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クランクイン!  作者: 雉
エピローグ 春空のセシリスにて
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Chapter32-2

 氷室雹の一件の後、織葉の父、炎が言っていた通り、セシリスにギルド支部が誕生した。

 場所の問題はタケの邸宅を改造することで解決したため、今ではここが来駕宅兼、ギルド支部となっている。


 穏やかなセシリスは治安も良く、目立ったトラブルや問題は早々起きない。

 そのため、少し管轄を広げての仕事となった。当然、そこにはハチたちの街、ストラグシティーも含まれている。


 この辺り一帯には支部が無かったため、セシリス支部は多くの人に歓迎され、受け入れてもらった。


「うーい。ただいま」


 その時、机の横の勝手口が開き、なんとも軽い挨拶が聞こえた。

 いつも通りの口調に、タケもいつも通り返す。


「おかえり。問題は無かったか?」

「あぁ、余裕だ。よゆー」


 帰宅したのはセシリスの支部長、黒慧久と、


「タケさん、戻ったよ」


 ここに務める魔法剣士、緋桜織葉だ。


 織葉は学園を卒業後、剣士としてはまだまだ甘いと炎から一喝。外の世界をもっと学びなさいと説教を食らい、なんと、ここセシリス支部に務め出すと言いだしたのだ。

 炎はまた厄介になるのはどうかと苦い顔をしたが、全員はそれを二つ返事で快諾。織葉をギルドメンバーとして迎え入れた。


 学園と制服を卒業した織葉だが、装いはほとんど変わっていない。

 上着には白色の半袖シャツ。下は丈夫な生地で作られた藍染めのスカート。鞘を留めるベルトとブーツは学生時代の物を使っているので、装いの色味が学生の頃から殆ど変っていない。制服の赤いリボンと制定の黒靴下が無くなったくらいである。


 変更点と言えば、織葉の腰には赤鞘の新しい太刀が下げられていることだ。

 織葉は全てを終えて武郭に戻ると、あの黒と白のペンダントを両親に返し、自らの新しい刀の鍛刀を頼みに行ったのだ。


 長年、緋桜家と付き合いのあった鍛冶師はそれを快諾し、織葉の新しい太刀、「紅迅(こうじん)」を鍛え上げてくれた。

 今では織葉と紅迅は良きパートナーとなり、様々な依頼をこなしている。


「ちょろいもんよ。リリオットの花蛇くらいじゃ朝飯前だ」


 近頃、リリオットで繁殖傾向にある花蛇。全身が蔓や花や葉で構成される生物だ。


 温厚で人間に噛みついたりすることはないのだが、樹木を好んで食すこの生物のせいで、リリオットのツリーハウス住居が損壊する事案が起きているらしい。

 何よりも数が脅威な花蛇に、リリオットの住民も対処に追われており、村民と近隣ギルドだけは手が回らなくなる状況まで陥ってしまっていた。


 結果、数日前に、討伐依頼がセシリスギルドへも舞いこんできたのだ。支部からは依頼時に手の空いていた久と織葉が出向くこととなり、まさに今、無事に一仕事終えて戻ってきた所だった。


「タケさん、はいこれ」


 織葉はタケの机へと向かうと、ポーチから麻袋を取り出し、手渡した。


「お疲れ様。二人とも、少し休んでくれ」

「ティリア村長、遅くなったけど支部の建立祝いだってさ。多めにつけてくれたよ」


 この依頼は村民からではなく、テリィア村長直々からだった。よほど対処に手を焼いていたのであろう。

 タケが麻袋をひっくり返すと、依頼時よりも多くのユミル金貨が入っていた。直径三、四センチほどの正円形金貨が二十枚は入っており、表面にレリーフされた大麗樹がまばゆく光を放っている。


 久たちは今までのパートナーチームとしての依頼に加え、ギルドとしての仕事もこなしていた。

 ギルド設立の際にパートナーチームの結束を解くかどうかという話を本部から持ちかけられたが、四人は満場一致でこれを拒否。

 数年前に比べ格段に忙しい日々となったが、今までのスタイルを残しつつ、毎日を過ごしている。


「ふぅ。ひと段落ついたわ。二人とも、おかえりなさい」

「おう、戻ったか」


 暖簾をくぐり、窓口での相談と依頼を受け終わった盗賊二人が部屋へと戻ってきた。

 ハチは手に何枚かの書類を持っており、それをそのままタケへと手渡した。


「今回あった依頼は二件だけだ。どっちも植物の採取依頼。かなり軽いぜ」


 手渡された書類にタケと久が目を通す。

 依頼内容は大麗樹付近の原生林から、熟した特定の木の実を取って来て欲しいとのことである。必要個数も少なく、依頼としてはとても軽い。


「了解だ。あとで誰が動くかを決めるとして、先に昼飯にしようぜ」


 部屋に置かれた柱時計を見ると、時刻は正午に迫っていた。

 五人の胃袋は久の一声できゅうっと収縮する。


「そうね。窓口の方もしばらくは大丈夫そうだし、今のうちに食べてしまいしょうか」


 ジョゼがぱんと一つ手を叩くと、全員がそれに頷いた。ハチは素早く窓口へと戻ると、受付口に昼休憩の札を立てる。


「それじゃあ、ちょいと休みますか」


 ハチが部屋に戻ると、今度は久が手を打った。


 それを聞いていたかのように、もう一度、暖かな風が部屋へと流れ込んできた。

 五人は誰に言われた訳でもなく、春風に誘われ、窓辺へと歩を進めた。


 世界は、平和で満ち足りていた。

 何気ない空も、雲も、いつもの様に暖めてくれる太陽も、それを物語ってくれている。


 時の流れは正常ではないのかもしれない。

 今もまた、本当は止まっていて、次の瞬間は意識していないだけで一年経っているのかもしれない。


 時は無常である。それでも進み続けるのだから。

 百年止まろうと、千年止まろうと、また、必ず動き始めるのだから。


 だから、時に、時間に囚われてはいけない。時刻の捕虜となってはいけない。

 人々が造り出した「時計」に呑みこまれてはいけない。


 それを、一人の魔導師が教えてくれた。


 一つ強い風が吹き、部屋のカーテンを捲り上がらせた。

 穏やかな風が全員の髪を揺らし、頬を撫でて通った。


 ゆいが取り返してくれた春の祝福が、部屋に舞いこみ、全員を包み込んでいる。




 クランクイン! 完


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