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クランクイン!  作者: 雉
動き出す異変
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Chapter4-5

 頬に感じる熱い熱波。それを見たゆいは腰から力が抜け、その場にへたり込んでしまった。手から力なく杖が滑り落ち、目は涙で湿り始めた。


「そんな――! 織葉ちゃん……おりはちゃぁぁぁあん!」 


 誰の目にも、死に至る爆発であると明確だった。

 激しく燃え続け、夜空を黒く染め上げる黒煙。その下で、ゆいは倒れ込むように泣き崩れた。


 泣き崩れるゆいを見た男は、ゆっくりと杖を構えた腕を下ろし、ゆいの方へと一歩一歩と歩み寄る。

 勝利を確信した。そんな笑みが、フードの奥から滲み出ていた。


 ゆいは泣き崩れていたが、背後から迫りくる、身の毛のよだつ悪寒と殺気を恐ろしい程に感じた。ひたひたと這ってくるような、闇の魔力。その力はゆいの涙を止め、全身に震えを引き起こした。


(怖い、怖いよ……何か、来てる……)


 ゆいの後ろから、闇が迫っていた。


(やめて、やめてっ! 怖い、怖い……怖い――)


 心を。体を。闇が支配する。言い表せない恐怖。ゆいは過呼吸のように息を乱し、激しい呼吸を繰り返す。瞳孔を開き、全身から汗が吹き出る。全身が、全心が、恐怖している。


「こないで、こっちに、こないで――」


 心臓が破裂しそうなほど早鐘を打つ。喉は奥底から乾き、滴る汗は粘土のように一滴一滴が重く、へばりつく様に頬を伝う。


 ざくっ、ざくっ、と、男が地面を踏みしめる音が近づいてくる。近づいてくるのは、男か、恐怖か。


(ああっ、あぁぁっ――)


 一歩近づくごと度、跳ね上がる恐怖。

 頭が、体が、心が、おかしくなってしまいそうだ。


「それ以上、近づかないで、お願い……」


 糸のように細い声を何とか紡ぐ。しかし、聞こえていても男は歩み寄る足を止めない。むしろ、怯えるゆいを面白がっていた。



「近づくなって、言ってるのに!」



 男の左肩に、純度の高い氷、氷柱が突き刺さっていた。

 気付けばゆいは杖を拾い上げ、その場に立ち上がって男に向き直っていた。

 両手で構えた長杖(ロッド)の先は、まっすぐ男へと向けられ、その先の男の左肩に、氷柱を撃ちだしていた。


 鋭くとがった氷柱は男に直撃し、一瞬体を仰け反らせた。その着弾と同時に、男の肩が、氷柱を中心に徐々に凍りついていく。


「はあっ、はあっ!」


 過呼吸の様な息を繰り返し、ゆいは震える手で杖を男へと構えた。小刻みな手の震えは杖先に伝わる頃には増幅され、杖先は大きく揺れている。

 魔力が直撃した男の左腕はどんどん凍り始め、気付けば肘の辺りまで凍結させていた。

 だんだんと凍結が進行しているのを見た男は、氷漬けになって重くなりつつある左腕を持ち上げ、視線を腕へ移す。


「追いつめられれば、少しはやるものだな」


 少しずつ凍りついていく自分の腕を見ながら呟いた。自身の腕が段々と凍りついて行くにも関わらず、余裕の口ぶりだ。

 確かに直撃だったが、大したダメージでは無い。所詮はこんなもんかと、男はどこか残念そうに腕を下ろした。


 早く、次の魔術を行使しなければと思うのに、ゆいの体は動かない。

 頭に入っている筈の魔術も呪文も、一つとして出てこない。四肢は恐怖のあまり関節を固め、知識と言う名の引き出しには鍵が掛かっている。

 立ったまま動くことが出来ない。この場から離れることも、倒れ込むことも、何か微かに発することも。何もできない。ただ全身は大きく震え、その場にゆいを居座らせる。


「あぐっ⁉」


 いつの間にか、ゆいの首を男の左手が掴んでいた。凍りつく腕など気にもかけず、ただ力を込め、ゆいの首を締め上げる。


「う、うぐっ―― かはっ!?」


 ゆいの華奢な体は片手一本で宙に浮き、両足をぷらぷらと揺れさせた。握っていた杖は手から滑り落ちた。

 今すぐにでも、首に掛かった手を振り解きたい。しかし、ゆいの両手はそんな命令を無視し、ぶらりと肩から力なくぶら 下がったまま動こうとしない。ただただゆいの首は、自分の体重によって締められていく。


(あぐっ、ぐる、し……)


 凍りゆく男の腕を伝い、凍結魔力がゆいの首にも差し掛かった。手から伝う極寒の感触が、ゆいの首までも蝕んでいく。

 口は半開きになり、目は虚ろになる。体内の酸素が底をつき、ゆいから意識が遠のいていく。


 怖い。逃げたい。黒いローブ。男。爆発。織葉ちゃん。

 意識の途切れる間際、様々な事柄がゆいの頭を瞬時にぐるぐると駆け巡り、一筋の涙が流れた。煤で汚れたゆいの頬に、一筋の綺麗な素肌を作る。


「ご、めね。ぉりは……ちゃ――」


 限界だった。世界から彩度が無くなり、視界が反転する。ぐにゃりぐにゃりとうねる世界。ゆいの視界が、世界が、暗に染まって行く。

 ゆいの記憶が途切れる刹那、ゆいの閉じゆく視界の隅に、赤く流れる何かが差し掛かったような気がした。



「ゆいから離れやがれぇえええ!」


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