Chapter7-1
始まりは大きく、そして突然に
チュンチュン、チュンチュン。
窓の外で小鳥が朝を告げる歌を歌い出し、窓からは朝日が一筋の光となって部屋に差し込んでくる。
「ん……」
窓から伸びた光が顔に当たり、織葉は目を覚ました。
体を起こすと、そこは見知らぬベッドの上。当然ながら見知らぬ家。
織葉は起きぬけの頭で今の状況を整理し直した。
やはり今日も織葉の髪は寝癖が絶好調で、爆発ヘアースタイル。四方八方にはねるその寝癖は、もはや芸術の域に達している。
作品名をつけるとすれば、『パイナップル』が一番だ。
織葉がこの場所を詳しく知らないのも無理はない。ここは久の自宅だ。
昨日、と言うよりも今日。しかも数時間前。セシリス診療所からここまで歩いてきた久、タケ、織葉の三人。織葉は久の家で朝まで休むことになり、今に至っていた。
部屋をぐるりと見回すと、お世辞にも綺麗とは言えない部屋が明らかになる。
机の上は本や雑誌で埋まり、台所には洗いかけの食器。床には脱ぎっぱなしの服。極めつけは開けっ放しのドア。
乱雑な部屋を見渡した織葉だったが、汚さでは自分の方が上だな。と、思っていた。
「あたしの部屋は見せれたものじゃないからなぁ……」などと内心思い、後ろ手に頭を掻く。手が後頭部の寝癖に当たり、織葉は撫でるように寝癖を直していく。
「んがぁぁああ……」
と、織葉のベッドが置かれている部屋の隣の部屋から、何やら酷い音が聞こえた。織葉はビクッと一瞬身を寄せたが、すぐにそれを解いた。
音の正体。それは他でもないこの家の所有者。黒慧久のいびきだった。
隣の部屋。おそらく居間である場所のソファーの上に爆睡する家主、久の姿がある。
左腕と首はソファーから落ちてしまっているという極限状態の寝相であるにも関わらず、久はなんとも幸せスマイルを浮かべて爆睡している。ここに鼻ちょうちん、もしくは涎が垂れていれば、危うく完璧なスタイルが仕上がっていたことだろう。
(久くん、その体勢痛くないの? あたしなら痛いね。うん)
本来なら久は、織葉が使用しているベッドで就寝しているのだが、「客人を床で寝させる訳にはいかん!」と、昨日、いや、数時間前に言い出し、久はベッドを織葉に譲って自分は居間のベッドで寝ることにしたのだ。
「って、久くん。床で寝てないじゃない……」
などと思いながら織葉はベッドの脇の机の上に置いてあった時計を見る。
時刻はまだ午前六時を過ぎたところ。数時間しか寝ていない久を起こしてしまったら悪いと思い、織葉は極力、物音を立てずにベッドから立ち上がった。
立ち上がった織葉は適当にベッドの布団を畳み、部屋の中をぐるりと見回す。
この部屋は寝室として以外使用していないらしく、ベッドとタンス、窓脇に置かれた椅子とテーブルくらいしか部屋に無い。
(写真?)
部屋の中をぐるぐると見回していた織葉が、タンス横に設置されたテーブル上に飾られている写真立てを見つけた。織葉は歩み寄り、並べられた写真を見た。
テーブルの上には久とタケが写る写真が複数飾られていた。他にはジョゼやハチたちとも映っている写真もあるし、何やら大きなトロフィーを持っている写真もある。
(これって、子供の頃の久くんと、タケさん?)
織葉は机のやや奥に置かれていた写真立てを手にしていた。埃が少々被っているその写真立てには、久とタケの幼少期の写真が四枚、四角形に収められていた。
おそらく左上の写真が最も古く、右下の写真が最も新しい。最も新しいと言っても、久とタケ、両者ともまだまだ子供だ。
写真の久は現在と全く変わらない笑い方をしており、タケに関してはまだ眼鏡すら掛けておらず、腕組みをしながら無駄に気取って写っている。写真から当時の無邪気さが伝わってくる。
その後も机の上に置かれた何枚かの写真を手に取って見ていた織葉だったが、どの写真にもタケが写っていることに気づき、本当にこの二人には敵わないなぁと実感した。
「あたしも、ゆいと写真くらい撮っておけばよかったな……」
やはりここでも脳裏に浮かぶのはゆいの顔。ゆいと織葉の関係は久たちには程遠いが、関係の深さは繋がりの長さと比例するとは言えない。出会いはひょんなことだったが、それからずっと二人で学び、遊んできた親友同士だ。
「ゆいと、写真を撮ろう」
織葉は手にしていた写真立てを机の上に置きなおすと、手に力を入れ、そう心に強く誓った。
「あたしも、ゆいとの写真を増やして部屋に飾るんだ……!」
織葉は自分に誓い、顔を上へ向ける。涙か零れてきそうだった。
思い出してしまう自分の無力さ、ゆいの最期の表情、仲間になってくれると言ってくれた久たち。
様々なことが入り混じって織葉の目から涙を作る。いくらこらえても流れ出す涙を抑えられそうにない。
織葉は一度隣の部屋で爆睡する久を見、まだしっかり寝ていることを確認すると、腕を両目に当てて泣き出した。
織葉の両目から流れる涙は朝日に照らされ、ダイヤのように綺麗に輝いて見せた。




