Chapter7-3
玄関扉は軋むことなく、いつもと同じように開いた。開かれた扉からは、太陽が差し込む。
いつも通りの眩しい朝日。二人の目が朝日に照らされ、一瞬視界が真っ白になる。だがその白は長く続かず、次第に目がいつも通りに戻る。
「これは――!」
自らの目でセシリスの状態を目の当たりにした久は、思わず驚愕の声を上げた。靴もしっかり履かぬまま、おぼつかない足取りで外へ出る。
村が、崩壊している。
目に映るのは長く住み慣れたセシリスの村。しかし、眼前に広がる住み慣れた村は、昨日までとはまるで違う。玄関からと言う限られた視界だが、久はその狭い視界で十分すぎるほど今の村の状態を把握していた。
穏やかのセシリスの地に、幾つもの地割れが起きていた。道や広場、家の庭など、そこかしこに亀裂が走り、セシリス村がびりびりに破れてしまっている。
揺れの影響で大きく傾いた民家もあれば、屋根が落ちたり、壁がはがれたりと、半壊や全壊してしまっている民家もある。所々で煙が上がっており、火事も起きているようだ。
商店では軒先で木箱や商品が崩れて散乱し、店の顔となる幟や暖簾、看板が地に顔を着けている。
幾つかの樹木は根こそぎ抜け、その抜けた木々が道をふさいだり、民家に倒れ掛かっていたりと、被害は決して小さなものではない。
「これ、どうなってるの?」
久の後ろ、まだ玄関にいた織葉も、村の被害に衝撃を覚えた。早朝窓から見ていたあの平和な景色は、今やどこにも無かった。
民家の倒壊、横倒しになった木々が目立つが、何よりも目を引くのが地面に走る亀裂。村全体の地面に地割れが発生し、地面を至るところで分断。
セシリスの地形は、変わり果てていた。
「こりゃあ、ひどいな……」
あまりの惨状に、言葉が出ない。地割れの亀裂から幸い遠かった久家は間一髪、難を逃れたようだが、自身の村の崩壊によって受けるショックはあまりにも大きい。
「ひっ、久くん!」
玄関から数歩出た所で呆然と立ち尽くす久に、裏返った口調で織葉が叫んだ。
「なっ、どうした!」
「タケさんの家が!」
織葉の叫び声で、久は全てを理解する。自分でも信じられないくらいの反応速度で首を横に振ると、その視線の先では地割れの影響で無残にも半壊になり、傾きかけているタケの家の姿が映った。
「タケ……! 織葉、行くぞ!」
「う、うん!」
大きな力が加わって崩れたタケの家を見て、久は動揺と心配を隠しきれない。当然だ。親友の家が半分崩れてしまっているのだ。
久は織葉を連れ、崩れてしまっているタケの家へと近づいて行く。タケの家の周辺には多種多様の瓦礫が散乱しており、地面を埋め尽くしている。割れたガラスなども飛び散っており、足元は非常に危険だ。
久と織葉は足元に気をつけながら、タケの家の玄関へと向かう。辛うじて玄関部は形を残しており、扉も残っていた。身軽な織葉が瓦礫の山をひょいと飛び越え、タケ家の玄関扉のノブに手を掛けた。
「久くんだめだ! 扉が変形してる!」
ノブを回し、扉を開けようとした織葉が声を上げた。どうやら家が傾いてしまった影響で玄関扉が歪み、開かなくなってしまっている。腕力に自信がある織葉が力いっぱい押しても引いても、扉はピクリとも動かない。
「くそ! 裏から回るぞ!」
久も扉に力を加えたが、歪んだ扉は開こうとしない。久はすぐさま家の裏手に回り、裏側のベランダから家に入り込もうとした。
「よし、ここからなら入れる」
来駕家の裏手に回り込んだ二人は、庭柵を飛び越えると、ベランダの窓を引き開けた。こちらも少し歪んではいたが、二人の力でなんとか開けることが出来た。
「うわ、凄いことになってる……」
ベランダから侵入し、カーテンをめくった織葉がそう漏らした。
二人の突入先は居間だった。室内は大量の書物や花瓶、時計などが落下し、床に物が散乱してしまっている。廊下や床は崩れた土壁で軽く埋もれ、家の中が埃っぽい。久と織葉は手で埃を払いながら廊下を進んでいく。
「タケ! 無事か!」
「タケさーん! 返事してっ!」
久と織葉は足元に気をつけながら、書斎へと足を進めて名を叫んだ。
ここまで叫んでも一切の反応が帰って来ない。身動きが取れない状況に陥ってしまっているのか、それともすでに室外に脱出しているのか。二人は後者を願いながら名を呼び続けた。
未だにタケからの反応が無いまま、二人は書斎へと辿り着いてしまった。久は恐る恐るドアノブを回し、ドアをゆっくりと開ける。書斎のドアは歪んでおらず、いつも通りにスムーズに開閉することができた。
「うわ、やっぱりこの部屋は酷いな」
「本棚の本が殆んど落ちてきちゃってる……」
ドアを開き、同時に固まる二人。居間、台所と見てきた二人だが、ここの部屋の荒れようは何処よりも酷い。
本棚から雪崩の様に本が崩れ落ちてきており、言葉通り足の踏み場が無い。これだけの本が本棚にどうやって納まっていたのか気になるくらいの書物量が地面にばら撒かれ、本の山を作っていた。
「おーい! タケ!」
本の山へ向かって発する久。あまりの冊数に圧倒され、未だ書斎へ入れずにいた。
一方の織葉は軽い身のこなしで書斎へ入り、本の山を崩さないようにして室内を捜索した。
「タケさーん!」
織葉も手近な本を退けて探しているが、タケは見つからない。やはり、もう外に避難しているのだろうか。
織葉はそう考え、本で埋もれかかっている部屋の窓へ近づいていった。外を見れば、そこにタケがいるかもしれないと思ったのだ。
踏み場所を間違えてしまうと、一気に崩れてしまいそうな本の山。織葉は出来るだけ本を踏まないよう、足元を確めながら一歩一歩慎重に踏み出していく。
――ぎゅむ。
その時、慎重に歩を進めていた織葉の足に奇妙な感覚が走る。
なんだか柔らかい、硬めのクッションの様なものの上に本が乗っており、その上を歩いている様な感覚。
奇妙な感触に一瞬驚き、足を引いてしまった織葉だったが、本ではないその感覚を思い出し、急いで自分の足元の本を掻き分けた。
「タケさんっ⁉」
織葉はその足元に、多くの本に埋もれ、気絶しているタケが横たわっていた。織葉が踏みつけたのは、タケの身体の上に重なる本だった。
土を掘り返すように本をかき分けると、タケの頭部には大きな辞典が落ちてきていた。どうやらその衝撃が、タケの意識を飛ばしたようだ。
「タケ! 大丈夫か!」
織葉の声を聞き、すぐに駆けつける久。二人は多数の本を掻き分け、埋もれるタケをずるずると引きずり出すと、二人掛かりで抱えて、居間へとタケを運んだ。




