Chapter1-4
久がコーヒーにまみれた顔を拭き終える頃には、タケはオーディション内容の大半を理解していた。
久のメモに書かれているのは四点。
一つ目は、開催日は明日から三日間であること。
二つ目は、会場はここから北の方角に位置する、カルドタウンという街であるということ。
三つ目は、このオーディションがかなりの規模であるということ。
タケもその映画の存在は風の噂で聞いていた。大まかなことしか知らなかったが、久の話を聞き、自分が思っているよりも大作なのだとタケは理解した。
出演者も多く必要だろう。だから、PVを大々的に放送し、映画の宣伝も兼ねてオーディションを開催するのだろうとタケは踏んだ。
「で、オレとお前、二人で行くのか?」
タケは椅子に深く腰掛け、コーヒーを口に含みながら久に尋ねた。タケは家にいるときは常と言っていいほど、コーヒーを欠かさない。久曰く、コーヒー星人のカフェイン中毒者。
それを聞いた久は、タケの顔とメモを見比べ「それが四点目なんだ」と答えた。
「このオーディション、最低人数は二人で、上限は無しなんだってよ」
メモに目を落としながら話す久自身も、この点については何やら不可解に感じる部分があるらしく、やや困惑気味の表情を浮かべて話した。
久から四点目を聞いたタケも、同じく理解に困った。上限が無いと言う点がどこか引っかかる。
人数の規定のない、そんな大雑把なオーディションなんて聞いたことが無い。PVがあるので間違いないだろうが、本当に映画を作るのか? とも考えてしまう。
「久、それは事実なんだよな?」
タケはやや睨み気味の目を久に向けた。スナイパー独特の鋭利な視線が久に直撃する。
「あぁ、俺も最初は変わってるなって思ったんだけど、どうやら、かなり沢山のエキストラを募集してるみたいでさ」
久は少し睨み気味のタケの目をちらちらと見ながら話した。
タケとは長い付き合いだが、未だにこの眼力には慣れない。本来鋭い目つきのタケだが、それ以上に鋭くなったこの視線は正直怖い。
(大人数のエキストラ募集か……それならまぁ、納得できるか)
タケはすばやくそう考え、視線を戻し、眼力を弱めた。目の形こそ変わらないが、明らかに目から警戒の色が消えている。
「話を戻すが、結局オレたちは二人で参加するのか?」
タケは姿勢を戻し椅子にもたれ直すと、もう一度久に話を切り出した。タケの状態を見て内心ほっと胸をなでおろした久は、タケの質問に答える。
「ジョゼとハチの二人には声掛けてみようかなと思うんだけど、どう?」
久の出した二つの名前。「ジョゼ」と「ハチ」
この二人はタケと同じく、同じパートナーチームに所属する、最後のメンバーだ。タケ程ではないが、長い付き合いである。
久たちの職業、パートナーチームは、原則として二人以上で構成されている。
様々なクライアントから依頼を受けて行動する小隊のようなもので、ユーミリアスでは一職業として広く認知されている。
チームにはそれぞれの個性や特徴、得意部門などがあり、クライアント側は、自分の依頼に合ったチーム探し、依頼。その仕事の終了、もしくは依頼時に報酬を支払う仕組みとなっている。クライアントも個人だったり、企業だったりと様々だ。
チームの種類は大きく三つに分けられ、戦闘専門の『アタッカー』。隠密な任務を得意とする『シャドウ』。何の偏りもなく依頼できる『オールラウンダー』に分けられている。
久のチームは『オールラウンダー』に該当する。タケ、ジョゼ、ハチの三人がメンバーであり、久はそのチームリーダーを務めている。
久は同じ仲間の、この二人に声掛けないか。と提案したのだ。
それを聞いたタケ、腕を組み、唸った。
「ジョゼは来てくれると思うが、ハチはどうだろうな……」
タケも久も、「ジョゼ」の心配はしていなかった。
ただ、もう一人の人物、「ハチ」と言う奴が少し、ネックであった。
「ま、ハチのことだし、適当にギャラが十億とか言えばついて来るんじゃない?」
ハチという人間を一言で説明するならば、極度の気分屋。そして、お金至上主義の人間。大金が絡む話には、めっぽう弱い。
久はやれやれといった感じでタケに提案する。それを聞いたタケも、その策が一番だろうなと頷く。
「あのハチを動かすにはお金だからな。嫌な話だ」
自分たちのチームに、お金にがめつ過ぎる人間がいると思うと、溜息の一つもつきたくなる。タケも少し呆れ気味だ。
「じゃあタケ、そのアイディアを適当に盛ってハチに話してくれな」
「え? なんでオレからなんだ。久の提案だろ、自分で言え!」
タケはいきなりの振りに驚き、思わず声量を上げてしまう。
「だってさ、俺が言ってもすぐにバレるだろ? 顔に出やすいしさ。ここは真面目に見えるタケの出番だよ」
「む、むう」
確かにタケには、久がハチに話した際の顛末が見えるような気がしていた。
嘘がつけず、顔に出まくる久。その久が上手く立ち回って、極度の気分屋のハチを承諾させるとは、確かに考えにくい。
「……分かった。オレが言おう」
成功率で考えれば、悲しきかな自分の方が高いだろう。タケは乗りかかった船だと諦め、自分がハチに話すと腹をくくった。
「よし、そうと決まれば行こうぜ!」
タケが発言したのとほぼ同時に久は立ち上がり、手荷物とタケを掴んで、すぐさま家を出ようとした。早速二人を自分と同じように、即日声を掛けに行くつもりだ。
「ま、待て! せめて武器くらい持たせろ!」
タケは引っ張る久を必死に抑えながら、壁にかけてある弩を手に取り、久に引きずられる状態で家を後にしたのである。