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クランクイン!  作者: 雉
雨の診療所
39/208

Chapter5-9

 それから数分後、タケとジョゼは揃って織葉の病室に戻ってきた。


「医者からも了承を貰って来たぞ。ただ、無理はするなってことらしい」


 部屋に入るなり、タケが医者との相談結果を話してくれた。

 医者へ織葉の今の状態等を相談しあった結果、無理をさせないという条件付きで、退院の許可が下りていた。


「そうか。そうと決まれば出る支度をするか」


 タケの一言で椅子に腰掛けていた久がすぐさま立ち上がり、壁に立てかけておいた槍を手に取る。そこには河川敷から回収した織葉の太刀も立てかけられていた。


「緋桜。これ、忘れるなよ」


 槍と一緒に織葉の太刀を手に取り、ベッドの上で身支度をする織葉に差し出した。


「剣士にとって武器は相棒だろ、大切にしなよ」

「あっ! あたしの刀! よかった。取り行かないとって心配してたんだ」


 差し出された刀を見て、織葉は驚きと嬉しさを隠せない。剣士である以前に、この太刀は織葉の相棒であり、命。

 学園入学時に父親から授かった大切な太刀なのだ。その太刀を河川敷に置いてきてしまったことを非常に悔いていた。


「久さん、みんな、ありがとう!」


 織葉は四人ににしっかりと頭を下げ、太刀を受け取って、鞘へと納刀した。

 織葉はそのまま刀を完全に仕舞わずに、鞘から少しだけ出して刀身を見ていた。


目に映る、鍛え抜かれた刀身。幾多もの修行を共にした愛刀は、再び持ち主の元へ帰り、嬉しそうに輝きを放って見せた。

 長く使い込めば道具でも心が通じ合うと言うのはまさにこのことだ。織葉もその輝きを嬉しく思い、太刀を鞘に戻すと、しっかりと腰へ下げた。 


 タケやジョゼも各自準備をし、織葉も先程まで横になっていたベッドのシーツを畳んだりと動いている。


 身支度は数分と掛からず、五人は織葉の病室を出た。五人は深夜の受付で働く看護師さんに軽く会釈をすると、セシリスの診療所を後にした。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 診療所を出た五人は、織葉を何処の家に預かるかと言う話になっていた。


 それに対し真っ先に断るハチ。当然と言えば当然だ。

 ジョゼは女の子同士と言うこともあり、自宅で預かると言い出たが、ここはストラグシティーではなくセシリス。時刻は丑三つ時を過ぎ、辺りは静まり返っている。


 全快でない織葉を出来るだけ早く休ませたいが、今からストラグまで歩くのは時間も掛かるし、何より負担になる。従って、織葉を今晩預かる家はセシリスに住居を構える久かタケということになった。

 久もタケも両者とも「構わない」と言ったが、タケの家の部屋の大半は本で埋もれており、ゆっくり休める場所があるとは少し言い難い。


 結果的に織葉は今晩、久の家に泊まることとなった。整理の行き届いた家とはお世辞にも言えないが、本で埋もれていると言うこともなく、幸いそこまで狭い家でもない。織葉を加えた四人もそれで納得していた。


「それじゃあ明日、朝にまた久の家に集まればいいのね」


 織葉の話が一通り終わった頃にジョゼがそう言い出していた。

「それで頼むよ」と、久。それを聞いたジョゼが「わかったわ」と頷く。


「三人とも、また明日ね。織葉ちゃん、無理はだめよ?」


 別れ際にジョゼがジョゼの体を気遣う。頼りになる姉御肌。面倒見のよさがいいのがジョゼだ。

 久とタケのセシリス組みと織葉は盗賊二人組みを村の入り口まで見送り、二人の姿が完全に見えなくなったのを確認してから久の家の方へ歩き出していた。


 久たちが見送り出た場所から家までは距離があり、その距離を三人は様々なことを話しながら歩いていた。時刻はとっくに深夜だと言うのに、三人は眠気に襲われることも無く、しっかりとした意識を持ち、会話を弾ませていた。

 三人は完全に打ち解け、久とタケも織葉のことを「緋桜」と呼ばず、「織葉」と呼ぶまでになっていた。織葉は名前で呼ばれる事の方が多いらしく、呼ばれ慣れているため、この呼び方をして欲しいと織葉から二人に頼んでいた。


「しかし、綺麗な月夜だな」


 ふと、空を見上げたタケ。空からは雨雲が無くなっており、満月が光り輝いていた。それはとても綺麗なもので、誰もが目を奪われるような月だった。

 タケの言葉で久と織葉も空を見上げる。三人の顔が月明かりで照らされる。


「月を眺めるなんて久しぶりだなぁ」


 体を仰け反らせ、大きく伸びをしながら久が答える。久もあまりにも綺麗な月に目を奪われた。


「子供の頃はよく眺めてたのにな。使い方も知らない天体望遠鏡を持ち出したりして」


 久に視線を向けながら、タケが幼少期の時の話を持ち出した。

 タケの脳裏には家の物置で見つけた望遠鏡を二人で担ぎ、月を見に行こうとしている過去の記憶が思い出されていた。タケにとっては幼少期のどんな小さな思い出でもかけがえの無いもののだ。


「そんなことあったな。しかし、年齢と共に見なくなるものなんだなぁ。いつもそこにあるってのに」


 月は子供時代しか見えないものでは無い。いつもそこにあるのだ。タケからの視線に気付いた久はタケにいつもの笑顔向ける。辺りは暗いのに久の顔は明るく見える。どんな時でも明るく見えるのが黒慧久だ。

 久から笑顔を向けられたタケもつられて笑ってしまう。深夜の帰路。親友二人は笑い合った。


「久くんたちって長い付き合いなの?」


織葉が二人に声を掛ける。織葉は今の状況やオーディションの時のことを思い出し、そう訊ねていた。


「そうだな、腐れ縁って奴だ」


 先に答えたのはタケ。照れくさいのか、『親友』とは言い切らず、『腐れ縁』という単語を使ってきた。織葉はタケが今、照れ隠しのためにその言葉を使ったということを理解していた。

「切っても切れない関係だな」続く久。こちらも少々照れているらしい。久とタケはお互いの発言を聞き、思わず笑ってしまっていた。


(なんでそんな言い回しをするんだ)

(いやいや、お前もだろ)


 久とタケが目だけで会話をしているのが織葉にも見て取れた。その光景を見て織葉も思わず笑ってしまう。


「そうなんだ。あたしは幼馴染なんかいないからなぁ」

「霧島とは長い付き合いじゃないのか?」


 久が問う。


「うん。ゆいとはこの学園からなんだ。入学式の時に出会って意気投合して、それっきり」


 織葉は二年前の入学式を思い出していた。入学式だと言うのに寝坊して遅刻寸前だった織葉と、学園の大講堂の位置が分からず迷っていたゆい。そんな二人が偶然学内で鉢合わせし、そこから二人の関係は始まった。


「そうなのか。もっと長い付き合いかと思ったよ」


 織葉の発言に答える久。久もオーディション時を思い出し、織葉に向かってそう答えた。仲が良いというのはすぐに分かったが、もっと出会って長いのかとそう感じていた。そう思えるほど、二人の仲は第三者から見ても、非常に親密だった。 


「まぁでも、久くんたちには負けるかなぁ」


 織葉が笑いながら言う。ゆいとの親密度は非常に高いが、目の前の二人には敵わないと感じていた。

 年数的にもそうだが、何よりこの二人の信頼度。これには絶対に勝らない。この二人はどんな時でもお互いを理解し、信じ合っている。それは数日の付き合いであっても、強く感じ取れた。


「そりゃあな! 俺とタケは世界最強の幼馴染コンビだぜ!」


 調子に乗る久。強引にタケと肩を組み、織葉に久特有の口元を釣り上げるニヤッとした笑みを作る。

 強引に肩を組まれたタケは、「やめろ、恥ずかしい」と久の腕から脱出するのに必死だが、決して否定することはない。

 目の前でじゃれ合う二人を見て笑っていた織葉だったが、少しずつ顔から笑いが薄れてきた。

 ゆいのことを思い出してしまっていた。

 織葉の心が『喜』から『哀』に移り変わろうとしている。



「ゆい、大丈夫かな……」



 思わず口から親友の名が零れる。気を緩めれば目からも何か零れて来そうだ。


「あたしが強かったら……守れたのに……!」


 織葉の心は『哀』から『怒』へ変わろうとした。

 自分たちを襲った男たちへの怒り、自分の弱さに対する怒り、そして、自分だけが今、安全だということへ対しての怒り。


 様々な怒りの要因が溢れ出し、織葉の拳を小刻みに震えさせていた。怒りがこみ上げ歯を食いしばってしまう。

この怒りは、倒れ込んだローブの男の前で湧きあがったそれと、とても似ていた。自分だけでは抑え切れそうにない憤怒。身も心も乗っとられそうな豪炎が織葉の中に生まれてくる。


「やめろ、織葉」


 見かねた久が織葉の肩へ手を乗せた。織葉は拳だけでなく、肩も小刻みに揺らしていた。

 同じ剣士と言う職業の久はこの怒りは起こしてはいけない怒りだと言うことを知っていた。

 怒りは経験。自分を強くするための大事な感情だが、今の織葉の怒りは自らを成長させるための怒りでは無い。身を滅ぼす怒りだ。その怒りに身を委ねてはいけない。魂を渡してはいけない。


 久は同じ剣士として、同じ仲間として、この怒りから開放してあげなければならない。

 久に手を掛けられた織葉は、必死に怒りをかみ殺しながら久の顔に視線を移した。

 織葉は自分が今、とんでもない形相で久を睨んでいると気付いた。自分からどこから湧いたのか分からない怒りが溢れ、制御出来ないほどまで大きく膨れ上がっている。


 しかし、久の顔を見た瞬間、織葉の心からふっと『怒』が消えた。織葉の視線の先には今まで見たこと無い表情の久がいたのだ。

 何か悲しいような表情だが、その中に優しさがあり、何かを諭してくれているような表情。いつも笑っている久が見せた真剣な眼差しだった。

 その久を見た織葉の心は静まり、拳と肩からは力が抜けていく。目からは怒りの涙ではなく、純粋で綺麗な涙が流れ出た。


「過去を振り返ってもどうしようもないって。どうしようもない時こそ前向いて、笑ってるのが一番さ」


 織葉の心から完全に『怒』が消えたのを確信した久はいつもの表情へと戻し、おどけた感じで織葉へ話しかける。表情も口調もいつも通りの黒慧久だ。

 その言葉が耳に入り、織葉は久の顔へ再び視線を向ける。目からは涙が流れていたが、気にしなかった。織葉に見つめられた久は特有のニヤッとした笑みを織葉に送り返した。


「久くん……」


 織葉は一瞬顔を赤らめてつぶやく。織葉はこの人たちを信じてよかったと、改めて思い直した。

 それに呼応するかのように、目から流れ出た涙が頬を伝って地面に落ちた。


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