Chapter6-3
しなやかで木目の生きたゆいの愛杖は、全身が黒く染め、ささくれた古枝のような棘々しいフォルムへと変貌してしまった。
杖の心臓部とも言える蒼のクリスタルはその清らかさを失い、黒い光を放つクリスタルへと姿を変え、その側部、魔法氷が生成されていた部位からは、鋭利な刃が形成されて伸びていた。
さながら死神の鎌のようになってしまっていたゆいの杖は、心を込めて作ってくれた自分の最愛のパートナー、「霧島ゆい」を忘れ、新しい所有者、雹の手にすんなりと、今まで使いこなして来たかのような佇まいで収まっていた。
「こんなのって……こんなのって……!」
ゆいは、丹精込めて作り上げた自分のパートナーが、何事も無かったかの様に平然と雹の手に収まっていることが信じられなかった。たった数分で忘れられ、さも前からあったかのように持たれているなんて。
「さて、余興はここまで。いよいよ本題だ、霧島ゆい」
雹は得意げに杖を振り回す。その顔は新しいおもちゃを与えてもらった幼児と同じだ。ゆいはその笑顔が恐ろしくて、憎らしくて仕方が無い。
「次は……次は何を奪う気なの……?」
ゆいは顔を伏せて小さく言う。傷は癒えている筈なのに、心が痛い。
先程の寒さなんて今思えば痛くも苦しくも無かった。
「霧島ゆい、お前にもうチャンスは与えない。お前がそこまで仲間をかばうと言うのなら……お前がその仲間をここへ連れて来い」
「そんなこと……! 私がそれに従うと思うの⁉ 馬鹿にしないで! 親友を傷つけられて、杖まで奪われて! そんなことする人の命令を聞くと思うの⁉」
ゆいは涙を流しながら訴える。瞳には怒りしか映らない。ゆいは感情の全てを怒りに託していた。託すしかなかった。
「そう言うと、思っていた!」
雹の怒鳴り声が響く。雹はその怒鳴り声と同時にゆいから奪った杖を大きく下ろした。
振り下ろされた杖は空を切り、残像を残す。ゆいは思わず両目を閉じた。
――まさか!
刹那、切り裂かれる感覚に見舞われた。間違いなく、鋭利な何かがゆいを引き裂いている。
(嘘……! 斬られた⁉)
杖に形成された鋭利な刃部が、ゆいを切り裂いた。切り裂かれた感覚を改めて感じたゆいは、より一層閉じる目の力を強めた。
「安心しろ。お前は殺さない」
雹から今までより一層冷ややかな声が放たれる。その声は今までのどんな怒鳴り声よりも恐怖を与えるものだった。
「えっ……?」
ゆいは恐る恐る、自分の身体の神経に集中させる。
何処からも血が出ている気配も無いし、痛みも感じない。
一体何が、とゆいは閉じてしまっていた目を開き、自分の身体を確認した。
「きゃぁああああっ!」
全てを理解したゆいは女の子特有の高い叫び声を上げた。切り裂かれた物、それはゆいの制服だった。
杖の刃が裂いたのはゆいの上の制服。刃は制服の襟首から服の裾までを容易く切り裂き、制服の下を露にさせた。
白い肌着に包まれた胸と白い肌。女の子の体つきが露になる。
幸い下着までは切り裂かれなかったが、自分の胸が露になっていることに変わりは無い。ゆいは何とかして隠したいが、両手を動かすことが出来ない。ゆいは何も出来ず、雹たちに見せる以外の手段を見つけられなかった。
雹たちはゆいの身体に興味など無い。そのような目的で服を切り裂いた訳ではなかった。しかし、そんな雹たちですら、目に留まる点が一つだけあった。
それはゆいの胸の上から下腹辺りにまで広がる、切り裂かれた古傷の痕。かなり前に負った怪我の痕のようだが、傷跡を見る限り決して浅い傷ではなかったようだ。
「お願い……見ないで……傷を……見ないで……」
ゆいはぽろぽろと涙を零す。ゆいは自分の体や胸を見られることより、大きな傷跡を見られるのが何倍も恥ずかしかった。これだけはどうしても見られたくない。ゆいは涙を流しながら真剣に懇願する。
一目見てわかる、深い傷跡。当然気は引かれるが、今はそこに注視している場合ではない。自分にも成すべき仕事がある。杖の柄の部分をゆいの顎に当て、無理やり顔を上へ向かせた。
「残念だが、お前の身体なんかに興味は無い。私たちが用があるのは、貴様の首から下がっているペンダントだ」
ゆいも傷跡が見られていないとなるとほんの少しだけ安心した。だが、今の状況が変わる訳ではない。依然として杖は雹の手にあり、自分も鎖で繋がれている。
「この、ペンダント……?」
ゆいは顎を引き、首から下げられたペンダントに目を落とす。小さい頃から付けているペンダントで、お守りのように毎日着用している。いつ、どこで、誰がくれたものかすら覚えていないが、大切なものであるのは間違いない。だが、「欲しい」と言われれば、ゆいは渡していただろう。
「そうか、お前は何も知らないんだったな」
雹がそう呟く。含みのある言い方だが、ゆいは雹が恐ろしくて、何も口に出せない。雹はその表情を見ると、「知らない方が都合がいい」と耳打ちし、気味の悪い笑みを向けた。
「それってどう言う……⁉」
耳打ちの内容を思わず聞き返した、その時だった。
雹が黒い杖の先をゆいのペンダントに思いっきり突き立てたのだ。その瞬間、杖の先端がペンダントにずるりと飲み込まれ、ゆいの胸部に突き刺さった。




