Chapter6-4
「えっ⁉ う、うぷっ!」
ゆいは強烈な吐き気と目眩を感じた。展開が速すぎて一体何が起こっているのか理解がさっぱり出来ない。わかっているのは自分の胸に杖が突き刺さっていると言うこと。しかし、それも信じがたい光景であることに違いは無い。
「な、何をっ……!」
ゆいは締め付けられる胸の痛みを堪えて声を紡ぐ。頼むから誰か今の状況を説明して欲しい。何が起きているのか簡潔に、明確に教えて欲しい。今のゆいには体の中で何かが渦巻く感覚しか分からない。
心臓。いや、もっと体の奥深く。魂と言うものが存在しているのなら、ゆいの体の中で異変が起きているのはまさにその部位だろう。ゆいは今までに意識したことの無い場所が締め付けられていると感じていた。
「霧島ゆい、お前は私たちの優しさを断った。だから我々はお前を徹底的に利用する」
「ど、どういう、こと? 一体何を、は、始める気、なの?」
痛みを堪えて必死に口を開く。痛みは突き刺された胸からゆっくりと全身に広がり、もう全身に痛みが走っていた。体の内側も、外側も。
「これからこの杖を介して、お前の魔芯へ闇魔力を送り込む。霧島ゆい、お前は闇系の魔力にとても弱いらしいな?」
(嘘―― そんな、まさか)
雹はゆいの弱点を何故か熟知していた。何処からも漏れる筈が無い、ゆいの致命的弱点。
それは、闇属性の魔術抵抗力の人並みはずれた低さだった。物心ついたときから闇魔法に極端に弱く、闇属性の攻撃が
ほんの少しすれただけで出血が止まらない。闇に近づけば息が出来ない。
それ程までに苦手で体までもが嫌う魔力を魔芯へ流し込む。と、雹は得意げに語る。ゆいは全て理解した。絶対に理解したくない。先程までは自らの杖を奪われたことが最大の理解したくない事象だったが、これは更に上を行く。ゆいは恐怖のあまり声も、涙の一滴ですら出なかった。
――私、魔芯まで書き換えられるんだ。
魔芯。それは魔導師や魔法使いの魔力の源。実体は無いが、魔導師たちは杖を握ることによって、その存在を知ることが出来ると言う。
魔芯は精神や魂と共にあるとされ、そこに個々の魔力が秘められている。魔導師は魔芯と精神を一体化させることにより、魔術を使用している。
燃え滾る熱い精神ならば炎の魔術。清らかに流れる精神ならば水の魔術。駆け抜けるさわやかな精神ならば風の魔術といったように、自分の精神を映し出すのが魔術なのだ。
魔芯は魔導師にとってもう一つの心臓。そして、もう一つの自分。
雹はもう一人の自分である魔導師の魔芯に闇の魔力を流し込み、ゆいを書き換えて手中に収めようとしていたのだ。
雹の笑みが恐ろしい。どうしてこんな人に着いて来てしまったのだろう。
「時間だ、霧島ゆい。自分の記憶に別れを言うんだな」
悲しむゆいに目もくれず、雹は一気にゆいの胸に突き刺さった杖を握る。途端、雹の腕から目視できるほどの魔力が見られ、それが杖を伝って一気にゆいの体の中へ駆け抜ける。
「うわぁあああああ! 痛い! 痛いよ! やめてっ! やめてぇええ!」
ゆいの魔芯へ闇の魔力が流れ込み、ゆいの精神が侵され始めた。
感じたことのない痛み。その痛みを逃がすことが出来ない。耐えることが出来ない痛みと苦しさが全身を覆い、体をがくがくと震わせる。
「じきに何も分からなくなる。その痛みも苦しみも。今までの自分も――最愛の杖に自分を壊されるなんて、中々味わえないぞ?」
雹は大きく笑う。笑いながら、送り込む魔力を強めていった。
「いやぁあああああ! 痛いっ! ああっ! うああああっ!」
両手両足の自由を奪われたゆいが必死にもがく。自分の肌や胸が露出していようと気にしない。気にすることができない。ゆいを大きく上半身をくねらせ、なんとか痛みを和らげようとする。
「無駄だ。それにもう、この痛みは数秒と続かない。ではおやすみ、霧島ゆい。次に会う時は私の忠実な部下だ」
「いやだっ! いやだああああああああっ! うわぁあああああああああ!」
痛みを必死にこらえながら雹へ怒りと憎しみの眼差しを向けていたゆいだったが、体に流れる痛みが今までになく大きくなるのを全身で感じ、大きく叫び声を上げてしまった。その叫び声は塔全体に響いた。
バチンッ!
頭の中で黒い稲光が走った。その稲光が激痛となって頭の中を駆け抜ける。
「あああああぁぁああぁああぁぁぁあああっ――」
更に声を荒げたゆいだったが、その途端、全身から痛みが引いて行く感覚を感じた。
まるで足に穴が開けられたように、痛みがすーっと体から落ちていく。が、それと同時にゆいは自分の体に違和感を覚えた。
何かが得体の知れないものが内部から湧きあがる不快な感覚。ドロリとしたものが這いずり出てきそうだ。
(一体、何が、起きてるの……?)
ゆいは自分自身の体に何が起きているのか理解できない。理解できないというよりも、体が理解させてくれない。いくら頭で考えても体が反応しない。してくれない。
ゆいは自分自身に体に恐怖した。首から下についているものは自分にひっついているだけで、ただの飾りではないかと言う感覚に見舞われてしまう。
(⁉ あ、頭が、熱い⁉ 何? 何っ⁉)
突如、ゆいの頭に熱い感覚が走った。痛みを通り越す、熱さ。
それ程の痛みがゆいの頭の中――。いや、この痛みは頭の中ではない。限りなく頭皮に近い部分。そこから感じ取られた。
「うあぁっ! 痛い……! 痛い……っ!」
またしても激痛が襲い、悶える。
今度の痛みは先程のような内側の痛みではなく、明らかにもっと上、やはり、皮膚から感じ取れた痛みだ。
まるで頭の奥底から何かが、無理やり頭を突き破ろうとしている感覚だ。頭の内側から釘を打ち付けられているような痛みが走る。
メリメリッと音が聞こえてもおかしくない。何かが頭を打ち破ろうとしている。ゆいは今までに感じたことの無い痛みを、どう受け流せばいいのか分からなかった。
頭の痛みが絶頂に達し、ゆいは何も考えることができない。その姿を楽しげに見つめる雹とその部下、レイザル。
雹は、ゆいの体に異変が起き始めていることを理解していた。体が動かなくなってしまっていることも、頭に今、激痛が走っていることも。
ゆいは無いにも等しい抵抗力で、今の今まで必死に抵抗している。その抵抗する姿は、雹にとって最高の見世物だった。
闇の魔力に狂う一人の悶える少女のその姿は、雹を興奮させた。いつまでもその姿を見ていたいと思わせるほどに。
しかし、雹たちには他の仕事もあった。作戦の要であるゆいとはいえ、長時間に渡って時間を割くことは出来ない。使った時間は戻っては来ない。
雹は、非常に残念だと言わんばかりの残念そうな笑みを浮かべ、ゆいの胸、正確にはペンダントに突き刺さっている杖を一気に引き抜いた。
杖はスルっとスムーズには抜けず、ズルリズルリと何かに纏わりつくような感覚を帯びながら、ペンダントから少しずつ抜け始めた。
「うあっ! うああああっ! うああああああっ……!」




