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クランクイン!  作者: 雉
「さよなら」は言わない
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Chapter30-1

「さよなら」は言わない

 


 ゆいの手から愛杖が落ちる頃には、既に床は血まみれだった。


「あぅっ……? えっ、ああっ――」


 状況の掴めないゆいは、言葉にならない声をもらしている。

 いきなりのことで、何が起きているのか、頭で整理ができない。


「ゆいちゃん!」

「ゆいぃいいっ!」


 我に返ったのか、気が動転したのか。織葉が太刀を放り出してゆいへと駆け寄った。


 下腹部と背中から溢れる鮮血をなんとか止めようと、織葉は槍を伝う血を受け止めて体に押し当てた。


「あっ、わた、し。血が…… なん、で?」


 そしてゆいは、目を閉じ、血だまりへと倒れた。


 白い制服と銀髪が瞬時に赤く染まり、きめ細かい肌をも汚した。


「おい、ゆい! しっかりしろ! ゆい!」


 踵を返したタケがゆいを抱きかかえた


「ーーっ!?」


 しかし、既にゆいの心臓は止まっていた。

 腕には微かにも、ゆいの鼓動が伝わってこない。


「そんな……そんな、まさか」


 腕の中のゆいは、既に骸だった。

 血で汚れた銀髪を纏うゆいの頭は、後ろにがくりと折れ、腕は力なくだらりと床に垂れている。


「許さない――」


 崩れ込む織葉は、頬を伝う涙を強引に拭った。


 ゆいの血で顔が汚れた。



「許さないぞ! 氷室ぉおおおおおお!!」



 怒りに呑まれた織葉の魔力が爆発し、体を二色の魔力が覆う。

 投げ捨てた太刀を目に追えない速さのステップで拾い上げると、鞘を投げ捨て、抜き身の太刀を構えて雹へと斬りかかった。


 空中に生まれる、赤と白の残像。

 空中の雪を溶かし、地面を凍てつかせながら、織葉は数十メートルの距離をひと飛びで越え、椅子の前に立つ雹の眼前へと着地した。


「死ねぇえええええ!」


 咆哮。

 織葉は血の染みた両手で柄をしっかりと握り、雹へと降りおろした。

 世界が白黒に染まり、超人的な速度で追っているかのように、全ての動きが遅くなる。


ーーそして、世界が止まる。


「お前への答えは、これだ」


 雹の眼前で振りおろしたまま、動きを止める織葉の赤い髪を乱雑に掴むと、力の限り後ろへ倒れ込むように、床へと叩きつけた。

 頭皮を激痛が走り、その刹那、織葉の後頭部が床に叩きつけられた。


「がっ⁉ かはっ!」


 何が起きているのか分からない。

 確かに必中距離で振り抜いたはずなのに、それは届くことなく、何故か髪を強引に掴まれている。


 だが全てを理解する前に、織葉の体は頭、背中、腰の順番で強く打ちつけられ、石床の上に強引に寝かされた。

 背中を強く打ち、その衝撃が肺を殴るように襲いかかる。


 喉そのものを飲み込んだかのような息苦しさ。

 その、呼吸のままならない織葉が見たものは、自分に突き下ろされる二本の黒い槍だった。


「ぐぁあああああああっ!」


 ぶすりと、二本の槍は織葉の柔らかな太ももをいとも簡単に貫き、石床へ突き刺さった。

 骨をよけ貫通した刃は、しっかりと床に自らを食い込ませた。


「いっ! 痛いいっ!」


 織葉は両手で右足に突き刺さる槍を引き抜こうと力を込めた。しかし、槍は数ミリたりとも動かない。

 更にねじ込まれているかのように、びくともしない。


「ひぐううっ! 痛い! いたいいたいいたい……!」


 大粒の涙を流し、痛みにこらえながらも引き抜こうとする織葉が振りむいた先には、灰色の光景が広がっていた。


 先ほど自分が受けたのと同じく、久、タケ、ジョゼ、ハチの動きが止まっている。

 槍を構え突き進もうとしている久も、矢を装填し弩を構えたタケも、手裏剣を放った直後のジョゼとハチも、その姿のまま、白黒の姿となり、動きを止めている。


 動くことのできない世界の中、織葉の横を雹とレイザルが歩き、通過する。

 その歩は止まることなく、四人の元へと向けられている。


 そしてその雹の手には、黒い両刃の剣が携えられており、この白黒の世界で唯一光っていた。


「や、やっ――」


 言葉が出ない。

 動こうとすれば太ももの刃部が切り裂き、足が縦裂きになるような激痛が走る。


 全てを吸い込むような漆黒の剣が、時の止まった四人を薙いだ。



「やめろおおおおおおおおおお!」



 織葉の悲痛な叫びは、ただの叫びから変わらなかった。

 真横に薙がれた黒い剣は盗賊二人の腹部を裂き、そのまま腕を籠手ごと切り裂いた。


 腰ポーチの止め紐が切れ、小銭の放流のように手裏剣がばらばらと零れ落ちる。腕は中央で真っ二つに切れ、頑丈な二人の籠手が二分された。


 剣はその流れのまま、タケの利き腕を、二方向から切り裂いた。

 繊細な動きをするタケの五本の指が切り取られ、それぞれ四散する。

 手から離れた赤い弩は分解されるようにバラバラと壊れ、装填されていた矢は放たれることなく、弦に絡みながら空しく落ちた。


 そして最後に、剣は久の右腕を裂き、そのまま胸の中心へと刃を進めた。


 久の右腕はその場へと落ち、黒い剣は久の胸の中央でその動きを止める。

 雹は久の胸に剣を突き立てたまま、その手を離した。


 刹那、四人に色が戻る。

 三人はいきなり起きた攻撃に目を疑い、切り取られた腕の断面を凝視してしまう。


 そして久は、胸から鮮血を吹き出し、膝を折るようにして倒れ込んだ。


「いやっ! いやっっ! いやぁああああああああああ!」


 叫び声が、合図だったのかもしれない。



 織葉に刺さっていた槍が、爆発した。



 皮膚が引きちぎられるような感覚が走ったかと思うと、織葉の足はすでに、膝より下が吹き飛んでいた。

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