Chapter6-2
――――ジャラリ。
鎖同士が擦りあわされる耳障りな音がする。
――――ジャラリ。
子供の頃、この音が嫌いで仕方なかった。
「うっ……」
ゆいはその嫌いで仕方のない音で目が覚めた。頭部の痛みは消えたが、頭の中には先程の強い衝撃がまだ響いている。 はっきりしない頭で辺りを見回すが、どうやらここは先程までの牢獄ではないらしい。部屋も暖かいし、体も衰弱していない。だが――
(体が……動かない……?)
自分の四肢である筈の物がピクリとも動かない。
ゆいは、はっとした。今自分が置かれている状況を理解したのだ。この状況は良くない。非常に悪い。
ゆいは依然として重い頭部を動かし、自分の腕を見た。
ゆいの腕は頭上で十字に鎖で縛り付けられていた。縛っている鎖はただの鎖ではなく、魔法で強化された鎖だとすぐに分かった。どれだけ必死に動かしてもびくともしない。動かせば動かすほど、耳障りなあの音が鳴るだけだった。
足も同じように鎖で縛り付けられており、こちらもどう頑張っても解けそうに無い。動けば動くほど鎖が肌に擦れ、痛痒い感覚がゆいを襲うだけだった。
「無駄だよ」
鎖を必死で解こうとしているゆいに、部屋の隅から声が投げつけられる。見れば、設けられた扉から雹とレイザルが入室していた。ゆいは雹たちに怒りの視線を向ける。
「これ、どういうこと? 何を始める気なの?」
ゆいは怒りを露にしたが、雹たちからすれば笑いの的。その状況で怒かられても。と、いった感じだ。
「ふふっ――おっと、これは失礼。何せそっちがどうやっても吐いてくれないものなのでね」
雹は笑いを堪えてゆいへそう告げる。ゆいは雹のその表情に怒りと恐怖を同時に感じていた。
「さて、霧島ゆい。君がどうしても吐かないと言うのなら、こちらにも考えがある。私たちも忙しい。君にこれ以上構っていられないんだよ」
ゆいへ向かって話し始める雹。
顔は笑っていたが、目は笑っていない。ゆいはその表情から恐怖を感じ取っていたが、ここで弱さを見せるわけにはいかない。笑われて、弱く見られてしまうだけだ。ゆいは必死に平静を装った。
「どんな手段を使われても……私は絶対に話さない!」
確固たる態度でゆいは声を荒げる。しかし、その声は雹にとっては小鳥のさえずりと変わらないくらいのものだった。 雹はゆいの宣言に耳を傾けようともしない。
「霧島ゆい、これが何か分かるな?」
雹は後ろ手に持っていた物をゆいに見えるように持ち上げて見せた。その表情も最悪のものだった。
「それは! 私の杖!」
雹はゆいに向かって取り上げたゆいの杖を掲げて見せた。杖をくるくると回し、撫でる様にゆいの杖を触る。いやらしい手つきだ。
「やめて! そんな手で私の杖に触らないで!」
思わずゆいが叫んだ。
ゆいに限ったことではなく、杖は魔導師、魔法使いの命。魔法使いは、一生のパートナーとなるものを自分で作り上げる習慣があるのだ。
自分で木材を選び、削り、形にする。その後、自らの力で得意とする魔力を宿したクリスタルを錬成し、木と融合させ杖を作り上げる。その習慣は魔導師や魔法使いと認められるための最初の試練であり、一生を魔法使いで過ごすという、誇り高き契り――
まだ未熟な魔導師であるゆいであっても、杖は大事なパートナーであり、命。そんな大事なものをあんな様に触られては怒りが爆発してしまう。ゆいは平静を装うことを忘れ、必死に鎖を解こうと暴れまわる。
「あなた、私たちにとって……杖は……杖はねっ!」
「一生のパートナーであり、命なんでしょう?」
「……つっ⁉」
雹の思わぬ発言で次の言葉が詰まる。
一番声を大にして言いたかったことを、さらりと言われてしまった。ゆいはまさかそのような言葉がこの男から発せられるとは思ってもいなかった。こんな人に魔導師の高貴な心など理解できる筈が無いと思っていた。
「分かっているとも、霧島ゆい。自分の杖をこのように触られるのは魔導師として許し難い行為だ。だがね、この杖はもう、君の物では無い」
「何をっ⁉」
ゆいはその発言の意味を理解しようとしたが、それはもう、遅かった。
雹はゆいの杖に宿されているクリスタルに掴むように思いきり触れ、自らの魔力を流し込み始めたのだ。
手から流れ出て、クリスタルに入り込んでいく黒い魔力。クリスタルが苦しそうな、痛がっているような激しい点滅を繰り返した。
「まさかっ⁉ やめてっ! そこを触らないで! やめてぇえええええ!」
ゆい自身、眼前で何が起こっているのか理解できていた。ただ、それは決して理解したくないものだった。
禁忌 “杖の初期化”
それは、禁忌中の禁忌。魔法使いが重大な罪を犯し、その称を剥奪されるときのみ、許される行為――
雹は自らの魔力を杖に流し込み、クリスタルの力を書き換えることで、杖の所有権をゆいから奪おうとしていたのだ。
禁忌であろうと無かろうと、雹にそのような規則を守る心など無い。雹は大きく笑いながら魔力を送り続ける。
雹からの魔力を受けたゆいの杖のクリスタルは、死にゆくように本来の青い輝きを次第に失い、黒く、淀んだ光を放ち始めていた。杖は形も変え、先ほどからは一変、杖の先端には杖には似つかない、鋭利な刃先が形成され始めていた。
「おねがい……やめて……。お願いだからっ!」
ゆいは眼前で変わりゆく自分のパートナーただ見つめるしか出来なかった。悲しみと怒りが同時に大きくこみ上げ、ゆいの身体を大きく震わせた。
その時、雹の手から魔力の光が消え始めた。魔力を送り込み終えた印だ。
雹は自らの魔力で形成された杖を手に取り、更に大きく笑う。
ゆいは変わり果てた自分のパートナーを見て、その涙すら止まってしまった。
瞳に映る、黒き杖。そこには、自分の知るパートナーとは大きくかけ離れた杖があった。




