Chapter29-4
降りかかる雪は、間違いなく本物だった。
頭に降り積もっていく雪も、頬を切るような寒気も、幻覚ではない。
「一体、何がどうなってるんだ?」
塔の砕けた一部分から、塔の屋上へと出た六人。
久は後ろを振り返ったが、もうそこには何もなかった。
自分たちが通ってきたはずの壁も、亀裂も、もうそこには存在しない。
あるのはどこまでも広がる、果てしない雪空だけ。
降り立った最上階の全貌は見えなかった。
大きさで言うと、自分たちが登っていた塔よりもはるかに直径が大きい。寒冷地の特徴なのか、この塔を守る何かなのか分からないが、まるで雲の中にいるような、霧が最上部を覆っており、全様が掴めない。
まるで夢の世界から現実世界にすり抜けたような、奇妙な感覚が六人を襲う。
先ほどまでの塔を上がっていたという事象も、壁を壊したという行動も、全てが夢だったかのように思えてしまう。
しかし、六人を刺激する様々な感覚が、それを夢でないと自身と結び付けてくれていた。
今、足に感じる最上階を歩く感覚も、耳を切るような冷気も。
そしてまだ攻撃の火照りが残る手の感覚も、全員をここが現実で、先ほども現実であったと認識させてくれる。
「意味がわからん……」
一つつぶやき、歩を止めるハチ。
ハチはそのまましゃがみ込むと、足元の床に積もる雪を両手ですくい、そして落とした。
この手の幻惑魔法であれば、ハチは見破れる自信があった。
よほどの手慣れの術者だとしても、微かな違和感を感じ取れる。
だが、この踏みしめる雪原も、手に取った雪の感触も、
そして掌に残る痺れるような冷たい感覚も――
「全て本物だ。魔法使いの幻惑魔法の様な、ちゃちなものではないぞ。緑千寺」
その透き通る声に、六人は震えた。
寒さの影響ではない。
ここに、“彼”がいる。
ユーミリアスの記憶から消えた、全ての主犯格。
「なるほどな、この寒冷地に何か足りないと思ってたんだ」
ハチは五人の前に一人で立つと、一つ笑みを作った。
姿の見えない声の主に通る声を放つ。
「こんなに寒いのに、ここには雹が降らないときてる。お前でそれを補ってくれる訳だな。 ――氷室!」
ハチは素早くポーチから手裏剣を一枚引き抜き、カーブも変化もつけず、ただただ最速で手裏剣を放った。
この場を満たす冷たい空気をも切り裂くかのような一撃が、塔の最上階を覆う霧を全て払い除けた。
「惜しい奴だ。それほどの力をそんな小さな存在に使うとは――まぁいい。遅かったな、黒慧」
雲の切れていく最上階。その中心部。
久たちから十数メートル離れた先に、椅子に腰かける氷室雹と、その横で杖を手にしたレイザルが待ち受けていた。
応接間に置かれるような上品な一人掛けの椅子に深く座り、水晶玉を持ってこちらに笑みを向ける。
「わざわざ待っていてくれたのか? そいつはありがたいよ」
背中から青い槍を取り、久がハチと同じ列に並ぶ。
「待ちくたびれたぞ。塔の中だと手が出せなくて退屈でな。踊り場で気付いてくれてよかった」
雹はひじ掛けをぐっと握り、椅子の前に立ちあがる。左手は水晶玉を持ったままだ。
「やはり見ていたんだな」
肩から弩を下ろし、タケもハチの横に並ぶ。
「無論だ」
雹は左手を指し出し、掌に乗せたままの水晶玉を六人に見せた。
「覗き水晶だなんて、趣味悪いわね」
ジョゼは前には出ず、ゆいと織葉を庇うように半歩だけ前に出た。
「これでも“監督”だからな。観るのも仕事の内だ」
「減らず口を……!」
ぎりっと奥歯を噛みしめ、織葉が柄に手を掛けた。
「しかし、よくぞここまで辿りついた。答えの知らない人間が、よくここまで来られたものだ」
「答え? 何の話だ」
眼鏡の奥の目つきを変え、タケが問う。
「来駕。何故、教師が考査や試験を行えるか知っているか?」
「教師だからだ」
雹の問いの答え、真意は分からない。そして、この答えが正しいものではないとも分かる。
しかし、ここで言葉に詰まり、相手のペースに呑まれてはならない。タケは瞬時に言葉を口にした。
「違う。何故試験を行うことが出来るか。それはな――」
一瞬、何かが胴の横を凄まじい速度で通り過ぎた気がした。
「答えを、知っているからだ」
「あっ…… え……?」
気付けば、ゆいの腹部に三本もの黒い槍が貫通していた。
「まずは霧島、それがお前への答えだ」




