Chapter1-1
思い立ったが吉日?
お世辞にも綺麗とは言い難い小さな一軒家。その家の中のワンルーム。更にその部屋の中に置かれた小さな古ぼけたテレビに、一人の男がかじりついている。
丸みを帯びた画面は古さゆえのノイズが所々に走っているが、内容はそれをもろともしない。釘付けになるように編集されたそこには、とてつもない体を持つ巨人が、全てを踏みつぶしてゆっくりと歩く迫力満点のシーンが映されている。
逃げ惑い、混乱し、泣きわめく人々。倒すことの出来ない巨人への激化する攻撃……。それらの映像は上手く編集されており、視聴者の好奇心をそそることこの上なかった。
映像が一通り流れ、画面が暗くフェードアウトした後、テレビには一人の女性が映った。映像とバトンタッチしたかのようなタイミングで画面に現れた女性は、笑顔で話を始める。
「明日より、カルドタウンにて、この映画の一般出演者オーディション執り行う予定です。出演希望者は奮ってカルドタウンまでお越しください!」
プレスレビュー。一般公開に先立ち、一部分だけ公開することを意味する業界用語。噛み砕いて言うなれば、プロモーションビデオと同じようなものだ。
そう、これはとある映画の宣伝だった。迫力のある映像。聞きごたえのある主題歌。製作段階だが、その映像は何処を見ても文句なしの出来、完璧だった。
しかし、どんなに素晴らしい出来だろうと、映画会社が最も伝えたい部分は映画の内容ではなく、他にあった。それは、宣伝映像が流れきった後の女性の発言。映画の出演者オーディションを行うということであった。
他の映画会社までもが唸り、認めるこの映画。超大作であることは明らか。総製作費は何十億という額まで膨れ上がったという噂もある。
その映画の主役陣は決まっていたが、よりリアリティのある作品に仕上げるには、多くの出演者が必要だ。
そこで、更に見ごたえのある作品に仕上げたいこの製作会社は、既存の俳優だけでなく、一般人に映画のエキストラ出演を求めたのだ。
テレビには未だ女性が笑顔で話し続けており、オーディションの詳細について事細かに説明している。
画面から視線を離さない男は、その女性を見てニヤリと笑った。子供が悪戯を思いついたような顔。人間は悪いことを考える時の表情が一番輝いているという。
すると、男は椅子から立ち上がった。精悍に短く整えられた、青みがかった銀髪が体の動きに合わせて靡く。
思いかけず力がこもったのか、立ち上がった拍子で椅子はバランスを崩し倒れたが、男は全く気にしていなかった。
倒れたままの椅子の横で、男は目をキラキラと輝かせていた。この瞬間を待っていました。と言わんばかりの眼差しだ。
男は期待に満ち溢れたその目を一度瞑り、ゆっくりと開いた。
「映画に出よう!」
この男、名を「黒慧久」。愛称は「久」。
現在十八になるこの男は、様々な依頼を受け、それを遂行して報酬を受け取る職業、「パートナーチーム」という職に就いており、特に槍を使った戦闘を得意とする、槍手という戦士である。
久は今でこそこの職業だが、幼少期の頃は映画出演、つまり俳優業に憧れており、いつか、どんなものでもいいから出演したいと強く願っていた。
そんな久にとって、今回のオーディションは願ってもないチャンス。ここから俳優業に転職し、生活をする。などは到底考えていないが、子供からの夢、映画への出演という憧れは、今でも枯れずに久の心の中にある。ようやく長年持ち続けた夢を捨てずによかったと、久は強く思った。
久が暮らすこの場所は、ユーミリアスと呼ばれる大陸だ。非常に大きな面積を持ち、昔から残る森林や岩山、年中雪の降る山脈地帯や、月が綺麗に見える平原などが存在し、自然が今もなお色濃く残っている大陸として知られる。
また、大陸の中央部には巨大な大木、大麗樹が太古から根を下ろしており、その大木から発生している神秘的な力、“魔力”が全土を覆っている。
この大陸はかつて、剣士、盗賊、弦使い、魔法使いの四人の武神が、神に敵対する者たちより奪い返した土地だと語り継がれており、住民たちはその武神を今もなお敬い、奉っている。この地の人々は太古からの神秘な力をありがたく扱い、今日まで生命を育んできていた。
久が住んでいるのはユーミリアスの南部に位置する「セシリス」という静かな村。村が小高い丘に位置しており、常にやさしい風が吹いている。
四人の武神のうちの一人、弦使いの武神が奉られていることから、皆からは「弦使いの村」という愛称で親しまれている村でもある。
テレビを見終えた久の行動は極めて早く、貴重品をポーチに詰め、槍を担いで家を出ようとしている。
テレビの情報によると、オーディションは明日から開催される。それまでに久は、他の仲間にも声を掛けてみようと目論んだのだ。
「まぁ、声掛けるならあいつからだな」
久は乱れたテーブルから何かの紙の切れ端を引っ張りだすと、インク壺に刺しっぱなしにしてある羽ペンを走らせ、手早くオーディション内容をメモした。
その紙を上着のポケットに乱雑につっこむと、壁に立てかけてあった槍を手に取り、そのまま向かった玄関で素早く靴を履いた。
足に馴染む、少し使い古された革製のブーツ。それをつま先で叩いて調整すると、久は大きく扉を開き、颯爽と自宅を後にした。