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クランクイン!  作者: 雉
「さよなら」は言わない
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Chapter30-2

 気付けば一人、真っ白な世界にいた。


 混じりけのない白が視覚情報をおかしくし、ここがとても狭い場所なのか、広い場所なのか分からない。


 両手を広げて見ると、手が真っ白だった。

 真っ白と言うより、まるで自分が線画になったかのようだ。


(私、服も着てない……)


 両手で頭にも触れてみたが、いつも付けているカチューシャも見当たらない。そのまま顔をぺたぺたと触れてみたが、特におかしなところは無いように思えた。


 その時、何かが目の前に現れた。

 下からぷかりと浮かんできたかのように、ゆっくりと下方向から視界に入ってくる。


(あ、これ……)


 それは私がいつも着用している金色のペンダントだった。


 半球型に成形されたクリスタルを中心に、下方向へのびる三つのひし形装飾のついた、金色のペンダント。

 いつからかこれを毎日着けている。


(どうして、これだけ?)


 そういえば、これが何なのか何故だか今まで考えたことが無かった。

 あまりにも長い付き合いで、毎日服を着るのと同じく、着用に疑問を抱いたことがない。


 だけど、今になってこの空間で見ると、すごく不思議。



 この訳のわからない空間で、あなたとわたし、たった二人。



 毎日着けているのに愛着すら感じていなかったそのペンダントの存在を確かめるように、私はペンダントを手にとった。


「うわっ!」


 突然のことに驚き、私は思わずペンダントから手を離す。

 今の私に心臓があるのか分からないが、もしあるとすれば、すごい動悸のはずだ。


(今、目の前に――)


 人が現れた。気がした。


 真っ白なこの空間を今一度ぐるりと見回す。

 しかし、ここには私以外、誰もいない。


 依然として胸の前でふわふわと浮かぶペンダント。私はもう一度、恐る恐るペンダントに触れた。


 すると突如として、目の前に全身を薄茶色いローブで覆った人が現れた。次第に出てきたとか、そんなのではない。本当にいきなり現れた。


 試しに一度ペンダントから手を離すと、その人は一瞬のうちに消え、摘むとまた、瞬時に現れた。


 私の目の前、一、二メートルほど前に立つ、茶色いローブに身を包む人物。

 顔もフードで覆われ、性別すら見当がつかない。


 いや、それ以前に、これが人物なのかどうかすら分からない。


「あの、えっと……」


 記憶の限り、目の前の「人物」だと思われるモノに知人を当てはめていくが、全く誰とも結びつかない。


「天凪、先生……?」


 私はそうであってほしいと、少し期待した。

 先生なら、きっとここが何か教えてくれる。力になってくれるはずだ。


 だが、目の前の「人物」は首を水平に数回振った。


「いいえ。私は天凪桃姫ではありません」

「うぇっ!」


 突如掛けられた言葉に喉がおかしくなり、変な声が出た。


「あの、あなたは?」

「ごめんなさい。今、その問いに答えることは出来ません」


 ようやく言葉に出来た質問は、やさしくも鋭く遮られた。


 その声は女性かと思ったが、中性的なやさしい男性の声にも聞こえる。

 話し方も丁寧で、口調と声色からは判断できそうにない。


「単刀直入に話します。あなたは今、武神の塔の頂上で倒れています」

「!」


(そうだった。私、いきなりお腹に槍を受けて……!)


 思わず腹部に手を当てた。

 不思議なくらい、何も感じない。


 冷たくも、温かくも、触った感覚もない。


(もしかして、ここは、天ご――)


「いいですか。ここから戻ったら、頭の中に浮かんだ言葉を使いなさい」

「……えっ?」

「しばしの別れになるでしょう。ですが、彼らは必ず、あなたを見つけ出してくれます」

「あの、ちょっと! 何の話で――」

「さぁ、行きなさい――!」


 世界の色が反転し、私の輪郭が白い線画になったかと思うと、急にこの世界か閉じた。




 突如、鼻孔に強烈な匂いが突き刺さった。


 この、誰もが臭ったことのある、唯一無二の臭い。

 ――これは、血液の臭いだ。


 鼻腔と頭の中からその匂いを吐きだそうと、鼻から息を抜いた刹那、腹部に激しい痛みが走った。


(そうか、私――!)


 気付けば自分の体を貫いていた、三本の黒槍。


 恐る恐る目を開くと、世界が傾いている。

 石床に横たわったままの私の体は真っ赤に染まっており、腹部には依然として槍が体を貫いている。


 そのあり得ない状況に、血が引いていく。

 意識を向ければ、腹部から脳に痛覚が舞い戻る。


(ーー頭に浮かんだ言葉を、使いなさい)


 頭に痛覚が戻り、叫びとなって口から出ようとした瞬間、その言葉がそれを遮った。


 そしてそれに続き、誰もが知っている言葉が、自然と頭の中央に浮かんでいた。


(この、言葉……?)


 意味を考えるまでもない、簡単な、本当に簡単な言葉。


 それを私は、血の味で充満した口で唱えた。




「……痛く、ない」


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