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クランクイン!  作者: 雉
雨の診療所
34/208

Chapter5-4

「………。」


 雨で全身びしょ濡れになった久がソファーに深く腰掛けていた。靴と上着、帽子は身から外し、ハンガーに掛けて乾燥を待っている。

 髪を拭いたタオルを肩に掛け、久は魂が抜けたように疲れ果てた表情でぼんやりと壁を見つめていた。




 ここは、セシリスの診療所。久は雨の中を必死に駆け抜け、織葉をこの場所へなんとか運び込んだ。

 到着したときは、久も織葉も血まみれで、診療所内が大きくざわついた。普段は至って平和なセシリスの診療所に、戦慄が走った瞬間だった。

 医者たちはただならぬ状況であることを瞬時に理解し、直ぐに織葉を手術室へと搬入した。


 処置が終わるまでの間、久はロビーのソファーに腰掛け、受付の看護師が渡してくれたハンガーとタオルを使って上着を干したり、髪を拭いたりして待機していた。

 織葉が手術室に入って二時間くらい経った頃、白い抗菌服に包まれた医者が廊下の奥から現れ、久のソファーの方向へ歩み寄って来た。久は思わず立ち上がり、医者に織葉の状況を乗りだし気味に訊ねた。


「先生! 緋桜はどうなったんですか⁉」

「はい、ご説明いたします」


 興奮気味に訊ねる久に対し、担当医は落ち着かせるかのように、ゆっくりとした口調で説明を始めた。

 医者の話によると、危ない容態ではあったが死からは免れたようだ。傷と魔力の回復速度が通常の魔法剣士より織葉は速かったらしく、それが生死を分けたのだという。

 久はまず生きていることに安心し、肩から力を抜いた。だが、今もなお危険な状況であることに変わりは無いらしい。麻酔は切れているのにも関わらず、織葉の意識が戻らないのだという。


 麻酔を解いてかれこれ数十分は待ったが、依然として眠りから覚めないと説明を受けた。医者の見解では、短時間で多量の出血をしたため全身に血が足りておらず、意識の回復が遅れているのではないかというものだった。

 少量の出血なら時間と共に回復するが、今回の織葉の出血量は危険域に達していた。死こそ回避したものの、今日中に意識が戻るかどうかは分からない。目覚めても一時的な記憶の混乱や、最悪の場合、後遺症が残る可能性もある。とも言われてしまった。




 ぱちん。


 診療所の窓に一粒の雨粒がぶつかり、はじけて消えた。それはほんの小さな音だったが、静まり返った所内と沈んでしまった久には大きく響いた。

 医者からの診断結果を聞いて、魂が抜けてしまっていた様な久は、首を後ろへと捻ると、背後の壁に取り付けられた窓から外を見た。


 依然として雨は降り続いている。風が吹き荒れている気配はないが、雨脚はしっかりとしたもので、大地に恵みと潤いを与え続けている。

 窓を一枚挟んだ診療所内は静かで、今まで通りの平和な空気へ戻りつつある。他の患者が運ばれてくることも無く、所内には降り続ける雨音が微かに聞こえている。


 かちゃり。


 その時、診療所の入り口扉が開いた。それと同時に今までよりも大きな雨音と、少しの風が同時に待合室へと流れ込んできた。


「タケ! 二人とも!」


 扉の先から現れたのはタケとジョゼ、そしてハチの三人だった。三人は頭の先から足先までをしっかりと濡らし、服の裾からぼたぼたと雨水を垂らしている。長髪のタケとジョゼは髪の毛が首筋や額、頬に貼りついてしまっている。

 久は椅子から立ち上がると、早足で入り口へと駆けた。


「戻ったわよ。さすがにびしょ濡れだわ」

「久、これをちょっと頼む」


 というと、タケは腕を上げ、手にしていた物、河川敷に残されていた織葉の太刀を久へと手渡した。織葉の愛刀もびっしょりと濡れ、泣いているかのように刀身を雨水が伝っている。

 久に刀を手渡したタケは、入り口の外で上着を脱ぐと、ぎゅっと強く絞り込んだ。雨をたっぷりと吸った上着は捻られ、蓄えていた水分を落としていく。ハチもジョゼも同じく服を絞り、あらかたの水分を落としていく。

 ジョゼは後ろ手に括った髪を解いて握り、水気を抜いた。


「久、緋桜ちゃんはどうなの?」


 絞った服を最後に強く振ると、ジョゼは診療所に入りながら訊ねた。


「あぁ、危ない状態だったが命は大丈夫だ。ちゃんと生きてる」


 三人は久からのその一言を聞いて胸を撫で下ろした。

 久は元居たソファーに戻ると端へ寄り、残り三人が座れるだけの位置に移動した。その横にタケ、ジョゼ、ハチと続く。

 すこし狭めのソファーに、四人が並んで座った。

 それを見て、久の時と同じように、受付の看護師が三人にもハンガーとタオルを貸してくれた。三人はそれを有り難く受け取ると、そこかしこを拭きながら口を開いた。


「よかった。生きてて何よりだ……今は?」


 タケは上着をハンガーに掛け、髪と眼鏡をタオルで拭きながら久に訊ねた。


「病室で眠ってる。まだ意識が戻ってないんだ」


 久がうつむきながら答える。久は医者から告げられたこと全てを言わなかったが、三人は久の表情と瞳からして、最悪の状況が起こりうるかもしれないということを理解した。


「そうか、何か覚えていたらいいんだけどな」


 タケは織葉が目覚める前提で話を進め、暗くなりかけた場の空気を和らげた。

 その言葉で久は顔を上げ、タケへ視線を移す。久はタケの表情から、「大丈夫だ」と感じ取った。


「タケからおおまかに話は聞いたけど……誰の仕業なのかしら? 怖いわね」


 タオルでセミロングの髪をわしわしと拭きながらジョゼが言う。ジョゼは夕方楽しく話していた織葉が誰かに襲われ、大怪我を負ったと聞いた時から、心配で仕方が無く、それと同時に犯人への怒りと恐怖を感じていた。


「むかつく奴だけど、殺すのはやりすぎだな」


 ハチは広げたタオルの上で靴下を絞りながら言う。

 ハチからすれば織葉は鼻にかかる奴だが、手に掛けようとまで考えない。当然である。多少頭に来たからと言って殺す。喧嘩の延長で殺す。そんなのあり得ない話だ。


「それで、どうだった? 何か手がかりはあったのか?」


 久は三人の顔を見ながら訊ねる。どんなに少しでも、小さくても何かの手がかりがあればいい。久はそう願っていた。


「残念だが、犯人に直接繋がるような手掛かりや残留物は見当たらなかった。ただ、残されていた足跡からすれば、襲ったのは複数人。グループ犯行だと思う。見つかったのは緋桜の太刀だけだった」


 タケはタオルを首にかけると、久の問いに答えた。


 タケは久が走り去った後、ジョゼに「遠話えんわ」と呼ばれる短距離会話魔法を飛ばし、おおまかな事情を説明した。

 すぐさま状況を理解したジョゼは、先頭を切るハチに一気に追いつき、引き戻してタケの待つ河川敷へと急行。タケと合流し、雨降る中、河川敷を捜索した。

 しかし、次第に雨脚が強まり、まともな捜索が困難になってきたため、三人は捜査を中断し、切り上げた。長時間雨風に打たれ、体温も下がりつつあった。 


 結局、直接犯人につながる様な手がかりは見つからず、見つかったのは複数人によって出来た足跡、そして大きな魔力の行使によってえぐられた地面や、焼き払われた植物しか見つけることが出来なかった。


「複数人で闇討ち……か。女の子相手に酷すぎるな」


 話をタケたちから聞かされた久は呟く。

 雨の中、足場の悪い河川敷と言う状況での闇討ち。久はそれが自分であったらと考えていた。敵の強さが不明とあっては、自分も苦戦するだろうと感じた。

 満足に動けない地形の中、集団に襲われる恐怖なんて計り知れない。

 思うように動けず、技も出せず、じりじりと炙られていく。それでいながらも刀を構えた織葉に対し、久は最大の尊敬を心から送った。

 久は視線を横へそらした。そこでは、主の元を離れた愛刀が泣いているように見えた。

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