きな弓だ。
赤い弩以上に目を奪うそれは、木だけで作ったとは思えない強度と美しさ、そしてしなやかさをを備えているのが、素人目にも分かる。
各所には植物をモチーフにした彫刻が施されており、手間暇をかけ職人が一本一本、丹精こめて作った物と見て取れる。
弦は僅かにも錆びておらず、ピンと張られたその姿からは、何処か神々しいものを感じる。
その弓は、来駕タケの亡き祖父、その人が愛用していた弓だった。
タケは机の上に置いていた矢筒を手にし、腰に装着する。その際、タケの視線は、の上の写真立てに向けられていた。
写真の中央に白髪の初老の男性が椅子に座って映り、その男性の左右に二人の少年が映っている、幼い頃のタケと久だ。
無邪気に写真の中で笑う二人の少年。それを優しく見守るように笑みを浮かべている男性。その人こそがあの弓の主、タケに残された最後の家族だった。
「じいちゃん、行って来る」
矢筒をしっかりと装備したタケは弩を手に取り、写真の中の祖父に旅立ちを伝えた。何が起きているのか、これから何が起こるのか理解が出来ないこの状況。タケは何があろうと、必ずここへ帰ってくると誓った。
タケは弩を肩に掛け書斎を後にする。部屋を出る寸前にタケは床に向かって手を振り、魔術を行使した。
タケの一振りで床に散乱していた本から柔らかな光が放ち出し、一冊ずつ宙に浮かぶ。浮かび上がった本はゆっくりと動き出し、それぞれが本棚へと帰っていく。一冊、また一冊と床から本が浮き、見る見るうちに本棚が埋まっていく。
タケは今、自分の意思で『整頓の魔法』を行使した。今は何の造作も無く魔力を操ることができるが、昔は出来なかった。恩師がいたからこそ、今のタケは存在し、魔術を行使できるのだ。
だが今、その恩師のいる街が危機にさらされている。朝の出来事からすれば、自ら異変に気付いた頃にはもう遅い。襲撃より早く、校長に危機を知らせねば。
桃姫先生はタケを救ってくれた。だから今度はタケが校長を救う番だ。
タケはしっかりとした決意を胸に、自分の家を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇
「揃ったな」
久の家の前にタケ、織葉、ジョゼ、ハチの五人が揃い、しっかりと時間内に準備を済ませていた。
「連絡はつかなかった。どうやら、その手の類の連絡手段は封じられているみたいだ」
タケは久の家からも、念のために自分の家からも、天凪魔法学園に連絡をした。しかし、結果はどちらも同じ。電話線が切れているわけでもないのに、魔法学園に繋がることはなかった。
「そうか……。ならばなおのこと急いだ方が良さそうだな」
「あぁ。桃姫先生がいるから大丈夫だとは思うが、オレたちも急ごう」
久が一度全員の顔を見た。
「あたしも大丈夫だよ」
「私も大丈夫、問題ないわ」
「いつでもいいぜ」
久の視線に答えるように、三人が準備完了を告げた。
「わかった。それじゃあ出発する。チーム久はセピスへと向かう!」
全員の出発準備と覚悟を全身で感じ取った久は高らかにそう宣言した。チームリーダーとして、メンバーの士気を上げた。
「了解っ!」
久の高らかな宣言に、力強く返す四人。覚悟はもう決まっていた。
一度頷いた久はその返事を合図に駆けだした。その後ろに四人が続き、全員はそれぞれの想いを胸に持ちながら、セシリスから旅立っていった。
それは、長い長い旅の始まりだった。




