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クランクイン!  作者: 雉
白い闇
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Chapter6-1

白い闇

 


 薄暗く、昼間でも光の通らない室内。室外は雪で覆われ、激しく吹雪いている。外へ一歩でも足を踏み出したら最後、凍死は免れない。そんな気温だ。


 そんな辺境な場所に人々から忘れられた塔がひっそりと建っている。誰が何のために建てたのか。それを知る者はもう殆どいなくなってしまった。

 その忘れ去られた塔の上部、外気を全く通さない薄暗い部屋に一人の男がいた。

 男は椅子に深く腰掛け、何やら気持ちの悪い視線を椅子の横に送り続けている。椅子に座る男は、横に設置された小さなテーブルの上に置かれている、水晶玉を舐め回すように見つめていた。


 透き通る水晶玉。その中で白い煙が渦巻き、その煙が様々な物へ形を変えていく。     

流動体のように自由自在に動く煙は久の顔を作りだし、その後、タケ、ジョゼ、して織葉の顔をそれぞれ作りだし、水晶玉の中に映し出した。

 男は先程から水晶玉を見つめては嫌らしく笑みを零していた。どこか楽しそうな笑みだ。


 その時、その部屋の扉がギィィと開く。扉が痛んでいるのか、扉を開閉するたびに錆びた鉄がこすれあう音が鳴る。

扉が開き、室内に冷気が流れ込む。男が水晶玉から視線を扉へと移すと、そこには極寒の空気とともに三人組みの男が立っており、深々と頭を下げ、室内へと入ってきた。


「失礼します」


 三人組みの先頭に立っていた男が更に深く頭を下げる。頭から足先まですっぽりとローブで覆う、まるで死神のような男。

 この男は紛れも無く、織葉とゆいを襲ったあのローブの男だった。ローブ男は自分の主人であるこの男の前でもフードを外さなかった。


「レイザルか。小娘の今の状態はどうだ?」


 椅子に腰掛けていた男は立ち上がり、フードの男、レイザルへ歩み寄る。

 レイザルはもう一度頭を下げ、男からの質問に答えた。


「先ほどまでは暴れておりましたが、今はもう動く力も残ってないようです。しかし強情で、何も吐きませんでした。誠に申し訳ございません」


 レイザルは膝を突いて男へ頭を下げる。それに合わせてレイザルの後ろの二人の男も頭を下げる。


「構わん。強情な小娘が悪い。自分から吐いておけば楽なものを」


 男はレイザルに頭を上げろと命ずる。その言葉に従うレイザル。頭を上げ、続けて男へ報告する。


「我が主、これはもう待つだけ無駄です。早々に儀式を行うべきかと。準備は勝手ながらご準備させていただきました。小娘も弱りきっておりましたので」


 レイザルからの提案を、そうかそうかと嬉しそうに聞く男。その表情からは、冷たい笑みがこぼれていた。

 気持ち悪く口元のみをニヤリとさせる。


「私もそう考えていたところだ。吐いたとしても儀式はやらねばならん。今やるか後でやるかの違いだ」


 その言葉を合図にしたかのように、レイザルの後ろで控えていた男が男へ歩み寄った。


「雹様、これを」


 レイザルの後ろに立っていた男。その人物は、織葉の胸部を矢で貫いたあの射手、弓の男だった。男は両手で雹へ杖を差し出した。



 雹――

 三人の男が慕っているのは、あの映画監督だった。若くしてベテランの雰囲気を醸し出していた優しげな男――

 しかし、今の男からはその面影は全く感じ取ることが出来ない。鋭い目つきで弓の男から杖を受け取っていた。


「これがあの小娘の杖か」


 雹は手渡された杖をまじまじと眺めた。そこには氷属性の魔法に特化した長杖、ゆいの杖が握られていた。


「少し軽いが――良い出来だ。とても学生が作ったものとは思えないな」


 雹はゆいの杖を隅々まで観察する。確かにこの杖は学生が作ったものとは思えないほどの出来だった。

 柄の木部は丁寧に削りだされ、ささくれや傷などは一つとして見つけることが出来ない。使用者の手に負担がかからない様に削りだされた柄は誰が持ってもしっくりくる形状をしていた。しかし、何よりも特筆すべきなのは削り方などでは無く、杖の先に宿された青い輝きを放つクリスタルだろう。


 クリスタルは雫の形に整形されており、杖の先端部に宿されていた。見た者の視線を捉えて離さず、吸い込んでしまいそうな程綺麗に精錬されたクリスタルは綺麗な蒼の光を放ち、それはまるで枯れることのない水を映し出しているかのようだ。


「では向かうとしよう。レイザル、ついて来い」

「仰せのままに」


レイザルはもう一度頭を下げる。その礼を横目で見た雹は部屋の扉を開くと、長く続く螺旋階段をゆいの杖をか片手に持ち、下りていった。




 雹とレイザルが螺旋階段を二階層ほど下へ足を進める。そこには激しく外気の通る牢獄が設けられていた。気温は寒く、数時間もしないうちに凍死してしもおかしくない気温の牢獄。

その牢獄の隅に、何かがうずくまっている。ぼろぼろにされた布の塊のようなもの。それは河川敷で襲われた後、気絶させられたままここまで運ばれてきたゆいだった。


 気絶から覚めた後、ゆいは様々な手段を用いられて久やタケ、織葉の情報を聞き出されたが、ゆいは苦痛に耐え、頑として口を割らず、抵抗し続けた。その結果、ゆいは杖を取り上げられ、再度この牢獄へ放り込まれてしまった。  

 ゆいはぴくりとも動かず、牢獄の隅でうずくまっている。制服は泥などで汚れ、スカートや福の裾は破けてしまっている。足や腕には何かで叩かれた傷跡が、痛々しいみみず腫れとなって浮き出ていた。

 この気温で放置されていたため、顔は血の気の無い真っ白に、唇は青紫な色になってしまっている。体には雪が積もり、その冷え切った体の体温では、その雪すら溶かすこともできない。


 ゆいにはまだ辛うじて意識はあった。だが、それはもう、いつ途切れてもおかしくない状態にあった。いくつもの拷問の後、長時間にわたるこの気温での放置。ゆいの感覚の大半は麻痺し、壊れてしまっていた。

 その時、牢獄の扉が開かれる音が耳に届いた。ゆいは音がする方へ必死に視線を動かす。まつ毛が凍り、目を見開くことすら困難だ。


 ゆいの見たその先には、雹と自分たちをここへ放り込んだレイザルたちの姿が映った。

 次は何をされるのかと思ったゆいだが、身構えることはおろか、立ち上がるだけの力も無い。

 完全にゆいが衰弱しているのをいいことに、雹はゆいの襟首を掴んで身体を宙へ浮かした。

 完全に力の抜けたゆいは人形のように、力なく持ち上げられる。


「もう一度聞く、黒慧久や来駕タケ、緋桜織葉のことを話す気にはならないのか?」


 雹は自分の目の前で抵抗しない人形に問う。「これが最後のチャンスだ」と、付け足した。


「………ぃゃ、です………絶……対に……話しま……せ……ん………」


 ゆいは衰弱しきっていたが、自身の意思は頑として強く、意思を変えるつもりは無かった。自分の命の危機よりも、長年の親友。そして、最近であったばかりの気の良い人たちに、どうしても危害を及ばせたくなかった。


「そうか、残念だよ、霧島ゆい。それでは、おやすみ!」


 雹はゆいの返答が読めていた。こう言うだろうと。予想通りの返答を聞いた雹は、弱りきったゆいを力任せに後ろの壁に叩き付けた。抵抗できないゆいは手荒に持ち上げれられ、力任せに壁と後頭部を衝突させられる。


 がづんっ。 


 酷く鈍い音が牢獄に響き、ゆいは口を半開きにしたまま、意識を失った。

 意識が完全に途切れ、重くなるゆいの体。雹はゆいが気を失ったのを確認すると、襟首から手を離した。ゆいは何の抵抗も無く重力に引きずられ、床へ崩れ落ちる。


「レイザル、小娘に回復魔法をかけておけ。その後儀式の部屋へ連れて来い」


 冷たく、石が剥き出しになった牢獄の壁に打ち付けられ、ゆいの後頭部は裂傷した。頭頂の黒いカチューシャは赤黒く染まり、叩きつけられた冷たい石壁には一筋の血痕が残った。

 雹はレイザルにそう命じると、先に儀式の部屋へと向う。レイザルは雹の姿が見えなくなるまで頭を下げ、その後ゆいへ回復魔法を施した。


 ゆいの後頭部の傷が癒えたのを確認したレイザルは、未だ気絶したままのゆいは肩に担ぎ、牢獄を後にした。


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